杏さんが考えてきたこと。
第5回:杏さんが考えてきたこと。
糸井
モデルの仕事をされてて
「失敗した!」と思うこともあるんですか?
うーん‥‥ショーの最中に
服のチャックを閉め忘れてたり、
靴が脱げてしまったり、ということはあります。
でも、アスリートみたいに
数字で結果を表せることじゃないので、
「あれは不正解だったよ」って
言われることもないんです。
「でも絶対、適当にはやっちゃだめだな」
というのは思いますけど。
糸井
正解と不正解の境目は曖昧なんだけども、
「これ以下はだめ」
という美意識の基準があるわけですね。
なるほどなぁ。
つまり、どんなにきれいな人が
「私、モデルやりたいから
 やらせてください」と言ってみても、
最初はムチャクチャに見えるんでしょうね。
あるいは、この子はモデルっていうのを
こういうことだと思っているんだろうな‥‥
と、いうのが出ちゃいますね、たぶん。
糸井
「そうじゃないんだけどなぁ」って、
見てる人は思うでしょうね。
そうですね。
ただ、明確に「それは違うよ」
と言いきれるほどのライン引きはないんですけどね。
役者の場合は、監督が、
「いや、いまの解釈は違う」って
言ってくれるんですけど。
糸井
だからおもしろいとも言えますね。
1回ずつ、実績として
「あのハンガーを選んでよかった」
と思われ続けるのが
モデルをずっと続けている人なんですね。
そうですね、おそらく。
糸井
何か、練習することってあるんですか?
ぜんぶ感性の話なんですか?
技術的に言うと、ハイヒールを履いて、
どれくらいの速度で歩けるか、
みたいな練習はすることもあります。
ニューヨークに、
グッゲンハイム・ミュージアムという、
カタツムリみたいな形の美術館があって、
そこでショーをやったことがあるんですけど、
グルグルした長い坂道を、
上から下にモデルたちが延々と降りていく、
というショーなんです。
スロープがツルツルしてて、すぐ滑っちゃうし。
そういう場所でも、場数を踏むと、
どうにか身のこなし方がわかってくる。
糸井
長い坂道ってことは、
歩く時間もけっこうかかるでしょう?
そうですね。
糸井
その長い時間を、
間延びしてるように見せないで
降りてこなきゃだめですよね。
はい。
逆に、速く歩きすぎちゃって
渋滞することもあったり。
でも、最終的には、
歩いた先にある、写真を撮られる場所で
ちゃんとできてたらいい、
くらいの気持ちで挑みます。
糸井
うーん‥‥本当に俳句の話みたいだね、なんか。
モデルって、
意外とロジカルな仕事な気がします。
服の色と素材、光と風、
カメラの機材とライティング、
それらの組み合わせが数学の公式みたいになって、
やるべきポージングや
表情につながってくるのかなと。
糸井
そのあたりまで深く
モデルという仕事を語る人って、
めずらしいんですか?
たとえば、デザイナー同士だったら、
「このデザインどうかな」なんて言い合ったりするけど、
他のモデルさんたちと、そういうことを話す?
カメラマンの人とは
話すことがあるんですけど、
モデル同士で話したことはあまりないですね。
やっぱり10代の女の子もすごく多いですし、
どうしても、「楽しいじゃーん!」
みたいな雰囲気になっちゃって。
糸井
なるほど。
あと、外国から野心を持ってやって来た人とかは
ギラギラした雰囲気を醸し出してて、
そんなに人としゃべらなかったり。
糸井
あぁ、そうか。
みんな思惑が違うわけだもんね。
背負ってるものが、
ひとりひとり違いますね、なんか。
順番争いもあって、
わりとシビアな世界だと思います。
糸井
少女マンガに描けそうな世界ですね。
たまに、背の高い外国人の女の子が3人くらい、
日本人の男の人に連れられて、
青山を歩いてるの見ると、
やっぱり、
「これはいろいろあるんだろうな」
「やっぱり一山当てたいんだろうな」
みたいなことを考えさせられますよ。
あ、そうですね。
医者を目指してる子もいましたよ。
「モデルはあくまで手段なんで」って言って、
言葉もわからない国に来て、
お金を稼いで帰って行く。
糸井
たぶん、その子が選ばれた理由って、
顔と体つきがそういうものに
生まれちゃったってことですよね。
たとえばロシアに生まれても、
そういう体型じゃなかったら、
モデルとして日本に来なかったわけだから。
そうですよね。
糸井
モデルという職業って、
そういう「動物としての人間のおもしろさ」と
すごく近いところにあるんですね。
でも、やってることは案外ロジカルで。
はい。
糸井
もっと具体的な話になると、
デザイナー同士の確執だってありそうだし。
いや、モデルおもしろいねぇ。
おもしろいです。
糸井
モデルの話にしても、
着物の話にしても、
歴史の話にしても、
やはりこう、生々しいというか、
杏さんが、いろんなこと考えてて、
その場その場で、
「これは何だろう」とか、
「これはどこだろう」とか思いながら、
ずっと1人で考えてきた感じがするのが
おもしろいんですよね。
何というか、
誰かに相談した感じがしないんですよ。
はい(笑)。
糸井
人からは、けっこう誤解もされるでしょ?
たしかに、
一所懸命考えているんですけど、
よく「つまんなそう」って言われます。
本当はすごく楽しいんですけどね。
糸井
人って、考えていても、
考えているように見えないと、
認めてくれないですから。
ご主人はそういう部分も、理解してくれるんですか?
はい、そうですね。
糸井
すごいですね。
ご主人も、そういう人?
あんまり主人も、
人と共有できないタイプなんです。
趣味も、
「落語、歴史、将棋、競馬」みたいな。
糸井
1人でやることばっかり(笑)。
じゃあ、そういうものが
溜まってた同士が出会ったんですかね。
だから、一緒にいると、
ああだこうだ、と、ずっと2人でしゃべってます。
競馬の話を聞いたり。
糸井
競馬の話は、あなたのジャンルじゃないけど、
聞いてあげるんですか?
聞いてて楽しいです。
馬は好きなので。
糸井
いや、うらやましいです、それは。
なかなかめずらしい、楽しいご夫婦ですね。
「河井継之助記念館」も
新婚旅行で行ったんですよ。
糸井
そこに行くのに
「賛成」っていう人がいるってことは
すばらしいですね。
いや、おもしろかったです。
特にモデルの話、聞けてよかった。
一人でずっと考えてきた、
それこそ歴史のある人だって思いました。
今日はどうもありがとうございました。
こちらこそ、ありがとうございました。

(終わります)
2016-03-18-FRI