From: 渡辺 謙
To: 糸井 重里
Subject:

また、週末砂漠から帰還しました。
お決まりの洗濯、掃除を済ませ
寿司食って、一息つきました。
また、愚にも着かないお話しを一つ・・・・。

今、クリントが日本語の映画を撮っています。
純然たる日本映画です。
なにせ出ているのは日本語で喋る日本人が
ほとんどだからです。これって凄いことじゃありません?
よく、日本で上演する芝居を
外国の演出家がやっているのと同じということです。
でも、言葉が分からなくても、フィーリングは伝わるのです。
ただし、ニュアンスは別です。
日本語は短い文章に色んな意味を込められます。
英語はフィーリングの言語です。
同じ言葉でも、言い方でかなり違います。
ご存知の様にYOUはあなたでも、あなた方でも、
君たちでも、お前でも、お前らでも良いんです。
勿論、貴様、貴様ら、おぬし、おのおの方でも良いんです。
そんなところが様々あるのを僕も一緒になって作っています。

「明日の記憶」は海外で配給できないかと考えています。
そのことも含めた、
エグゼプティブ・Pということでもありました。
海外での配給ということになると、
当然字幕の問題が出てきます。
やりました。さっきのと逆のことを・・・。
現代の日本の社会のスピードと、
広告代理店の専門用語、病気の専門用語、
更には、精神的な微妙なニュアンスと
問題山積みでした。
ベースラインの字幕を作っていただいて、
そこから6人がかりでやりました。
広告に詳しい奴と、
インディーズ系の配給を宣伝していた二人のネイティブ、
ロス産まれの日系4世で大病を経験していた人、
そして親友でスラングに詳しい奴、
この映画の立ち上がりから付き合っている僕のアシスタント、
そして僕。

喧々諤々でした。一字、一文ずつやっていくと、
台詞って1200以上あるんです。
「それって英語でこういうこと?」
「いやそれじゃあ硬すぎるんだよね、
 こういう雰囲気で言っているんだけどなあ・・」
「じゃあこういうのはどう?」
こんな感じで二晩、お茶を10回以上入れ替えました。

特に、「ビシッと行こうよ、ビシッと!!」というのや
夫婦の会話が大変でした。
結構軽く言っていても、
後から効いてくる台詞だったりしたからです。
でも、良かったのは、
僕がこの作品に脚本作りから付き合っていたことです。
全体の問題から、一つ一つの台詞のニュアンスまで、
すべて監督と合意の上で
決めていってたからです。
だから、迷うことがありませんでした。
いや、迷ったのですが決める時に躊躇がいりませんでした。
責任を持って、決定を下せたのです。
おそらくこんな形で字幕を作っていることはないと思います。
作った本人が、演じた奴が、
ガタガタ言っているんですからね・・・。
でもそれだけに、こちらでの試写会の時は緊張もしたし、
反応が良かった時は
嬉しさもひとしおでした。
娯楽性という意味で、
アメリカという土壌に合うかどうかは
甚だ自信はありませんが、
同じ感覚を持っている「人間なんだ」ということは
変わりないと確信しました。

面白かったのは、試写後のテーチインでした。
こちらではそれもやるんです。
勿論僕は席の一番後ろで隠れて聴いてました。
話が弾んできて、
「あの最後に出てきた老人の陶芸家は佐伯の幻覚?どっち?」
という発言があって、それに関して
「いや、そうじゃない」、「そうだよ・・だって」
とか議論沸騰したのです。しばらくして司会者が
「でも、それってこの映画にとって大きなこと?
 そうじゃないと思う人手を挙げてみて?」
と尋ねました。すると全員が手を挙げたのです。
そして大爆笑・・・。
素敵な瞬間でした。映画を見終わって、
話さなくてはいられない状況。
話したいことが一杯ある映画って、良いと思いません?
さらには、
「私の父も同じ病気で、辛すぎた・・・」という意見と
「私もおばあちゃんがそうだったけど、
 本当に佐伯(患者)の気持ちが初めて分かって
 改めて、おばあちゃんのことを考える良い機会だったわ」
この意見に関しても、また沸騰したのでありました。
まさに、日本のリアクションと
なんら変わるところがありませんでした。
僕がここ数年、こんな風に
いろんな国の人たちと仕事をしている意義が
ようやく形になりつつあるのかなと思えました。

少し、外角一杯からボール一つはずれている話に
なってしまいましたね。
でもまあ、この「明日の記憶」という映画が
多くの人の目に触れるということは
この映画にとって幸せなことだと思います。
また、砲弾の中に飛び込んできます・・・また。

渡辺 謙

2006-05-08-MON



(C) 2006 Hobo Nikkan Itoi Shinbun