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december 20142014
一月のテーマは 友情

「私にも、似たような経験があるよ」
と、エレーナは苦笑いしながら
熱いルイボスティーをいれたマグを両手にキッチンから出てきて
片方を目の前にことんと置いてくれた。
6歳年上の彼女からは、いつも包容力を感じる。
例えるなら、それは妹に向けるような優しい眼差しだ。
私は、肩まである彼女の栗色の髪をぼんやり見つめながら
力なくお茶をすすった。

エレーナは、ロンドンで育ったブルガリア人。
息子同士が同じ幼稚園に通っていたので
送り迎えの際に言葉を交わすようになり、仲良くなった。
子どもが別々の小学校に通うようになった今でも
家族ぐるみの付き合いが続いている。
昨年のはじめ、私は昼下がりに彼女の家にいた。

「最近どう?」というエレーナの何気ない問いに対して、
吐露するつもりなどなかったのに、
私はここ数年、心の中でどうしても払拭できずにいる
苦しい気持ちを思わず口にしてしまっていた。
急に音信不通になったイギリス人の親友、ネオのこと。

ある時を境に、電話をしても出てくれなくなり、
メールの返事もこなくなった。
しかし、ネオの家は我が家から徒歩でいける場所にあり
それくらいの時期に近くの道路を私が車で通り過ぎたとき
3歳の娘と生後数ヶ月の息子を連れて
歩道を歩いている彼女とたった一度だけすれ違った。
事故にあったとか、そういうことではないらしい。
ただ不可解だった。避けられる原因に心あたりがなく、
それまで一緒に過ごした時間が親密だっただけに、私は落ち込んだ。

うちにはよく遊びに来ていたから、
携帯電話を失くしたのなら、ドアのベルを鳴らしてくれるはず。
とにかくこの場合、私から押しかけてはいけない気がした。
唯一心にひっかかっていたのは、最後に会ったとき、
30代半ばの彼女に突然白髪が増えていたこと。

近くにいるのに会えないネオのことを
頭の片隅に気にかけながら暮らす日々がはじまった。
そしてそのまま、1年、2年が過ぎていった。
全然姿も見かけない。もう引っ越してしまったのかもしれない。
冒頭のエレーナの言葉は、そんな私を慰めようとするもので、
さらに彼女は付け加えて言った。
「こういう時って、いつまでも考えてしまうものよね。
もしかして、何か相手の気に障ることを私は無意識のうちに
してしまったのかしら、って」

ネオとは、6年前に近くの小学校が主宰するプレイグループ
(3歳くらいまでの子ども同士を遊ばせる集まり)で知り合った。
今では、エレーナのように気がおけない母親仲間が
家の周りにたくさんいる私だが、子どもがいなかった頃は、
英語力の自信のなさから、人付き合いにまだ苦手意識があった。

けれども妊娠をきっかけに、
さすがにこのままではいけない、と省みるようになった。
それに、生まれてきた息子には、赤ん坊のころ
いくつもアレルギーがあった。同じ地域で、
子育ての大変さや喜びを共有できるお母さん友だちがほしい。

町の掲示板やインターネットで片っ端から情報を調べ、
思い切って参加したのが、上記のプレイグループだった。
ネオは、愛らしい瞳に髪はベリーショートの背の高い女性で
私と同じく、乳児の一人娘を抱えながら、
フリーランスで自宅で仕事をしており
思いがけず、食べ物の好み、好きなアーティスト、
育児の考え方までよく似ていて、すぐ意気投合した。
時間ができると、子連れでお互いの気になるカフェや、
子どもを遊ばせられる新しい施設などを開拓しに出かけ
情報交換や他愛のないおしゃべりをする。
家にこもりがちな私たちには、貴重な気分転換だった。

彼女と連絡が取れなくなってから3度目の夏。
去年の8月に、私は6歳の息子とふたりで
自宅近くの大きな公園へ出かけた。
ロンドンにしてはめずらしく蒸し暑い、晴れた日だった。
ひととおり遊具も遊び終え
芝生の上に放り出されていた息子の自転車を起こして
「そろそろ家に帰ろうか」
そう私が言ったとき、ふいに後ろから名前を呼ばれた。

振り向くと、ネオが立っていた。
娘と、幼稚園児くらいに成長した息子を連れている。
懐かしい笑顔に驚いて、すぐに言葉が見つからなかった。

「久しぶりね。ごめんなさい、ずっと連絡をとらなくて。
ほんとうは会いたかったけれど、できなかった。
何度も、アヤコのことが頭に浮かんだのに…」

ネオは話してくれた。甲状腺の病にかかり、
体がだるく、あっという間に寝たきりになってしまったこと。
誰とも連絡をとらなくなり、うつ病を併発して
母親と夫が介護と育児をしてくれていたこと。
ようやく快方に向かい、ひと月前から外出できるようになったこと。

どちらからともなく、私たちはハグをした。
腕にあたった、以前よりほっそり痩せてしまった首、骨ばった肩。
私はそれぞれが過ごした3年の年月に胸が詰まり
「私もすごく、会いたかった」
と、ひと言だけ、ネオに伝えた。

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上の写真は、1890年前後に作られたアンティーク・ブローチ。
流れるような曲線で「Amistad(アミスタ)」とある。
ロンドンの骨董市で
文字の意味は理解せずに一目惚れして買い付けたが、あとから調べて
Amistadはスペイン語で「友情」のことだと知った。

明らかにヴィクトリア時代のイギリスのトレンドであるデザインに、
スペイン語。そのうえ、文字のまわりに配置されているのは
「私を忘れないで」というメッセージを持つ忘れな草だ。
これらは何を物語っているのか。

このブローチと出合ってから、思いついたことがある。
この先イギリスを離れる日が来たら、私もネオにブローチを贈ろう。
よく似合い、喜んでくれそうな、美しく凛とした品にしよう。

ネオは知らないと思うのだ。
彼女が、私にとって初めてできた
イギリスのお母さん友だちだったことを。
出産による体の変化、まわりに両親も親戚もいない
異国での子育て、息子の治療。不安だったころ、
歳の近い同じ新米母であるネオがそばにいてくれたことが、
どれだけ心の支えになっていたか。
彼女のおかげで毎日が楽しくなり、
私自身が良い方向に変わっていけたこと。

「ありがとう。いつの日か、必ず再会しましょう」
そんな感謝の気持ちと、約束をこめて。



 2015-01-28-WED

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