『明日の記憶』とつきあう。 堤幸彦監督との対談。 「これはぼくのデビュー作です」




第6回 ラストシーン。

糸井 ラストシーンの場所は、
どうやって発見したんですか。
あれは、ロケハンで見つけました。
糸井 渡辺謙さんが、メールのなかで、
「景色から力をもらった」と
書いてらっしゃったんですよ。
ああ、そうですか。
あの景色は、川の右側が山で、
吊り橋を越えて左側に家があるのが
重要なポイントというか、
ぼくとしてはこだわったところなんです。
糸井 「彼岸」ですよね。
そうなんです。
これを超えるともう里なんだっていうところですね。
あれが、何もなくて、両方とも緑だったら、
たんにハイキングになっちゃうんで、
それよりは「人里に戻る」っていうことに
したかったんですが‥‥。
でも、ほんとね、そんなことはどうでもいいです。
演出的なことは、どうでもいい。
糸井 あれは、すごい場面でした。
自然のなかに溶け込んでいくというか、
もう一世代ぶん、生きていく。
あれはやっぱり‥‥すげぇな(笑)。
なかなかぼくらそういう、
なんていうんだろうな、
「つくってる人がわくわくしながら選んだもの」
に会えることってないんですよ。
ああ。
そうですね‥‥ラストシーンは、
かなり時間をかけたんですが、
ぼくはふだん、撮影スタイルとして、
モニターを観ながら、
オッケーを出しているんですよ。
あの、カメラっていうのは
暴力的にフレームを切っているから、
実際に映っているのは
現場のほんの一部なんです。
糸井 うん、うん。
でも、カメラの横に立って
撮影現場全体を見ていると
自分の視野全体で判断してしまう。
そういうこともあって
ある時期からぼくは、
モニターというフィルターをとおして
オーケーを出すようにしたんですね。
だから、野外の撮影だと、テントを張って、
外にいるのに、テントのなかから指示を出すという
そういう変なスタイルでやってるんです(笑)。
糸井 (笑)
でも、今回のラストの、
樋口さんのシーンは、
ま、これはもう、言ってしまえば、
「演出できないシーン」なんですが。
糸井 そうですね。
あの場面だけは、
「申しわけないんですけど」って、
樋口さんに許可をいただいて、
すごく近い場所、カメラのすぐ横に立って、
オーケーを出したんです。
その‥‥直接観たかった。
いちばん最初の客になりたかったんです。
糸井 あああ‥‥あそこは‥‥参りますね(笑)。
(笑)
糸井 でも、そういう、特殊な空気があってはじめて
あの芝居は、堰を切るんだと思うんです。
はい。
糸井 いろんなものの競作っていうことですよね。
役者と、スタッフと、景色と。
そうですね。
あの、ぼくは、あの場面の撮影で
はじめて、風を読んだんです。
糸井 ああー、風!
まあ、光はよく読むんですけどね。
映るものですから。
糸井 そうか、風かー!
風を読んだんですよ。
まぁ、あの場面は
3回くらいやっていただいたんだけども。
糸井 あれを3回ですか。
きついね〜(笑)。
樋口さん自身が、
もう一回、もう一回、っておっしゃってたから。
糸井 はー。
それで、やっぱりたいへんな場面ですから、
気持ちをつくるのに30分近くかかるんですね。
で、そのときに、
「なにが条件としていちばんぴったりくるのかな」
って考えていたら、
「ああ、風だな」って思えた。
「もうちょっと風がやむのを待とう」とか、
「ちょっと緩やかに吹いてるくらいの状態にしよう」
とかっていうのを考えながら。
糸井 ああ〜、そうか。
無風じゃだめですね。
ええ。
ちょっとうっすら、
空気を感じるくらいがいいなぁと。
糸井 うーん、なるほど。
そういうものがぜんぶあって、
あのラストシーンになるんですね。
そうなんです。
やっぱり、本来なら映画の最後は、
渡辺謙さんが主役なわけだから、
渡辺謙さんのアップの映像で
印象として終わらなくてはならないんだけども、
だんだん、そういう映画の定石とか方法的なもの、
方法論としてのステレオタイプっていうのが、
ほんっとにどうでもよくなってきちゃって(笑)。
糸井 そうですよね。うん。
あの、最近よく言うんですけど、
仕入れたはずのないものが出てくるのが
クリエイティブだって思うんですよ。
ああ。
糸井 まあ、クリエイティブっていうのも
あやしい言葉で、
アイデアって言ってもいいし、
なんでもいいですけど、なんにせよ、
「わー!」って人が喜ぶってことは、
同時に自分が喜ぶっていうことで、
仕入れたものが、咀嚼されて出てくるっていう、
いわゆるふつうのウンコじゃおもしろくないんですよ。
やっぱり、化けてしまうもの、
おたまじゃくし飲んだら、
カエルで出てくるくらいのものでないと
うん(笑)。
糸井 だから、最後の樋口さんにしても‥‥
あの女優さんは、
仕入れたはずのないものを見たんでしょうね。
かもしれませんね。

(つづきます!)

2006-04-18-TUE



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