Hobo Nikkan Itoi Shinbun

はじまりを、はじめよう。

Begin the beginning! 07 高橋禎彦さんの「はじまりのコップ」。

ガラス作家・高橋禎彦さん作で、
「BEGINNING」のコップはどう?
いつも、これで水をのむ。
BEGININGをごくごくのむって感じ。
そりゃあ、いいに決まってる!

2012.05.29

第1回 はじめてのコップができた!

高橋禎彦さんについてはこちらもぜひどうぞ。

高橋禎彦さんにお願いしていた
「BEGINNING」のコップができました。
まず、お見せしちゃいましょう。
こちらです!

遠心力や重力を味方につけた、
「宙吹き」という技法ならではのかたち。
高橋さんらしい、のびやかで、やわらかな
とろりとしたガラスの肌質。
男性の手にも、女性の手にも、
大きすぎたり、小さすぎたりしない、
“ちょうどいい”感じがします。
そして、外側の壁面にはちゃんと
「BEGINNING」のロゴマークが。

さあ、このコップがどんなふうに生まれたのか。
高橋さんのアトリエにお邪魔して、
じっさいにつくる現場を見せていただきながら、
お話を聞いてきました。

「BEGINNINGのコップが
 かたちになってきましたよ」

ガラス作家の高橋禎彦さんからの
うれしい連絡をいただいたのは、
5月のはじめのこと。
さっそく、わたしたちは、
相模湖の近くの山あいに建つ
高橋禎彦さんの工房をたずねました。

わたしたちから、このコップについて、
高橋さんにお願いしたことは、ただ1点。
「BEGINNINGのロゴマークを入れてください」
ということでした。
9つの英文字に、ひとが10人、犬が1ぴきという
BEGINNINGのロゴマーク。
これを、片手で持てる大きさのガラスのコップに
入れてくださいね、というお願いです。

「ガラスに文字を入れるには、
 一般的な技法では
 『サンドブラスト』というものがあるんです。
 ステンシルみたいに文字を切り抜いたシートをかぶせ
 こまかい砂などの研磨材を吹き付けて
 曇りガラスのような表現で模様や文字をつくる。
 あるいは『エナメルプリント』といって、
 代表的なものがコカコーラの瓶ですね。
 転写紙みたいな感じでエナメルをのせて、
 文字を焼き付けるという方法です。
 けれど、今回の場合、
 どちらも違うんじゃないかな、と思ったんです」

たしかに、たとえば高級なクリスタルグラスの
模様づくりにも使われるサンドブラストや、
はっきりと文字は出るけれどポップな感じが強い
エナメルプリントは、
「BEGINNING」には、
ちょっと似合わないような気がします。

「それでね、ガラスを吹いて、
 固まる前に、焼き鏝(ごて)で刻印を捺して、
 ロゴを入れたらどうかな、って考えました。
 きっと、その部分が、光に当たってキラキラするし、
 きっと、ガラスの質感だって生きる」

この焼き鏝は、たとえば卵焼きやお饅頭に
お店のマークを入れるのに使ったりするものと、同じ。
お饅頭と大きく違うのは、
「焼き目をつける」のではなく、
「ガラスを凹ませて、文字を表現する」ということです。

しかし──。
ガラスのコップの表面は、平坦ではなく、
(あたりまえのことですが)円弧を描いています。
そして、薄い。
ガラスに穴をあけずに
これだけのボリュームの文字を刻印するというのは、
高橋さんにとって、はじめての技術、
はじめての挑戦でした。

「熱しすぎると、鏝がめりこみすぎて、
 文字が再現できない。
 いつもぼくがつくっているような
 薄いコップだと、凹みが大きくなり、
 不格好に見えてしまう。
 そこで、まずは厚いコップをつくることから
 はじめました。
 じつは、そのこと自体、ぼくにとって
 『はじめて』のことだったんです」

そう、高橋さんのコップは、その薄さがひとつの特徴。
はじめて高橋さんのコップを手にするひとはよく、
「わっ、こんなに軽いんですか!」
と、驚くほどです。

「軽くて使いやすいとよろこばれるのは、
 それはそれでとてもうれしいことなんです。
 けれども自分でも、
 もうすこし厚みがあっても、
 使いやすいコップがあるんじゃないか、
 そういうふうにも思っていたんですね。
 ですから今回は、
 そういうコップをいちからつくるという、
 あたらしい挑戦にも、なったんですよ」

けれども、「全体が厚い」コップは、
焼き鏝は入りやすいかもしれない反面、
ぽってりしすぎて、
使いづらいくらいの重さになってしまいます。
そこで高橋さんは、全体のボリュームを軽くするため、
底を、なるべく薄くしようと決めました。

「底をうすく、壁面は厚めに、
 というコップをつくって、
 自分でためしてみました。
 これが、思いのほか、いいんです。
 じつは昨日も、これでワインを飲んでみたんですが、
 なんとも感じがいい。
 フランスの庶民的なビストロに行くと、
 高級なグラスではないけれど、
 ひじょうに使い勝手のいいグラスが出てくるんですね。
 その印象、感じのよさに
 似ているなあと思っています」

じっさいに、この、ちょっと厚手の飲み口は、
使ってみると、口にふれるときに
あたたかくやさしい触感があります。
厚めだという壁面も、
かえってプリミティブな印象があって、
「BEGINNINGのコップ」にぴったりな気がしました。

そして高橋さんは、このコップについて
もうひとつ、自分に課したことがあるといいます。
それは、宙吹きのガラスには必ず底につく、
“ポンテ跡”を美しく仕上げることでした。
“ポンテ跡”は、底の中心分につく、
ポンテという道具を外すときの痕跡。
これをきれいにするには、通常、
「あとから磨く」という仕上げをするのですが、
火の力だけで、自然に、美しく仕上げたいと考えました。

「なぜかって言うとね、
 これが使う人にとっても
 『はじめてのコップ』になるならば、
 ぜひそれは宙吹きならではのものであってほしい。
 そのしるしであるポンテ跡が、
 かわいく1個あるということは、
 とても大事だと思ったんです。
 それにね、なにより、
 ぼくはこのポンテ跡がとても好きなんです。
 つまり、ここが、ぼくにとっての、
 もうひとつの刻印でもあるんですよ」

壁面を厚めに、底を薄くという挑戦。
壁面に捺すBEGINNINGの刻印。
そして底にあらわれるうつくしくかわいいポンテ跡。
BEGINNINGのコップは、高橋禎彦さんにとっても、
“はじめて”がいっぱいのコップになったのでした。

次回は、高橋さんのコップ、
その製作過程を動画で紹介します。
どうぞおたのしみに!