第9回:名付けられていない場所

阿川
時事問題を話すつもりはないんですけど、
ちょっとだけね。
12月の選挙で自民党が圧勝しましたよね。
それで自民党は
「多くの国民の信頼を受けた」とか言ってるけど、
私は自民党が嫌いなわけじゃないけど、
「図に乗らないほうがいいんじゃないの」
って気持ちがあるんです。
糸井
ん?
阿川
なぜ国民が自民党に票を入れたかを考えると、
「だってほかにいないもん」とか
「まあ、しょうがないじゃん」
という意見が大多数だと思うんですよ。
ここ何年もの間、
やたらに統計と数値とアンケート調査ばかりとって
景気がいいとか悪いとか、
幸せだと思っているとか思っていないとか、
国民の気持ちを代弁しているかのように発表されるけど、
私、それはダメだろうと思うんです。
糸井
そうですね。
あえて専門的な言葉を使えば、
定量的ではなく、
定性的な調査をしないとダメですね。
阿川
アンケートの内容も、
「好きですか、嫌いですか?」という感じで、
「まあねえ」と答えた人のことは
「あ、この人は賛成ね」みたいな判断に
なったりするでしょう?
いや、そういうことを
言いたいんじゃないんだけどな、って。
アンケートの数だけで、
メディアが非常に簡単にまとめすぎているような‥‥。
世の中の物の判断の仕方が、
すべてデジタル化のようになって
いろんなものをサボりはじめている気がします。
糸井
実は心の話なんですよね。
阿川
はい。
糸井
グレーゾーンの中で、
どちらかわかんないけど、
いずれ時が決めていくんだろうな
というものだらけですよね。
阿川
そうですね。
人間関係でも同じで、
人にはあらゆる感情があって、
美しくやさしい感情もあれば
「あいつは許せねえ」と思うような
負の感情も内在させているから、
ほどよくバランスが取れて
人間は成長していくと思うんです。
なのにいまは、
「あいつ許せねえから、足を引っかけてやろうか」
みたいな感情自体を
「人間として抱いてはいけない感情」として
封じ込めようとしているでしょう。
糸井
そういう感情を結局、フィクションに
渡しちゃったんですよ。
全部を「小説で書けば?」に
なっちゃったんです。
本当は、小説じゃないところで
普通に語れないとダメですね。
自分の中にある薄暗いものも全部。
阿川
そう。薄暗かったり、ずるかったり、悪だったり。
その封じ込められていたうっぷんを
ツイッターやインターネットの掲示板のような
匿名の空間で爆発させている気もするし。
糸井
ものすごくわかります。
たとえば高倉健さんも、
健さんはただ「善人」であるだけではなかった。
亡くなってみんながすごく寂しかったのは、
「すばらしい人だったから」じゃなくて、
すっごくチャーミングだったから、なんですよね。
阿川
たしかにカッコよくて、
亡くなったときは、まるで、
真の知的冒険者みたいに扱われていましたけれども‥‥。
糸井
そこまで含めて彼は
自分という作品を作りあげた人で、
それはやっぱりすごいなあと思います。
阿川
勝新太郎さんともタイプが違いますね。
糸井
勝さんはまた違う。
勝さんの場合は、さっきの話で言うと、
サルが水バチャバチャと‥‥(笑)。
阿川
はい、ボスとしての能力が。
糸井
うちの奥さんが
勝さんと共演したことがあるんですけど、
本当におもしろそうに語るんです。
阿川
私も、はじめて勝さんに
インタビューにうかがったときのことが
すごく印象に残っています。
楽屋に招かれて挨拶に行ったら、
勝さんは、鏡に向かって浴衣着て
お化粧しているところでした。
「おお、阿川さん、阿川さんの席はどこ?
 え、Cの21? 今日はそこを見て芝居をしよう」
なんておっしゃるわけです。
対談はお芝居のあとなので、
「じゃ、のちほど」と言って
おいとましようとすると、
「まあ、もう少しゆっくりいればいいじゃねえか、
 おい! 玉緒!ビールをお出ししなさい!」って
お化粧をしながら雑談をなさるんです。
かと思うと、おもむろに立ち上がって、
「いや、今日はよく来てくれた」
なんて言いながら勢いよく浴衣を脱いで、
パンツ一丁になっちゃったの。
ギャッとびっくりして、思わず顔をそらしたら
そこに鏡があって、全部見えちゃった。
あ、これがアレを隠したパンツか、ってね。
もうね、わざと見せてるとしか
思えませんでしたよ(笑)。
糸井
うん。いいですねえ。
ダイナミックに
木を揺らしてるんです。
阿川
バッサバッサとね(笑)。
それで、お芝居が終わってから
対談のために楽屋に行ったら
ビール飲みながらスタッフを怒鳴りまくって
反省会をしていらっしゃるんですよ。
え、9時から対談なのに、
もう10時だぞ‥‥みたいな心境。
ワーッて散々怒るだけ怒って、
それから「待たせたな」とおっしゃって、
近くのホテルで対談をするために
車で移動することになったんですけど、
「俺が運転する。阿川さん、助手席に乗りなさい」
「え? さっきちょっと飲んでませんでした?」って(笑)。
時効ですけど。
糸井
嫌だ(笑)。
阿川
怖いよぉ~と思いながらニコニコと(笑)。
それでホテルの和食屋さんに着いて‥‥
すみませんね、こんな話。
糸井
いや、おもしろいです。
阿川
対談がはじまってからも私の質問にはあまり答えず、
自分の話を延々なさるんです。
今日のこの台詞がダメだったとか、
芸話をずーっと‥‥。
それはそれで、ものすごくおもしろいんですけどね。
で聞いていたら、たまたま同席していたご子息が
ビールの瓶をひっくり返して
ガチャンと音をさせてしまった。そのとたん、
「なにやってんだー! 帰れ、おまえー!」
って勝さんが怒鳴りはじめたの。
私も帰りたいと思いました(笑)。
もうこの対談、どこに向かうんだろう‥‥って
こっちは泣きそうな気分。
でも勝さんは
「ふざけんなばかやろー」って怒鳴りながら、
すぐにパッと私を振り返って、
にっこりと低い声で「すまなかったな」って(笑)。
糸井
やっぱり、ダイナミック(笑)。
阿川
なにがなんだかわかんないですよ。
最後に記念写真を撮るときにも、
「じゃ、これがいいか」って、
私の背中からこうやって
マウンティングなさるんですよ。
糸井
まさに、さっきのおサルだ(笑)。
阿川
担当者はおもしろがってたけど、
私はその日ずーっと目が点状態です。
糸井
勝さんが、少しお若いときの話ですよね?
阿川
でも勝さん、その1年後に亡くなったんです。
「風邪が治んなくて、声がイガイガするんだよ」と
当時おっしゃっていたのが、いま思えば‥‥。
糸井
じゃ、思い切り暴れたい時期だったんですね。
阿川
どうなんでしょう。
まあでも、私がオタオタするのを見て
たのしんでらしたのかしらと。
いま思えば、貴重な場面に立ち会えたなぁと思いますね。
糸井
勝さんの話は、失敗も含めて、
ものすごく豊かです。
阿川
だって捕まろうがなにしようが、
「よっしゃ」って感じじゃないですか。
糸井
うん。だから、転覆しても、
「一緒に転覆したなあ」と言えるわけです。
多分、岡本太郎さんとかもそうだったんでしょうね。
阿川
ああ、そうなんですか。
糸井
太郎さんが丸太に乗っかって
滑ってくるお祭りに参加して、
スタッフの人が
「死んでしまいます」と止めても止めても
乗ろうとしたという逸話があります。
怪我したら、それはそれでお手柄ということになるし、
いいんですよね。
阿川
怪我しても失敗しても
お手柄、あっぱれと言われる人が
いまは少なくなりましたよね。
糸井
ええ。かつては
リスキーな人生を送った方たちという
シリーズのようなものがありましたし。
阿川
いまの若い人たちはわかんないけど、
日本の男の人は任侠ものが好きですよね。
だって政治だってほとんど‥‥
糸井
そう。結局、マウンティングして
水バシャバシャする人が
みんな好きなんです(笑)。
あれ、こういう結論で終わるわけにはいかないなぁ。
阿川
(笑)
糸井
今日は特にテーマを決めずに
話してきましたけど、
グレーゾーンをこんなにしゃべれたというのは、
とってもおもしろいです。
男女の話もそうですけど、
みんな簡単に縦軸と横軸で処理しすぎだと思う。
もっとボヨボヨにしていたほうがおもしろい。
よくわからない、もやもやとした
「そこ、名付けられてない場所だよね」
みたいなものがいっぱいあるし、
そのことについて、いつか誰かと
しゃべってみたいなと思ったことがあったんです。
それがまさか今日になるとは思ってませんでしたが、
おもしろかったです。
阿川
こちらこそ。
ボヨボヨだらけでスンマセン。
ありがとうございました。

(おわります)

2015-02-19-THU