『明日の記憶』とつきあう。 堤幸彦監督との対談。 「これはぼくのデビュー作です」




第4回 胸を張れる、ファンタジー。

糸井 いろんな見方ができると思うんですが、
『明日の記憶』というのは
すばらしいファンタジーであるというふうにも
いえると思うんです。
ああ、はい。
糸井 まあ、受け取るほうは自由ですから
「あんなやつぁいねぇよ」って
簡単に言っちゃうこともできる。
でも、「いねぇよ」っていうやつを、
「オレはこれがいいと思うんだ」って言って
提示する力があれば、
そんなやつが現実にいようがいまいが
ひとつの作品ですよね。
たとえば、病におかされて壊れていく
佐伯という人を描くけれども、彼はあくまでも
映画という、つくりものの幅のなかで壊れていく。
それを「リアルじゃない」っていうふうに
批判することはできると思うんだけど、
「じゃあ、そうじゃない道っていうのは、
 あなたはどう描くの?」
って問い返せるだけの、
ファンタジーがつくれたと思うんですよね。
そうですね。
実際に医療の現場に携わる方から
厳しい言葉もいただきました。
糸井 そうですか。
それはもう当然だと思いますね。
現実的な病気を題材にしてるわけですから。
象徴的な例をあげると、
終盤、佐伯が奥多摩に
ひとりで向かう場面があるんですけど、
専門家の方にうかがうと
「ひとりで電車になんか絶対乗れない」
とおっしゃるんです。
しかも、田園都市線の駅から
4つくらいの路線を乗り換えていくことは、
あの段階の病気の進行具合だと
まったくあり得ないんです。
糸井 ああ、ああ。
でも、乗せたかったし、
乗せるべきだと思って、乗せたんですね。
ま、そこがファンタジーだと思うんですけども。
でも、それをやることにまったく恥はない。
糸井 うん。
逆に胸を張って、
これがほんとに必要な題材なんだってことは言える。
‥‥その心境、その境地に達するってのは、
これまでにない経験でした。
あの、ぼくはいままで、ずっと、
いろんなドラマや映画を撮ってきましたけど、
どこかで「恥じて」やっている部分も
あったような気がするんです。
照れくさいし、ウソだと思うけど、
求められているということもあるし、
どこかで自分を「まあ、いいか」と合理化して
つくってきたところがあるんです。
でも、この映画に関しては、
照れくささや恥じる感じというのは
ほんとうになかった。
なぜそんなふうに感じたかっていったら、
まあ、原因はいろいろとあると思うんですけれど、
いちばん強いものはなにかといったら、
ほんとうに、恥も外聞もなく、
「やれるんだ、やるべきなんだ」っていう
気持ちのほうが強かったっていうことなんです。
糸井 うん、うん。
「つくってる人が確信を持ってつくってる」
っていうのは、お客として観てても伝わってきて、
それがもう、ぼくはうれしかったですね。
ああ、ありがとうございます。
糸井 だから、いまの時代って、やっぱり、
自分で自分につっこんで、
また自分でボケてみせて
っていうことのくり返しで、
「じゃあ、おまえって誰だっけ?」
って言われたときに
自分がいなくなっちゃうんですよ。
はい。
糸井 で、そういう遊びかたっていうのは、
あると思うんですけど、
なんだろう、その‥‥
そういうふうに遊んでいても、
「夜中にふっと黙っている時間」
みたいなものはあると思うんです。
ああ、ああ。
糸井 どういう時代であろうと、
その時間は、永遠になくなんないと思うんですよ。
ええ。
糸井 その時間につくられるものって
世の中にはやっぱりあって。
『明日の記憶』という映画は、
その時間につくられたものだと思うんです。
「そんなものはねーよ」と言われるかもしれないけど、
「ないって言えばないけど、
 あるものがすべてだとは
 オレは言えないよ」って
言い返せる映画ですから。
ええ、ええ、ええ。なるほど。
糸井 それはね、たとえば自動車が発明されて、
飛行機が発明されるまえに、
「翼があってプロペラがついてて
 空飛ぶやつをつくったらいいだろうなあ!」
なんて言い出したとしたら、
自動車しかない時代には、
「ねーよ、そんなもん」
って言われたと思うんだけど(笑)。
ええ、ええ(笑)。
糸井 その、「ねーよ、そんなもん」
って言われるようなもので、
「でもあったらいいじゃん」
というものをつくることが、
ものすごっく大事なことだって、
いま、ぼく、思うんです。
それは、「バカ!」って言われるんだけど(笑)。
みんなが思いつかないようなうれしい話とか、
「こうなったらいいじゃん」っていう理想とか、
現実に則さない、いいもの。
「ほんとにできるんだったら、
 オレはそれがいいんだよ」
っていうものを出す力だけが、
いまを引っ張っていけるんじゃないかと思う。
なるほど。
糸井 あの映画を観て、
そういう気持ちのほうまで満たされたというか
‥‥うれしかったんですよね。
ありがとうございます。

(つづきます!)

2006-04-16-SUN



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