『明日の記憶』とつきあう。 堤幸彦監督との対談。 「これはぼくのデビュー作です」



最終回 降りなくていい船に乗っている。

糸井 樋口さんという人は、
うちでは仕事の話はしないんです。
ぼくから訊くこともない。
でも、向こうから言ってくるときは
ぼくは聞くんです。
で、『明日の記憶』というのは、
珍しく、向こうから話してくる仕事だった。
なんだか、一生懸命やってるんだなというのが
映画のことはまったく知らなくてもわかったんです。
これはいい仕事なんだなと思って
「なんでそんなに一生懸命やれるの?」
ってぼくが質問したら、
よくぞ訊いてくれました、みたいな感じで
「謙さんに引っ張られるのよ」と。
全員がそうですね。
糸井 みんながそうなっていったんですね。
一所懸命やんないと恥ずかしい、みたいに。
自然にね、
そういうモチベーションになるんですよ。
ほんとに見てて不思議だけど、
技術的なパートのアシスタントにいたるまで、
その熱が伝わるんですよ。
糸井 うん、うん。
どんどんみんなの熱が上がってくるのが、
ほんとに不思議で。
そりゃ、謙さんだってね、
機嫌の悪い日もあれば、妙に明るい日もある。
糸井 そりゃそうですよね。
ええ。いろいろなんです。
でも、それも含めて、渡辺謙‥‥というよりも
「佐伯雅行」という人物とずっとつきあってる感じ。
たぶん、樋口さんもそうだったと思うんですよね。
糸井 そうですね。
これはほんっとに、得がたい体験だなと思った。
あの、ぼくは、この映画の取材を受けていて、
「とどのつまり、いかがでしたか?」
って訊かれたときに、
答えることがふたつあるんです。
ひとつは、さっきも言いましたけれど、
「ある意味でデビュー作だ」と。
糸井 うん。
これまでのぼくっていうのは、
映画やドラマを撮ることは、
技術とかセンス、あるいは、
こういうふうに言うと
ほんとにかっこわるいんだけど、
ポップカルチャーの一部としてあるんだと、
そういうふうに考えていたんです。
でも、そんな自分の思い込みっていうのは、
ほんとに、もう、くそみたいなことであって、
やっぱり真摯に人間と向き合うというのが
作品のつくりかただと思ったんです。
それを、はじめて体験したわけです。
糸井 それで、デビュー作だと。
はい。
そして、もうひとつよく言うのが、
これも恥ずかしいんですけど‥‥
まあ、もう50ですから、堂々と言いますけど、
はじめて、両親に観せたい作品ができた(笑)。
そう、思いました。
糸井 ああー。
まだ両親は生きてんですけどね(笑)。
元気で、オヤジなんか80過ぎてて。
「『TRICK』って、なんだ?」
みたいなことをずっと言ってるような
親父なんですけど(笑)。
糸井 これ以外はべつにいいよって
言えるんですよね、きっと。
はい。
糸井 そういう自信は、いいですよねぇ。
なんていうか、
「そのときにしか乗れない船」というのは
あると思うんです。
いままでの自分っていうのは
そういう船に乗るのを得意にしてたんですね。
でも、いつかその船は降りなくちゃいけない。
‥‥この『明日の記憶』というのは、
「降りなくていい船に乗っている」
という感覚があるんですよね。
糸井 ああ、なるほどね。
着替えなくてもいい服っていうのは
あるんだな、っていう感じ。
だから、それがわかったいまは、より違うものも、
たとえばもっとナンセンスな作品もつくれるんです。
もっとエグいお話も、もう怖くなくなりましたよ。
なんていうのかな、勇気なのかもしれないけど、
仕事に対する確信なのかもしれないけど、
そういったものを、
謙さんとこの作品から
もらったって感じですかねぇ。
糸井 いや、この対談を、
まあ、カットする部分はあるにしても、
このままお客さんに読んでもらえるというのが
ぼくはちょっとうれしいですね。
(笑)
糸井 『明日の記憶』という映画を観てくれなくても、
この対談をふつうに読んで、
「いつか観ようかな」って思ってくれるだけでも
うれしいという気がするんです。
あの、すっごい謙虚な応援ですけど(笑)。
ははははは。
糸井 なんかね、そういえばそういう映画があるんだって
知ってくれるだけでも、いいなと思ってるんですよ。
ありがとうございます。
糸井 なんだか、ずっとほめちゃいましたけど、
ま、終わりにしましょう。
またいずれきっとお会いすると思いますけども、
そのときはよろしくお願いします。
お忙しいでしょうけど。
いえいえ。
こちらこそよろしくお願いします。
糸井 あの、余計なことですけど、堤さん、
ちょっと休んでも、
ぜんぜん大丈夫だと思いますよ(笑)。
ははははは!
ありがとうございます(笑)。

以上で、堤幸彦監督との対談はおしまいです。
感想などをどうぞpostman@1101.comまでお寄せください。


2006-04-19-WED



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