HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN

カッパとウサギの コーヒーさがし

第12回 コーヒーに賭ける男の闘い(試飲編)
 
〈前回のあらすじ〉
コーヒーハンター・川島良彰氏の存在を知らせるべく
乗組員・カサイがカッパとウサギを訪ねたのは
まだ肌寒い季節のことだった。
カサイの手には、1本のボトルが。
艶やかな光りを放つそのガラス瓶には、
褐色の豆が封じ込められていた。
いっさいの妥協を排した、理想のコーヒー豆。
それが目の前にあるというのに‥‥
栓が抜けないから、さあたいへん!
おとなのちからで引っぱったのに、抜けない抜けない。
イトイもやってきて、おとこ4人でがんばって、
ようやく栓は抜けました。
めでたしめでたしと思っていたら、
それから2カ月近く更新していなくて、さあたいへん!
妙に間があいてすみません、後編です。
                     (ウサギ)

イトイ
一気にあふれだしたね、香りが。
山下
アロマが。
福田
アロマが。
イトイ
アロマチック天国が。
カサイ
‥‥ふっ(苦笑)。

イトイ
福田さんもどうですか、
このアロマ、
瓶から直接。(瓶を渡す)
福田
ぺちゃ(←瓶を受け取った音)
ありがとうございます。

福田
んーー、ええ香りです。
山下
ちょっと、いいですか(ビンを受け取り)、
どんな豆なのか見てみましょう。

福田
ほおー、さすがにきれいですねぇ。
イトイ
山下さん、それさ、
そのまま食べられるんじゃない? 新鮮だから。
山下
え?
あ、そうかも‥‥。
イトイ
食べるべきでしょう、ここは。

福田
食べた。
カサイ
食べるねえ。
山下
(カリ)ん? ‥‥おいしい。
イトイ
ほんとぉ?
山下
イトイさんもどうぞ。

イトイ
ぼくは要らない。
山下
えぇーー。
な、なんでですか。
イトイ
山下さんの手のひらに直接のってる豆は、
山下さんのエキスを吸っているから。
山下
‥‥‥‥。
(そういうことを言う人には
 もう食べさせてあげないと思った)
じゃあ、鮮度のいいうちに豆を挽きましょう!
福田
挽きましょう。
山下
ミルに入れて‥‥。

山下
ここはひとつ、
カサイさん、挽いてください。
カサイ
や、そうですか!
それはかたじけない。

カサイ
なんともこれは(ガリゴリガリゴリ)、
どのくらいの早さで回せば?
山下
ゆっくりでお願いします。
カサイ
こんな感じ(ガリガリゴリ)。
福田
ええと思います。
イトイ
あのさ、なんでこれ瓶に入ってるの?
山下
‥‥え??
福田
え?
山下
‥‥ああ、そうか、
イトイさんは途中参加でした。
イトイ
とくべつな豆だっていうのはわかるけど。
どう、とくべつなの?
カサイ
あのね、イトイさん、
(回しながらグイと身を乗り出す)
『ガイアの夜明け』

イトイ
テレビ東京の?
カサイ
そうそうそう、あの番組に
コーヒーハンターと呼ばれる男が‥‥
(中略/くわしくは前編をお読みください)
‥‥それがこの「グラン クリュ カフェ」です。
イトイ
すごそうじゃない。

カサイ
ぼくは強く感銘を受けましてね(カラカラカラ)。
山下
あ、カサイさん、豆が挽けました。
カサイ
お。
福田
ドリッパーに移して‥‥(移す)。
イトイ
いいね。
山下
いいですね。


山下
じゃあ、福田さん、淹れてください。
福田
わかりました。

イトイ
‥‥集中してる。
福田
‥‥‥‥。

山下
ゆっくり、ね。
福田
‥‥はい。
イトイ
‥‥そんなにゆっくりなんだ。

山下
ええ(イトイさんが女の子座りになってる)。
イトイ
点滴みたいだ。
山下
最初のうちは、
一滴ずつくらいのイメージがいいみたいです。
福田
‥‥(集中)。


イトイ
あとさ、沸騰したお湯じゃないんだよね。
山下
はい、すこし冷まして、
80度くらいがいいようです。
イトイ
うーん。
山下
沸騰したお湯をポットに移すと
だいたいそのくらいになるんです。
イトイ
熱い方がいいと思ってた。
山下
ぼくらもずっとそう思ってました。
そのほうがエキスが出るような。
でも、沸騰してると苦みが強いというか‥‥。
イトイ
それは、はっきりとちがうもの?
山下
そうですね、そう思います。
ぬるめの方がまろやかだと。
イトイ
そうかあー。
お、ふくらんでる。

福田
ぼちぼち、下におちてくるかと‥‥。
山下
‥‥‥‥きました。

イトイ
ぽたり、と。
山下
このくらいから、すこしお湯の量をふやします。
福田
‥‥(集中)。

山下
それにしても、この豆‥‥。
福田
ふくらみがすごい。

山下
これは過去最高のふくらみじゃないでしょうか。
福田
そうかもしれない。
‥‥‥‥そろそろ、フィニッシュですね。

山下
では、お湯が落ちきらないうちに、
ドリッパーをはずします(はずす)。
イトイ
それも知らなかった。
山下
日本茶だと「最後の一滴まで」ですよね。
コーヒーの場合は最後までお湯を落とすと、
アクが混じっちゃうんだそうです。
イトイ
それも、はっきりとちがうもの?
山下
わりとちがうと思います。
えぐみが混ざるんですよ。
福田
温めておいたカップに移して‥‥。

山下
あ、これはきれい。

福田
きれいですね。
山下
さあ、飲みましょう。
福田
カサイさん、いただきます。

福田
‥‥‥‥おいし。
イトイ
カサイさん、いただきます。

イトイ
‥‥‥‥うん、おいしい。
山下
カサイさん、ぼくらも。
カサイ
そうね。

山下
‥‥‥‥これが、
妥協のない豆の味なんですね。
カサイ
‥‥うん。
山下
上手に味を表現できないんですが、
おいしいです。
すっきりした酸味もちゃんとあって。

福田
でた、めがねの曇り。
カサイ
‥‥なにそれ。

山下
カサイさんもできますよ、めがねかけてるから。
やりますか?
カサイ
‥‥‥‥。

山下
カップを顔に近づけたときに、
わざと息をはくと、めがねが曇るんです。
カサイ
‥‥‥‥。


山下
い、いや、あの、それだけのことなんです。
意味なんてなんにもないんですけど‥‥。
カサイ
‥‥‥‥。


山下
ちょっと、おもしろいかなあと思って‥‥。
カサイ
‥‥‥‥。

山下
‥‥‥‥。
福田
‥‥‥‥。
山下
‥‥‥‥‥‥あ。

山下
そうそう、そうです! 上手い!!
福田さん、アップで撮って!!
福田
はい!(撮る)

山下
ありがとうございました!
いやぁ、イトイさん、
カサイさんはほんとにやさしいです‥‥ね‥‥。
イトイ
‥‥‥‥‥‥。
山下
‥‥うそ。
ほんの30秒ほど前には起きていたのに。
カサイ
(すっくと立ち上がる)
じゃ、ぼくはこれで失礼します。

福田
あ、ごちそうさまでした。
カサイ
失敬(去る)。
山下
カサイさんの去り際は
何度見てもうつくしい‥‥。
福田
‥‥ええと、山下さん、どないしましょ。
山下
どうしましょう‥‥。
なにしろぼくも、
イトイさんの寝オチというのは
初めて目の当たりにするんですよ。
‥‥ほんとに寝てしまうんだ。
福田
しかもかなり深いですね。
山下
ええ、カフェインを摂取したはずなのに。
福田
どないしましょう‥‥。
  カッパとウサギはこのあとしばらく、
ちいさな声で他愛のないおしゃべりをしました。
それからふたりは勇気を出して、
「イトイさん、風邪をひきますよ‥‥」
と眠りの国に遊ぶ人を現実に呼び戻したといいます。
「んーー」と目を覚ます糸井重里。
かちゃかちゃとコーヒー道具を片づけるカッパとウサギ。
こうして、
「コーヒーに賭ける男の闘い」は
こんなになんでもない感じで後編の終了です。
このシリーズは、
前編の栓を抜くところがクライマックスでしたね。
  (次の展開につづきます)

2010-07-06-TUE


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