INTERVIEW

志村洋子さんがいま
考えていること、
試みていること、
問うていること。

「ほぼ日」で追いかけてきた
染織作家の志村ふくみさん、洋子さん、
昌司さん、宏さん、そしてatelier shimura
(アトリエシムラ)の工房のみなさんの仕事と、
芸術学校アルスシムラの活動。
昔むかしから継承されてきた
植物から糸を染めるといういとなみ、
経糸と緯糸で織りなす世界を、
作品と活動をつうじて「いま」にどう伝えるのか──。
そのひとつの節目のような本が、この春うまれました。
志村洋子さんによる著作
『色という奇跡 ―母・ふくみから受け継いだもの―』です。
オリジナルの裂作品「色の扉」つきで16,200円という
高価な本である、ということ、
またこの本で描かれているものごとの「深さ」について
興味をもった私たちは、
あらためて洋子さんのお話を聞いてみたくなりました。

縁あって、
志村ふくみさん、洋子さんたちを追いかけた
ドキュメンタリー番組を手がけてきた
NHKエデュケーショナルディレクターであり、
アルスシムラの卒業生でもある、長井倫子さんも同行。
東京にできたばかりのちいさなアトリエシムラShop&Galley
「しむらのはなれ」を訪ねました。
インタビューは、その長井さんを中心に、
ときどき「ほぼ日」も質問をするという
かたちで行なっています。

このコンテンツは、ある意味、むずかしいお話です。
むずかしいのですけれど、ふしぎなことに、
すぅっと染み込んでくるものがあります。
そんなふうに、読んでいただけたらと思っています。

インタビュー 長井倫子
編集協力 武田景 新潮社

第4回

織りという悩み

──
「ほぼ日」でアトリエシムラのストールを
販売しましたけれど、
光の当たり方で色が変わるのが、
とても面白いなと感じました。
志村
そうでしょう。
色は、光との関係でいくらでも変化するんですよ。
──
映像を撮るときや、
アルスシムラでの授業のなかで感じたのは、
糸が水のなかに入っている時と出した時とでの違いでした。
織っていく時も、あれっ、こんな色だったっけ?
って感じることがありました。
志村
そうでしょう。隣りの色によっても違うのよ。
──
はい。
それに、ずいぶん派手な感じに織り上がったな、
と思っていたものが、一週間経ってみたら‥‥。
志村
落ち着いてるのよね。
──
そうなんです。
あれっ、こんな色だったっけ、って。
それで、よくよく見てても、
それは何色なのか、よくわからなくなってくる。

写真撮影のときなんかは、
カメラマンさんが見ている色と、
自分の見ている色の印象が違うんですよ。
同じ光を当てて見ているのに、色味というより、
そこから受ける印象が違うんです。
志村
自分の心も染まるので。
心がキャンバスになるわけですよね、
目から入った色がね。
──
やさしいとか、やわらかいとか、
派手で元気いいねとかっていう、
そういう形容詞が変わってしまって面白かったんです。
志村
そうでしょう?
だから、色彩って難しいと思わない?
捉えどころがなくて。
──
ifs未来研究所さんでの
アトリエシムラのお披露目の時、
洋子先生のご友人の方で、
きれいなお着物の方がいらしたのが、
とても印象に残っているんです。
お聞きしたら、それは何十年も前のものだとか。
志村
そうなんです。
買って下さったのがお母さまだもの。
──
お席を立たれた時に、
ハッと、なんかすごく輝いて見えました。
発光していた感じでした。
でも、その後、横を通り過ぎた時には、
落ち着いたシックな色に見えて、
そこも不思議でした。
さっきは黄色に近いって思ってたのに、
こんどは茶色に近く感じて。
志村
そうそう。
経糸と緯糸が重なって織り色が現れ、
一瞬一瞬違って見えるのね。
昼間と夕方とで、また違うし、
どこを切り取って、どの色って言ったらいいのか、
やっぱり捉えどころがなくて。
──
その捉えどころのないものを、
よくぞここまで言葉にされているっていう、
洋子先生のすごい持続力というか、
考え続ける筋力が
半端じゃないって、すごく思うんです。
前に洋子先生がおっしゃってましたよね。
織ってる時もそうかもしれないけど、
無意識は宇宙とつながって、いろんなものを得る。
でもそこに留まらずに、
得たものを自分のなかで意識的に言葉にしたり、
着物や織りで、形にするっていうことを、
ほんとうに一所懸命やらないと失礼だと、お空に。
でも、やろうと思ってもなかなか難しいところです。
志村
そうですよね。難しい。
ずっとずっと考えていかなくてはわからないと思います。
それは、
染めだけでなく織りがあるからではないでしょうか。
染めだけで留まっていたら、
たぶん気持ちの世界だけになってしまいます。

染めは「気持ちいいよ」みたいなことなんですけれども、
それをさらに、織物として、
物質にしていかなければいけないのです。
今度は裂(きれ)にするために糸を張って、緯糸を入れて、
やっと物として完成でしょ?
糸だけだったら、バラバラしてしまいます。

経(たて)と緯(よこ)が
機という道具にかかって
初めて物になっていくわけです。
それは人間がお手伝いしないと、
成り立たないのですよね。
そのプロセスがおもしろいから
考えることをやめないのではと思うんです。
みんな織る時になったら、初めて苦しむんです。
──
ほんとうにそうですね。
染めてる時は、テンションがハーッと上がるし、
糸を触ってても気持ちいいし、舞い上がる感じですよね。
ただ、織りになると、違うんですね。
私たちのクラスは、
経糸を先生方が張ってくださったので、
あとは緯糸を通すということでしたけれど、
あれを絣で染めてとか、全部考えてやってたら──。
志村
染めというのは、気持ちがいいね、
自然からいただいた草木の色だねって、
みんなで嬉しいっていうもの。
次は、これを機にかけよう、経糸何色にする?
っていうことになった瞬間から悩みが始まる。
自分が決めなきゃならない。
あなたの自我の問題になるのです。
──
さて──、今回のご本には、「色の扉」という、
小さいんですけれど、すばらしい作品が
ついているんですね。
十字の文様の。
志村
本物の裂をつけたらどうでしょう、という、
出版社からのご意向だったんです。
ご提案いただいたのはシンプルなものだったのですが、
やはり意味のあるものが作りたかったので、
いろいろと試行錯誤が始まりました。

ふくみ先生の展覧会をやったので、
その時につくった12色の無地の残っている裂を
散りばめたいと思ったのです。
それから曼荼羅を象徴したみたいな、
普遍的な文様がいいなということを考えたんですよ。

それで、うちのスタッフで
いちばんこの本に関わっていた、
久美ちゃんが苦労してくれたんです。
▲右が久美さん。
久美
新潮社の方からは、まず四角く切った裂がポンと
貼ってあるのをご提案いただいたのですが、
もっと洋子先生らしいものをと思い、
先生と相談しながら、作品集をみていたとき
この形がとても象徴的だということに気付いたので、
試しに貼ってみたんです。

そうしたら、どの色を組合せても、
構図の中に、色が響き合って、
どれも素敵に見えるということに気付きました。
それで、これに──。
志村
最初にこれを見た時にびっくりして、
これをやることにしたんです。

この十字文様というのは、
イスラム教も、キリスト教も、仏教もそうだし、
まさに普遍的なもので、世界観を表しています。
星座にも見えるし、花にも見えるし
やっぱりこの世の中心のような気がします。
──
回りが濃い色か、中が濃いかによって、
光と闇が反転した感じになったりとか、
いろんな想像を掻き立ててくれるのが素敵だと思います。
志村
経と緯の交差というのは大事なことなんだろうと思います。
天と地が合わさるその場所が今じゃないかと思うんですよ。
──
西と東の合わさるところ。
芸術の世界と社会とか。
これはすごく象徴的で、
洋子先生の根っこにおありなんだなと思います。
ただ作ってるだけじゃなくて、
それを社会とどうつなぐか。
今までやってこられたことを考えると、
全部この十字路だなって、すごく思いました。

ところで洋子先生、
きょうは東京の「しむらのはなれ」という場所で
お話をお聞きしているわけですけれど、
こちらはどういう目的で作られたんですか。
志村
私たちの仕事に興味を持ってくださる方が
関東にも多くいらっしゃいます。
そういう方のための拠点も欲しかったということです。
水日以外は開いておりますので、
どうぞいらしてくださいね。
昌司
織機も入れましたし、
ベランダに洗い場をつくって、
染め体験もできるようにしました。
──
TOBICHIのイベントだけでなく、
東京でも染め体験や織り体験ができるようになったら、
とてもいいですね。
そのうち、ぜひ参加させてください。
きょうはどうもありがとうございました。
志村
こちらこそどうもありがとうございました。

(おわります)
2017-06-09-FRI

色という奇跡
―母・ふくみから
受け継いだもの―

新潮社 16,200円
(税込・配送手数料別)

[販売時期・販売方法]
2017年6月6日(火)
午前11時より数量限定販売
※なくなり次第、販売を終了いたします。
[出荷時期]
1~3営業日以内

染織作家である志村洋子さんが、
2013年から2016年にかけて
季刊誌『考える人』に連載した文章を
1冊にまとめた本です。
毎号のテーマに沿って撮影された写真と、
洋子さんの文章とが織りなす世界は、
まさしく「作品」と呼ぶにふさわしいもの。
1点ずつ、洋子さんたちの手作業でつくられた
オリジナル裂作品「色の扉」がついています。

使われている小裂は、志村ふくみさんの代からの
かなり古いものも混じっているそうです。
色の組み合わせが1点1点異なり、
色というものを「自然からのいただきもの」と考える
思想そのままに、
どんな色のものが届くのかも「いただきもの」。
新潮社や「ほぼ日ストア」での販売は、その方式で、
それをご縁として受け取っていただけたらと思います。

ただ、今回、
6月6日から6月11日までの
東京・南青山TOBICHIでの展示販売においては、
シュリンク(パッケージ)を外して、
「色の扉」のいろいろを展示します。
そこから、「ご縁を感じた」ものを「出逢い」として、
書籍と組み合わせてお求めいただくことができます。
どうぞ、足をお運びくださいね。

撮影、編集:広瀬達郎(新潮社写真部)

「しむらのはなれ」は、ゆったり時間が流れる場所です。
もともと人が住むために建てられたこの家は、
明るい光に包まれて、窓を開けると風が吹き抜け、
様々な種類の鳥の鳴き声が聞こえてきます。
ここの2階で、ほぼ毎週末、
染色か機織りのワークショップを行なっています。

染めのワークショップでは、
その時々の手に入った植物で、
絹のショールを染めます。
晴れた日は広いテラスに出て、
絹のショールを風にそよがせ
太陽の光に透かしてみましょう。
たった一度しか出会えない草木の色に出会ってください。

機織りのワークショップでは、
糸を染めて機織りをします。
ご自身が染めた糸を織り入れることができます。
静かな「しむらのはなれ」で、織り機の音と、
色が奏でる音色をお楽しみください。
織り上げた裂は一旦お預かりし、
手製本で文庫サイズのノートの表紙に仕上げ、
後日お送りいたします。
きっと、世界で一冊だけの
宝物のノートになることでしょう。

1階ではアトリエシムラの裂小物や志村ふくみ、
志村洋子の本を販売しています。
こちらもどうぞご覧くださいね。
心よりお待ちしております。