ほぼ日刊イトイ新聞

妻 と 夫 。 01 Nさんご夫妻 友だちでも、両親でも、ご近所さんでも、 「妻と夫」を見ていると、 なにかとふしぎで、おもしろいものです。 ケンカばっかりしているようで、 ここぞの場面でピッタリ息が合ってたり。 何でも知っているようで、 今さら「え!」なんて発見があったり。 いつの間にやら、顔まで似てたり‥‥。 いろんな「妻と夫」に、 決して平凡じゃない「ふたりの物語」を、 聞かせていただきます。 不定期連載、担当は「ほぼ日」奥野です。

02 夫はつぶさに記憶していた。

──
現在は、奥様のご記憶は‥‥。
Nさん
戻っています。
──
その、3回目のことがあったのは、
どれくらい前なんですか。
Nさん
はい、2013年11月24日に最初の発作、
2度目が翌年2014年の8月、
そして2015年2月に、
3度目、最後の発作を起こしています。
──
では、それ以降は‥‥。
Nさん
小康状態を保っておりまして、
もともと、1型糖尿病を患っていたので、
週に3度は透析に通ってますが、
基本的には、ふつうに生活できています。
──
ああ、よかったです。
奥様
ありがとうございます(笑)。

Nさん
月・水・金の週に3度の人工透析にも、
自分で車を運転して通ってますし、
帰りにはスーパーで買い物をして、
毎日のごはんも、つくってくれてます。
──
じゃ、もう本当に「ふつう」に。

ちなみに、「脳発作」という病名って、
聞いたことあるようでいて、
じつは、
あんまり聞かないなと思ったのですが。
Nさん
そうなんです。

本当は、正式名称が別にあるんですが、
最初に診てくれた先生が、
妻の症状について
「いまは脳発作と言うしかない状態で、
詳しいことはわからない」
と言った言葉を、そのまま使いました。
──
じゃ、正しい病名じゃないんですね。
Nさん
ええ。でも、わたしたちのあいだでは、
何を説明するのにも
「脳発作」ってずっと言ってきたので、
投稿でも、そう書いたんです。
──
でも、奥様の記憶が‥‥って、
これ、自分のこととして考えてみると、
ちょっと、
どうしたらいいかわからなくなります。
Nさん
ふしぎな話で、義理の母‥‥
つまり妻の母親が、
付き添いで病院に泊まり込んでくれて、
反応のない妻に、
ずっと語りかけてくれていたんですね。

そしたら、意識を取り戻したとき、
義母のことだけは、わかったんですよ。
──
え、他の記憶がなくなっても?
Nさん
そう。お義父さん‥‥義理の父も
けっこう病室にいたと思うんですけど、
そちらは認識せず‥‥(笑)。

だから、きっと、意識のないときにも
声をかけ続けてくれた人のことは、
他のぜんぶを忘れても、
忘れなかったんだねって話してました。
──
ただ、Nさんのことは、お忘れに。
Nさん
そうですね、投稿にも書きましたけど、
自分が顔を見に行くたびに、
「どなた様ですか?
なにか御用ですか?」って言われて。

それは、まあ、仕方ないですよね。
見ず知らずの人が
着替えを持ってきたりとか、
話しかけてくるとか、気味悪いですよ。

──
たしかに、そうでしょうけど‥‥。
奥様
わたし、過去のことは
少しずつ思い出していったんですけど、
「記憶を喪失していたころの記憶」
って、まったくないんです。
──
つまり、
Nさんのことを忘れていたこと自体、
今はもう、覚えていない?
奥様
そうなんです。

だから、あとになって、
主人から「俺のこと忘れてた」と聞いて、
すごくショックだったんですけど‥‥。
──
ええ。
奥様
主人は‥‥この人は、
それ以上にショックだったろうなあって。
Nさん
まあ、その後1週間くらいで、
徐々に戻っていったんですけどね、記憶。
──
長かったでしょうね、その1週間。
Nさんにとっては、きっと。
奥様
わたし、1回めと2回めは、
発作の瞬間って覚えていないんですけど、
3回目は、覚えてるんです。

自分で「あ、何かヘンだ」と思った瞬間、
身体がぐーっと硬直していって、
そしたら、主人が救急車を呼んでくれて‥‥。
──
はい。
Nさん
1回目も2回目も、
自分の目の届かない場所で発作が起きて、
1回目も2回目も、
結局、原因はわからずじまいだった。

でも、今度の3回目ではじめて、
わたしの目の前で、発作が起きたんです。

──
ええ。
Nさん
だから、救急車を呼んだりしながらも、
何がどういう順番で、
どういう箇所から起きていったのか‥‥を、
ぜんぶ、記憶しておこうと思いました。
──
え、すごい、言ってみれば
一刻を争うような状態で、そんな冷静に。
Nさん
右手の先から異変がはじまり、
それが全身に回って、左手に移って‥‥。

その経過を、先生に時系列で説明したら、
「じゃ、左脳でどうにかなっているね」
ということになって、
対処が、スムーズにいったらしいんです。
──
そうしようと思ってたんですか?
Nさん
それまでに2回、発作を起こしていますし、
次、自分の目の前で起きたら、
絶対に記憶しておこうとは、思ってました。

と言いますのも、わたしはふだん、
機械の故障や不具合を修理したりですとか、
そういう仕事をしているので‥‥。
──
つまり、そうすることが、
職業的な習い性だったってことですか?

「目の前で起きたことを、
つぶさに記憶しておく」ことが。
Nさん
そう、故障とか不具合って、
「それが起きる過程」を把握することが、
すごく大事なことなんです。

ですから次、妻が発作を起こしたときに
自分がそばにいたら、
「絶対に過程を覚えておこう」って。
──
Nさんを旦那さんにお選びになって、
本当に、よかったですねえ‥‥奥様。
奥様
はい(笑)。
Nさん
先生にも「おかげで助かりました」って、
まあ、たまたまでしたし、
気を遣って言ってくれたんでしょうけど。
──
いや、それ以来、小康状態なわけだから、
Nさんのおかげも大きいですよ、きっと。
Nさん
そうそう、発作の直前って、
気分が悪くなることが多いんですけど、
3回めの少しあとに、
気分が悪いと言い出したことがあって。

──
え?
Nさん
「うわあ、またか!」と思ってたら‥‥。
──
はい。
奥様
‥‥「ノロ」だったんです(笑)。
──
あははは、よかった‥‥というか、
ノロはノロで、大変だと思いますが(笑)。
奥様
ええ、大変でした。隔離されたりして。
でも‥‥発作にくらべたら、ぜんぜん。
Nさん
こわごわ病院へ行ったら、
先生が「奥さん、ノロですね」って(笑)。

<つづきます>

2017-06-29-THU

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