第2回 人生は長い、使いかたを知りさえすれば。

イシューのように見える問題が100あったとしても「今、 本当に答えを出すべき問題」は2、3しかない。そのなかで 「今の段階で答えを出す手段がある問題」はさらにその半数 程度だ。つまり、「今、本当に答えを出すべき問題であり、 かつ答えを出せる問題=イシュー」は、僕らが問題だと思う 対象全体の1%ほどに過ぎない。(抜)           ーー『イシューからはじめよ』p73より
糸井 そもそも、どんな問題意識から、この本を?
安宅 自分としては「宗教書」のようなつもりで
書いたんですよね。
糸井 ほう‥‥。
安宅 マッキンゼーにいたときって、
僕、ずっと「安宅教(?)」の教祖みたいな
感じでして‥‥。
糸井 教祖!
安宅 いや、そう言ったら
偉そうに聞こえるかも知れないんですけど‥‥。

もちろん、そんな宗教ありませんし
拝まれてもいません(笑)。
糸井 でも、本を読めば、その意味がわかります。

つまり「この場合はこうしなさい」という
「教え」が書かれてますもんね。
安宅 この本には、好き勝手なことを書きました。

藤原新也さんの『メメント・モリ』じゃあ
ありませんけど、
言いたいことだけを、えんえん書くという。
糸井 だから「体系」が、
それほど、意識されてないんですね。
安宅 そうかもしれないです、はい。
糸井 逆に言えば、まったくウソはない。
安宅 アリゾナ州のセドナという
ネイティブ・アメリカンの聖地で拾ってきた
石があるんですけど
それを‥‥握りしめながら書いたんです。

おっしゃるように、
絶対、ウソだけは書かないように‥‥って。
糸井 石に誓って。
安宅 ウソを書いたら絶対にバレちゃいますから、
それだけはやるまいと。
糸井 その思いは、伝わってきましたよ。
安宅 あ、それはよかった(笑)。
糸井 もちろん、できるかぎり
わかりやすく読んでもらおうという意図も
同時に感じたんですけど、
それ以上に‥‥
安宅さんの「思い」を感じたんです。
安宅 そうですか。
糸井 僕自身の経験からすると、
そういう「思いの入ったもの」を書くときって
背景に
巨大な「いらだち」みたいなものがあるんです。
安宅 いらだち‥‥それは、あったかも知れません。
糸井 何に対する?
安宅 僕の場合は
「無駄な時間を過ごすこと」でしょうか。
糸井 ほう。
安宅 「不毛な時間」を、積み重ねてきたこと。
糸井 これまでの人生で?
安宅 ええ。僕の人生の7割ぐらいは、
ムダだったんじゃないかと思うことがあります。
糸井 たしかに、この本のなかには
「人生」って言葉が、よく出てきますね。
安宅 「人生は、とても長い」というのが、
僕の持論なんですけれど‥‥。
糸井 「長い」?
安宅 「正しい使いかたを知れば」ですが。
糸井 なるほど。
安宅 ただ、その「正しい使いかた」を知るまでに
えっらく長い時間がかかってしまって(笑)。
糸井 そうだったんですか。
安宅 僕の「無駄な」経験を
どこかに書き残しておかなければと思って
この本ができたんです。
糸井 たとえば、どのようなことが無駄だったと?
安宅 時間をうまく使えていなかったころの
あらゆるとき、あらゆる場面で。

マッキンゼーに入社した最初の数年も。
糸井 へー‥‥。
安宅 当時、臨死体験するぐらい働いていたんです。

朝8時から夜中の2時ぐらいまで、
毎日、1年に360日くらい。
糸井 はー‥‥。
安宅 これは、正しい人生の使いかたではない、と。
糸井 不毛だった?
安宅 ただ、そうやって働いた仕事の結果としては、
悪くなかったと言うか‥‥
大きな仕事で
成果を、たびたび出すことができていました。
糸井 それなのに‥‥無駄?
安宅 労力と結果がまったく相関していないんです。
糸井 つまり「納得できてなかった」んだ。
安宅 ほとんど「思いつき」で実施した案件が
大当たりして
ポーンと1千億円くらい売り上げたと思ったら、
3ヶ月くらい命を懸けて取り組んできた案件で
何の結果も出せなかったり。
糸井 はー‥‥。
安宅 これは何かおかしいぞ‥‥と思いはじめたのが、
入社1年後くらいでした。

最終的には、結果が出ているからいいのですが、
もう一方の膨大な無駄、
あれはいったい何だったんだろう‥‥と。
糸井 そうした壁には、ぶつかりますよね。
安宅 あ、糸井さんも。
糸井 「それでもいいんだ」という言いかたも
一方ではあって、
「駆け出しのころはさ」とか
「ちょっと足腰を鍛えるつもりで」とか。
安宅 僕も若いときは、さかんに言ってたんです。
「1回は死ななきゃダメだろう」なんて。
糸井 いまは‥‥。
安宅 まわりの若い連中には
「根性論」こそ、ダメだと言ってます。
糸井 僕の場合、
「サボるよりも
 サボらずにやるほうがおもしろい」
と気づくのに、時間がかかったんですよね。
安宅 ああ、なるほど!
糸井 もともと僕は、
根性論のノリでやるのが嫌いなんです。
安宅 ええ。
糸井 いや、生意気な意見なんですけど、
そうやって
アスリート的に無理矢理がんばってやっても
「本当のおもしろさ」を感じられなくて。
安宅 結果が出たとしても?
糸井 そう。
安宅 それは「内面の充実」の問題ですか。
糸井 そうでしょうね。

でも「サボらずにやる」ことならできるし、
サボってたときより、
おもしろいことに気づいたんです。
安宅 そこで「人生の使いかた」を知ったんですね。
糸井 うん、そうかも知れません。
<つづきます>
2012-01-13-FRI