第4回 暑気払い
「暑気払い」という名目で、部の飲み会があった。
会場は「大帝国」という激安居酒屋。
接客係が全員、タイやフィリピンなどの
東南アジア系不法労働者で、
店の中はリトルバンコク状態。
みんな松崎しげるのような黒い肌で、
顔はホリが深くて目が充血し、
「大帝国」という名前の割には頼りないガリガリの体から
東南アジア臭を放つ。見た目は、
貧しい色黒の大泉滉といったところか。
なのに胸の名札には「鈴木」や「吉田」。
中には「ヒロヒト」なんて奴もいる。
彼らの労働条件は最悪で、基本的人権すらない。
食事は客の食べ残しで、
そのくせ1日30時間労働というくらい
眠らない街六本木で本当に眠らずに働かされている。
巨人の清原なら
「元木より使えるパシリ屋」として
きっと欲しがるだろう。
彼らの時給は、
ビッグカメラもびっくりの超破格安値。
彼らの本国の賃金体系そのままなのだ。
まさに、店長がつくり上げた「大帝国」だ。
そんなピンハネ居酒屋で、
高級冷凍食品の料理に舌鼓を打ちながら
だんご虫たちの楽しいトークショーが始まった。
いつもとは違った和やかな雰囲気で、
時々聞こえてくる不法者の
「す.じゅ.き.でーす」
などのカタコトの日本語がさらに場を盛り上げた。
トークのテーマは野球。
巨人VSアンチ巨人の戦いで、昔にさかのぼったり、
秋のドラフトの話になったりと、
マニアックな掛け合いで好ゲームを展開していた。
僕はこの試合を静かに観戦しながら、
野球中継の副音声のように、
心の中で好き勝手にヤジって楽しんだ。
「松井はホームラン王だよ。
あのヘッドスピード見ろよ、球界No1だぜ!」・・
松井のヘッドスピードより、
お前のヘッドスピード(ハゲる速さ)の方が速いぞー!・・
「巨人は他から選手を獲ってくるだけで、
生え抜きを育てられねーな!」 ・・
巨人よりもお前の頭の少ない生え抜きを心配しろよー!・・
「俺は熱狂的なG党だからよ!」・・
G党っていうより自慰党だろー!・・
っていうかんじで充分楽しめた。
試合は予定時間内に無事終了し、
彼らにとってまさにホームグランドだった店を出た。
店を出てすぐ、かわいいお姉ちゃんが
キャバクラのティッシュを配っていた。
だんご虫の1人が、
もらったティッシュを1枚づつバラマキながら
「かっとばせー松井!」
「逆転サヨナラ〜!」などと叫んでいた。
試合後も彼らの興奮は冷めなかった。
すると突然後ろから
「おいコラー!何やっとんじゃー!」
丹古母鬼馬二と火野正平に似た
怖そうな2人組が追いかけてきた。
どっかのバカが何かやらかしたなと思ったら、
どっかのバカは僕だった。
すぐに捕まえられ、
後ろ向きのまま2人に引っ張られていった。
グリコの江崎社長拉致・監禁並みの早技。
本当に一瞬の出来事だった。
「テメー、人の店の前を何だと思ってんだ!」
なぁんだ、僕じゃないよ、あのオヤジ連中ですよ!
と言いたかったが、首を絞めつけられて声が出ない。
オヤジ連中の姿はどんどん小さくなっていく。そして、
ネオンがキラキラまぶしい店の中に連れ込まれた。
「違います、違います、」と必死に訴えたが
「黙れ、コラ!」
とヒザ蹴りを食らい、何も抵抗できなくなった。
数発頭突きを食らった後、
「これで店の前を掃除しろ!」
ホウキとチリトリを投げつけられ、店の外に押し出された。
内心「良かった」という気持ちと、「あいつら!」
という怒りがこみ上げる中 、
散乱したティッシュのゴミを拾った。
はずかしいというか、情けないというか、
速く逃げたい一心で拾い終え、
「本当にすみませんでした」と謝ると、
骨の髄まで振動が伝わってくるような
重低音ボイスで
「ピ・カ・ピ・カにするんだよ!」
「は、はい!」
人通りが多い繁華街で、
しかも、いかがわしいネオンの店の前を
1時間も掃除するという強制労働を強いられた。
タバコの吸い殻、ガム、ビラ、小さなゴミ ....
水をまいてデッキブラシでゴシゴシ...。
大帝国の不法者よりも、
エジプトのピラミッド修復作業の労働者よりも
ハードな仕事だった。
もし、そばに徳光和夫がいたら、きっと泣いてくれただろう。
翌日、朝からだんご虫たちは、昨日の延長戦をしていた。
「お!昨日はお疲れ」 ??
おい、おい、....
テメーらのせいで、身も心も本当に疲れてるよ。
ったく!またしても、
彼らの“酔害”という被害を受けてしまった。