第5回 テ・レ・ク・ラ
「けいこ」
「けいこ」
まるで、映画「フィールド・オブ・ドリームズ」のように、
女の子の名前がどこからともなく聞こえてくる。
「ゆり」
「かおり」
うん? 耳を澄ますと、だんご虫の5人衆が住みつき、
ある種サファリパーク化している会社のヘソの方から
この声が聞こえてきた。
そして、そのデベソにあたるAさんの声だった。
携帯電話に何やらつぶやいている。
携帯電話に向かって女の子の名前を呼んでいる。
そうか!最近売り出した、
相手の名前を呼ぶだけで番号が表示される
音声認識機能つきの携帯電話だ。
そして、ここ最近、
最新式の携帯電話に古代式の人間である彼が
女の子の名前をささやく日々が続いているのだ。
しかもコソコソと。
まるで、敵地のジャングルで
無線連絡を試みる日本兵のように、
携帯電話を口に近づけて小声で名前を呼び出している。
以前からテレクラで若い女を漁っているというウワサを
聞いたことはあるが、どうも本当らしい。
夏だから、きっとバカな女が引っかかってくるのだろう。
ある日、彼は呼び出した電話番号に電話をかけ始めた。
呼吸を整え、さわやかさを強調した
作り声で何やら誘っているようだ。
普段聞くことのできないさわやか声が、
僕にはキャッチセールスのように
胡散臭く聞こえてたまらない。
「東急エージェンシーの川端だけど・・・今何してるの?」
「今度のCM撮影でモデル探してるんだけど、出てみない?」
なんなんだコイツは? 名前も会社もぜーんぶウソ。
一生懸命気取ってミーハー女をくどいている。
気分はもう「マンハッタンのペントハウス」で
寛いでいる感じなのだろうか。
電話の向こうの女は知らないだろうが、
この男をたとえるなら、
TBSで何度もクイズ王になっている
歩く「無駄な用語基礎知識」のデブ西村、
もしくは日本一インチキ臭い顔の
石立鉄男みたいな外見なのだ。
ざまぁみろ!
こいつは、客観的にはどうでもいいことに
喜びや幸せを感じ、
人並み外れた前向きな性格が、
会社に適していると錯覚させてしまっている奴なのだ。
デカイずうたいからくる重圧感あふれる顔の割には、
コンパクトな省エネ動作で1日を過ごし、
面倒くさい仕事は他人に押しつけ、
お仏壇の「はせ川」の店頭に
並んでいるかのようにイスに座ってピタリと動かない。
会社から多額の給料を貰っているので、
最高級品のお仏壇である。
きっと川田龍平くんなら、
「一生懸命生きろ!」と怒鳴っているだろう。
いや、殴っているだろう。
電話を終えると、
水揚げされた魚のようにはね回っているので、
「どうしたんですか?」と、
バカな答えを期待しつつ尋ねると
「いやー、テレクラで
知り合った女の子と会うんだよ」と、
満面の笑み。彼が言うには
「小柄でちょっと幼児体型だが、
ツヤとハリのある肌が
それをカバーしている子」らしい。
さすが、自称“女体予想士”。
長年のテレクラ経験のデータから、
声で女の体を当てられるらしい。
尾行することにした。
何があっても対応できるように、
赤外線カメラで光の増幅率6万倍の旧ソビエト製
「スターライト・スコープ」を持っていくことにした。
ガルエージェンシーも
びっくりの裏都会の戦士というか、
無名の金の卵を求めて全国をねばり強く渡り歩く
プロ野球のスカウトのような体を張った追跡取材。
そして見たものは、セーラー服に身を包んだ女の子だ。
なんでこんな女が!と思うが、
別に彼がモテているのではなく、
お金がモテているのだ。
前金制なのか、先に払っている。
そのお金を渡している姿が情けないというか、
その姿が日頃の彼を象徴している。
彼が言っていた、女を落とすセオリー
「酔うほどにホメろ!」を思い出した。
「セオリーどおりじゃないだろー!
お前、金払ってるじゃねーか!」
バカバカしくなったので、
駅前の交番に飛び込み、お巡りさんに
「ヘンなオジサンが、女子高生にお金を渡してましたよ。
援助交際ですよ、きっと」。
置き土産として、彼にちょっとした罰を与えてやった。
お巡りさんがホメてくれた。
「大人として、当然のことをしただけですよ」
僕はそう言ってホクソ笑みながら家に帰った。