カレーと、将棋と、熱いトークの夕べ。【報告編】[対談]森内俊之九段(プロ棋士)×水野仁輔
四、勝つのは大事。
水野
それにしても将棋って、
勝つか負けるかがはっきり分かれる
非情な世界ですよね。
森内
引き分けはなくて、必ず決着がつきますからね。
どちらかが嬉しいと、
もう片方はかならず悲しいんです。
水野
森内さんはいま、プロになられて何年目ですか。
森内
ちょうど30年です。
水野
つまり、森内さんは30年間、
その勝った負けたで湧き起こる自分の気持ちと
向き合いつづけてきたわけですよね。
それって、どういう心持ちなのでしょうか。
森内
やっぱり若い頃はすごく
「上にいかないと」という気持ちがあったんです。
ですから1つの負けでの痛みが
非常に強かったというか、そういう記憶がありますね。
水野
1回負けたときのマイナスは、
そのあと何回勝つとゼロにもどる感じですか。
森内
3回は勝たないと。
3勝1敗でふつうぐらいに思ってましたので。
水野
はぁーー。
それで、もし負けが込んできたら、
森内さんはどうやってその気持ちを整えるんですか? 
カレーを食べてリセット?
森内
それはいいですね。ただ実際には、
昔はよく負けるとボウリングをやってましたね。
ボウリングのピンに八つ当たりして、
憂さ晴らしするみたいなのは(笑)。
水野
そのときちゃんとピンには当たるんですか。
森内
いや、けっこうガーターをゴロゴロゴロゴロ‥‥。
会場
(笑)
水野
今日のテーマはカレーと将棋ですが、
勝ち負けの部分って、そのふたつがもっとも
共通しないところなんですよね。
カレーの世界って「好き嫌い」はあっても
「勝ち負け」はないですから。
森内
シェフの方はやっぱりみなさん
「自分の作るほうがおいしい」と言うんですか?
水野
たぶん基本はそうですね。
棋士の方もそうでしょう? 
「俺のほうが強い」っていう気持ちが
あるんじゃないですか?
森内
どうでしょう。
わたしは相手のほうが強いかなと思ったら、
そう言ってしまいますけど(笑)。
水野
森内さんでも「相手のほうが強い」と
思うときってあるんですか。
森内
しょっちゅうですね。
水野
でも将棋の場合は、指してみたら
勝ち負けがはっきりしますもんね。
森内
そこはそうですね。
水野
だけどカレーの場合は、
ぼくとあるシェフが作って食べ比べたとして、
ふたりで「負けたわ」「勝ったわ」とか言っても、
判断基準がかなり曖昧ですから。
第三者が食べたら、また変わりますし。

たとえば作り手ふたりの間では
「Aがうまいね。Aが勝ちだね」と思ったとしても、
お客さんに出してみたら
「Bのほうがおいしい」と言われて、
Bがどんどん売れることだってよくありますから。
森内
そういうことがあるんですね。
水野
あるんです。味覚はやっぱりそれぞれなので。
だからそういう意味で、カレーの世界にいるぼくは、
将棋の世界にいる森内さんに比べると、
すごく甘い世界で生きてるというか。
森内
そんなことはないですけど。
でも、平和でいいなとは思います。
水野
そうですよね。
カレーがもし勝ち負けがはっきりしたら、
どうなるんだろう。
森内
カラオケとかだと、機械が判定して
点数が出るのとかありますよね。
水野
ああ、作ったカレーをそういう
測定器みたいなのにかけて点数が出るとしたら、
本当に嫌ですね(笑)。

でも将棋の世界は完全に1対1で、
打ち負かすか、打ち破られるか。
森内
そうですね、本当に言い訳がきかないというか、
失敗は全部自分の責任なので。
機械が判定ミスをしたとか、あいつの味覚が悪いとか、
そういうのはないんです。
水野
負けて相手に腹が立つというか、
「この野郎!」みたいな気持ちになることって
ありますか?
森内
そこはないですね。
自分の無力感に苛まれるというか、
そういうのはありますけど。
水野
「どうしてできなかったんだろう」みたいな。
森内
ええ。でもたまにいいことがあると、
そういうのも忘れるので。
水野
なるほど、3回勝つと。
森内
そうですね。だからやっぱり、
勝つのはとても大事だなと思ってます。
(つづきます)
2017-08-01-TUE
カレースター計画