From: 渡辺 謙
To: 糸井 重里
Subject:自分

何となく、僕の中でこのメール交換が終わらなくて・・・。

次の映画の撮影がほぼ終了しました。
ほぼ、と言うのは不思議な言葉ですね・・・。
まだ終わってないのに、終わった気がする。
今回の撮影も、本当にやってよかったなと思える作品でした。
こんなに暖かい映画製作者とめぐり合ったのは初めてでした。
どちらかと言うと、堤さんとは一緒に戦った、格闘した、
もがいた、悩みぬいたと言う感じですが。

クリントは、僕が悩み苦しんでいるところに、
横で座ってくれていた感じでした。
まさに「ベンチ」の横で・・・。
言葉も、7割8割しか通じないのに、
微笑んで座ってくれていました。
僕が苦しさに耐え切れなくなって、ふと横を向くと
黙って笑ってくれたり、静かに助言してくれました。
僕の気持が動くのを、そっと映してくれていました。
気持の良い撮影でした。

先日記者発表もしましたが、
この映画の公開の後に本が出ます。
恥ずかしながら、自分のことを本に書いてしまいました。
今までは、「俳優は本なんて書くもんじゃない」って
思ってました。
だって、スクリーンに映る役の姿だけで
充分だと思っていたからです。
自分の後姿は、そこに勝手に映っていく。
それをことさらに語るもんじゃない
そう思っていました。
でも、何故か書かないと気が済まなくなったんです。
この映画を作ろうと思ったのと同じように。
主張したいのではなく、話したくなった。そんな感じです。
それも、きっと「明日の記憶」に関わってからです。
前から、ドキュメンタリーの旅番組などで、
ディレクターに宛てた
個人的な日記風レポートは書いたりしていましたが、
他人に話を聞いてほしいと思ったのはこれが初めてです。

「明日の記憶」という作品に、
「そんなに気張んなくていいよ、思ったことを話しな・・・」
そう言われたような気がするんです。
自分と向き合って、自分の過去と向き合って、
自分を育ててくれた人を思い出して、
自分と寄り添ってくれる人を、見つめ直して・・・
そんな風に書いてみた原稿です。
もし、お時間があったら斜め読みしてください。

久しぶりにのんびりした週末です。

渡辺 謙

2006-05-10-WED



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