カレーライスの正体
第2回
日本人は1年に
100億のカレーを食べている
2017.2.12 更新
# データから見る日本のカレー事情

 カレーが嫌いな日本人はいない、というセリフが常套句のように使われることがある。僕はいつも「その通りだ!」とおおいに賛成するようにしている。でも、たまに「私の友達にカレーが大嫌いな人がいます」とか水を差されることもある。だから「人類みな兄弟」みたいなテンションで「日本人はカレー好き」と言い切ってしまうのはさすがに語弊があるのかもしれない。ただカレーが嫌いな日本人はきわめて少ないことは確かだ。仮に好き嫌いはひとによって程度の差があるとしても、カレーが国民食であるということは誰もが納得できる。じゃあ実際に日本人はどのくらいカレーを食べているのだろうか。ココから先は、数字を使ったお遊びだと思ってしばらく付き合ってもらいたい。

 全日本カレー工業協同組合による平成22年の調査によれば、中食でのカレー摂取皿数は、月間平均4皿程度だという。算出方法は、カレールウの年間生産実績105,164トン、調理済みカレー(レトルトカレー)の生産実績142,602トン(いずれも農林水産省食品産業振興課「カレーの生産実績」の平成20年度分の数値)から作られるカレーの皿数を割り出し、それ以外の手作りカレーなどについて独自に皿数を足して人口で割っている。同組合にはDATAがないが、これに外食でのカレー摂取頻度を加えれば、おそらく週に一度以上はカレーを食べていることになる。

 もう少し新しいDATAとして、エスビー食品は2013年時点での調査を公表している。結果は、1人当たり年間平均、約78回というもの。カレー粉の生産量が年間14,878tで、1皿当たりのカレー粉使用量を1.5gとして食数を算出し、人口で割っている。その内訳は、中食が約30回、外食が約50回近くになるそうだ。要するに家で2週間に1回以上、外で週に1回のペースでカレーを食べていることになる。

 そして、日本国民全体が1年に食べるカレーの数を計算すれば、14,878t÷1.5g=99.2億皿となる。なんと我々日本人は、1年間に約100億皿のカレーを食べていることになるのだ! 「100億皿のカレー」というタイトルで有名アイドルが歌ってくれたらヒットソングになりそうだ。

 それにしても100億皿とはちょっと食べすぎなんじゃないかと心配になる数字である。想像してみてほしい。たとえば、勤めている会社で自分の所属する部署に7名の社員がいたとする。部長も課長も平社員も含めてメンバーの誰かがどこかで必ず毎日カレーを食べていることになるのだから。ほとんど毎日カレーを食べているインド人だってビックリな事実だろう。ちなみに日本のカレーの消費量がインドに次いで世界で2位だとするDATAもみたことがあるが、さすがに信憑性のほどはわからない。

# 日本のカレーの市場規模はどれくらい?

 これだけの量のカレーが食べられているということは市場規模もかなりのスケールになる。カレービジネスの市場規模に関しては、さまざまなDATAが飛び交っていて、どれか一つを正しいと決めることは難しい。対象は飲食店のほか、即席カレーやレトルトカレー、コンビニやスーパーで販売されているカレー弁当やカレーパンなど多岐にわたることも市場を複雑にしている。富士経済の調べによれば、カレー市場の規模は全体で約1,500億円。うち、中心的な存在となっているカレーショップの市場規模は、2011年で831億円。今後も徐々に拡大を続け、2016年には912億円まで伸びるとしていた。富士経済では、全国に存在するカレーショップの数を約1,500店とカウントしており、日本最大のカレーチェーン店「ココイチ」が国内で1,300店舗以上を展開していることから、市場の85%以上を独占している状態だと分析する。

 一方、タウンページデータベースに登録されたカレーハウスの件数は、2016年時点で約4,200店。さらにこれらのカウントからはインド料理店、タイ料理店などのカレーを提供するアジア各国料理店が加味されていない。タウンページデータベースによれば、2016年時点で登録されているインド料理店の件数は、2,600店以上。おそらく、カレーを中心として飲食業を営んでいる店は、最低でも6,000店以上は存在するのではないかと思われる。富士経済がカウントするカレー店とタウンページがカウントするカレー店の数に4倍以上の開きがあると仮定すると、外食カレー市場は3,000億円に到達するほどの規模であってもおかしくない。

 さらに別の統計も見てみよう。農水省の統計をもとに食品メーカーが公表している規模によれば、レトルトカレー市場が500億円強、即席カレー市場が800億円弱など、これらだけでも1,300億円にのぼる。その他のカレー商品などの市場を加えれば1,500億円以上はあるだろう。外食(2,500億円)と中食(1,500億円)を足しあげたカレーの市場規模は、ざっと4,000億円という見積もりになる。この手の計算は何をベースにどう解釈しても正確性に欠けてしまうのだが、ひとまず、「カレー業界が盛り上がっていてほしい」と強く願う僕の個人的な期待値も含めた皮算用だが、カレー市場は4,000億円に上る、といったん仮定してみよう。そして、この楽しい算数をもう少し続けてみたい。

# 庶民のカレーから高級カレーまで

 年間4,000億円のお金を1億3,000万人の日本人が食べるカレーに支払っている。一人当たりが1年間にカレーに使うお金は、3,000円ちょっとということになる。ここでふとした疑問が生まれる。いくらなんでも金額が少なすぎやしないだろうか。外食カレーだけで年間300食以上を食べている僕自身は、実感値として30万円以上の費用はかけている。もちろんこれは参考にしてはいけないDATAだが、一般人が年間3,000円で素敵なカレーライフを送れるとは到底思えない。

 前出したカレー年間消費皿数は、100億皿である。これをもとに計算してみると、1皿のカレーにかかる金額は、40円ということになるではないか。そんなことがありえるのだろうか。ハウス食品の即席ルウ「こくまろカレー 8皿分」の市場流通価格が160円だとして、ひと皿あたり20円だから、ルウで作るカレーだけで日本人のカレーライフが成立している市場なら納得がいく金額だ。

 でも、エスビー食品が公表している「中食カレー:外食カレー」の比率はおよそ「3:5」の割合で外食のほうが多いのである。外食カレーが1杯40円ということはありえない。最近、「カレーの価格破壊!」と話題になっている「原価率研究所」という名のカレー専門店は1皿200円でカレーを提供している。日比谷の老舗洋食店「松本楼」では、毎年9月25日にチャリティカレーと称して、1皿10円のカレーを販売しているが、これを1年間毎日実施したら、とっくに「松本楼」はこの世に存在しないだろう。

 安いカレーばかり紹介するのはしゃくだから、高級カレーのことにも触れておくと、伊勢志摩観光ホテルのレストランで提供される伊勢海老カレーは、1人前が14,400円である。ちなみに自慢をさせていただくと僕はこのカレーを1度食べたことがある。ちなみに1度目は取材だったため無料で提供していただき、2度目はプライベートで訪れて自腹で頂いた。この高価なひと皿を食べたとすると、日本人5人が1年間にカレーに使う金額があっという間に消えてしまうことになる。

 日本一の店舗数を持つ「ココイチ」のトッピングを含まないカレーの値段は、税込み463円(2016年現在)である。外食カレーの平均価格は、最低でも500円は超えると考えるべきだろう。だとすると計算が合わないのだ。もちろん情報ソースも調査条件も違うわけだから、計算が合わないのは当たり前だ。それにしても合わなさすぎるじゃないか。

# ラーメン業界はさらに巨大だった

 実は、これまでのカレー市場統計に含まれていないものがある。カレー市場ならぬスパイス市場だ。スパイス市場は現在、約500億円以上あると言われている。その中身は、たとえば、洋風スパイスで約80億円、粉体スパイスで約164億円などだ。すべてがカレーに使われているわけではないからスパイス市場を足しあげても大差はない。このギャップからくる違和感を解消してくれる視点は見当たらないが、ともかく市場の全体イメージはつかんでいただけたはずだ。

 ちなみにラーメン業界は、市場規模6,000億円、全国に存在するラーメン店は、2万店とも3万店とも言われている。中食を支える即席麺(袋ラーメン、カップラーメンなど)の市場も5,000億円ほどあると言われているから、ラーメン市場全体では、1.1兆円を超す計算になる。そう考えればカレー市場はラーメン市場の1/3程度だ。

 乱暴な数字遊びはもうこの辺で終わりにしよう。これ以上お遊びが過ぎるとマジメな方々に怒られそうだ。しかし、すでに僕の頭はすっかり混乱してしまった。まとめると、とにもかくにもカレーは日本でかなりの量が消費されている。市場規模もそれなりに大きい。とはいえ、日本人の二大国民食として並び称されるラーメンと比較すれば、その市場規模は意外と小さいということになる。  カレー文化とラーメン文化の決定的な違いについてはまた別の機会に書きたいと思うが、ここまで紹介してきた数字では表現できない魅力がカレーという料理には眠っている。それはなんなのか? それは日本人が理屈抜きでカレーに惹かれ、特別な思い入れを抱いているという点である。

……つづく。
2017-02-12-SUN