自分の字を好きになるためのシリーズ   赤ペンを持つときには。   進研ゼミの赤ペン先生、伊藤さんに訊く。

第4回 赤ペンを持つときには。

── さきほどうかがった話では、
この、赤ペンを持つと、
気持ちが切り替わるということでしたけれど。
伊藤 はい。やはり、赤ペンを持つと違います。
私はふだん、自宅で作業をしていますから、
同じ机で「赤ペン先生」の仕事じゃないことを
するときもあるんですね。
たとえば手紙を書いたりですとか。
でも、そのときはやはり気持ちが違うんです。
── じゃあ、ほんとうに、赤ペンが。
伊藤 そうですね(笑)。
机に座って、いつも置いてある場所から、
赤ペンをこうして手に取ったときに、
やっぱり、姿勢もよくなりますし、
一画一画に対する気持ちが変わります。
── それは、長い時間を経て、
そういう習慣になったというか。
伊藤 そうですね。
そういう習慣になっていったんでしょうね。
── 急にできるものではないんですね。
伊藤 ええ。
あの、「赤ペン先生」になったとき、
最初に、まっさらの赤ペンをいただくんですよ。
で、それにインクを入れて書くんですけど、
おろしたてのペンの字って、すごく硬いんです。
ペン先も硬いですし、線も細い。
しかも仕事としても慣れてませんから、
すごく緊張もしています。
それで、最初の1枚を仕上げるのに
すごく時間がかかってしまったんです。
でも、そんなふうにして何ヵ月か書いているうちに、
すこしずつ馴染んでくる。
枚数をこなして、月日が経つに連れて、
だんだん、だんだん、赤ペンが手に馴染んで、
ペン先も柔らかくなってくる。
それをずっと続けているうちに、
赤ペンを持っただけで気持ちが切り替わって、
その気持ちがこう、指先へと伝わっていくのかなぁと、
そんなふうに思います。
── うーん、すごいですね。
伊藤 すごいですよね(笑)。
おそらくあたしだけじゃないと思いますよ。
たぶん、ほかの「赤ペン先生」の方も、
ふだんはいろんな字を書かれてると思いますけど、
赤ペンを持つときには‥‥
という感じなんじゃないでしょうか。
── そして、気持ちが切り替わるだけでなく、
それが指先に伝わったり、
姿勢がよくなったりということも
大事なことなんじゃないかなと思います。
伊藤 そうですね。
姿勢もふだんとはぜんぜん違います。
赤ペンを持つと、きちんと座って、
背筋を伸ばして書きますね、やっぱり。
── きれいな文字を書くための近道を
「赤ペン先生」が知っているわけではない、
ということはよくわかりましたが、
なにかこう、自分の気持ちが入る、
お気に入りのペンを持つというのは
いいかもしれないなと思いました。
伊藤 そうかもしれないですね。
場所でも、ペンでいいですし、
自分の気持ちを切り替える条件を
整えるというのは
習慣になりやすいかもしれません。
すいません、わかりやすいアドバイスが
あまりできなくて‥‥。
── いえいえ、もう、十分に
アドバイスをいただいた気がしています。
ありがとうございます。
伊藤 あとは、やっぱり、字って、
その人の人柄が出るっていうじゃないですか。
── はい。
伊藤 人柄もでるし、そのときの気持ちも
文字に表れると思うんですね。
落ち着いていたり、
気持ちに余裕があったりするときは、
文字もゆっくりと丁寧に書ける。
一日の終わりに手帳を開いて
なにかをそこに書くとすると、
その日の気持ちがそこに出ちゃうと思うんです。
なにかイヤなことがあって、
ちょっと気持ちがささくれ立っているときは
とげとげしい字になってしまったり。
── ああ、そうですね。
伊藤 で、自分で使う手帳なんだから、
それでいいと思うんです。
そのときどきの自分がそこに表れるんだから、
そんなにぜんぶをきれいに書く必要もないのかなと。
── つまり、字が安定しなかったり、
曲がっちゃったりというところも含めて、
自分らしくあればいい。
伊藤 うん。それも、そのときの自分ですから。
あとで手帳を繰ってみたときに、
あ、このときってこういう困ったことが
あったんだよなって思い出せたりするでしょうし。
このときって、なにかすごく
幸せそうな字書いてるけど、
あ、あんなことあったなっていうようなことが、
手帳を見れば、わかったり、思い出せたり。
字からは、そういうものが伝わってきますから。
── そうですね。
あの、なんというか、ありがとうございます。
ためになりました。
伊藤 いえいえ(笑)。
── 最後にひとつ、お願いなんですけれど、
「ほぼ日手帳」に、赤ペンで、
なにかひと言、書いていただいてもいいでしょうか。
伊藤 はい、なにを書きましょうか。
好きな言葉とか?
── はい。ぜひ。
伊藤 じゃ、やっぱり、あのことばかな。
ここに書いてよろしいですか?
── お願いします。

伊藤 ‥‥‥‥はい。
── ‥‥すばらしいです。
伊藤 (笑)。
── ちょっと、感動しました。
最後にこのことばが出てくるとは。
あと、やっぱり‥‥きれいな字。
伊藤 これはね、自分が子どもに
ずっと言い続けたことばなんです。
── ありがとうございました。
伊藤 いいえ、こちらこそありがとうございました。
── 白石さんも、ありがとうございました。
白石 ありがとうございました。
  (おしまい)

2011-12-23-FRI


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