桜井政博さん(ゲームクリエイター)『スマブラ』とスポーツカーと
誠実の怪人。
桜井政博さんに聞く岩田さんの思い出。

任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた
『岩田さん』という本を出しました。
それをきっかけに、いろんな方に
岩田さんのお話をうかがっているのですが、
この人にお会いしないわけにはいきません。
HAL研究所に在籍中、岩田さんとともに
『大乱闘スマッシュブラザーズ』を開発した
ゲームクリエイター、桜井政博さんです。
はじめて出会ったころの話、
岩田さんが任天堂に入る前の話、
プライベートの一面‥‥たっぷりうかがいました。
桜井さんと、もう何年も前から親交のある、
ほぼ日の永田が担当します。

聞き手:永田泰大(ほぼ日)

第4回誠実の怪人

──あらためて、岩田さんって、
どういう人でしたか?
いろんな面があったとは思うんですけど。

桜井うーん‥‥どうしてもひと言で
まとめなければいけないとするならば、
「誠実」ということばが
いちばん合うんじゃないかなと思います。

──それは、なにに対しても。

桜井そうですね。
ある意味、誠実すぎて、
「誠実の怪人」みたいなところありますけどね。

──それはすごくいい表現ですね、
「誠実の怪人」(笑)。

桜井どういうところが誠実なのか、というのは、
もうお話しする必要もないぐらいかと(笑)。
『岩田さん』の本の中にも
たくさん書かれていますし。
まあ、ようするに、すべてに対して、
真摯に取り組む。嘘偽りがない。

──影響は受けましたか?

桜井それが、こういうところに影響された、
という具体的なところはないと思うんですね。
でも、自分では影響がないつもり、
というだけかもしれませんけど。
岩田さんに限らず、たくさんの人たちが
影響しているはずなので。

──しかも、桜井さんが社会に出て、
はじめての上司にあたる人ですし。

桜井それはとてもありがたかったと思います。
たまたま受けたHAL研究所という会社で、
たまたまそこに岩田さんがいたというのは、
この上なくラッキーだったと思います。
それがないだけで、自分の人生というのは、
ガラリと変わっていたはずなので。

──HAL研時代、岩田さんに、
怒られたことはありましたか?

桜井自分に対して怒ることなかったですね。
ただ、怒ったのは見たことがあります。
『岩田さん』の中では、
宮本さんも糸井さんも
岩田さんが怒ったのを見たことがないと
おっしゃってましたけど、
自分の印象では、2回だけあるんです。

──差し支えなければ聞かせてください。

桜井私が最初に勤めたとき、
HAL研究所は国分寺にあったんですね。
実家から原付で通える距離でした。
会社がいくつかのアパートを借りていて、
そこで作業していたんですけど、
ふつうのダイニングキッチンで
経営会議していたので、
話している声がだだ漏れなんですね。
そのときHAL研は
『メタルスレイダーグローリー』
というソフトを6年かけて制作していて、
巨額の開発費を投じていたんです。
資金の回収は難しいだろうと言われていました。
でも、ソフトは出さざるを得ない。
それで、どうやって回収するんだ、
という話をしていたときに、
岩田さんが憤っていたのを憶えています。
「あー、岩田さんがめずらしく怒ってるなぁ」
っていう感じで聞いていました。

──それは、どういうことに対して、
憤っていたんでしょう?

桜井すこしでもたくさんソフトを売って、
開発費を回収していくにはどうしたらいいか、
ということを話し合っているときに、
おそらく、のんきなことを言ってる営業系の人たちに
憤ってたんじゃないかなと想像します。
なにしろ、その後、会社が和議申請を
出すような局面でしたから。

──そういうことを
言ってる場合じゃないでしょう、
というような。

桜井はい、非常時だったんだと思います。
2回目に岩田さんが怒ったのは
それよりもずっとあとの話で、
岩田さんが社長になって
会社を再建してからのことです。
岩田さんが社員全員に
テクノロジー系の講義をしてくれたんです。
でも、それに対する感想というか、
反応がなかったということに
ちょっと怒ってたんですよね。

──それは、その場でみんなに怒ったんじゃなく?

桜井しばらく経ってからですね。
たぶん、そういうことに
無頓着になっていくということに対して、
危機感があったんじゃないかと思います。

──なるほど‥‥どちらも、
会社全体の今後のことを思って、
という感じなんですかね。
決して声を荒げて感情的に怒る、
というのではないですね。

桜井そういうことはなかったですね。

──『岩田さん』の本のなかの話で
もうひとつ確認させてほしいのですが、
岩田さんの個人面談は受けましたか?

桜井はい。
ただ、私はディレクターですから、
ふだんから岩田さんと話をする機会は
けっこうあったんですね。
ですから、面談といっても
いつもと変わらない感じで
他愛もない話をしていた印象があります。
自分は、なにか問題があったら、
そういう場がなくても
直接話しに行っちゃいますし。

──面談のときの決まり文句だったという、
「ハッピーですか?」は聞かれましたか。

桜井それが、憶えてないんですよ(笑)。
似たようなことは言われたかもしれないけど、
「ハッピー」ということばは
つかっていなかったような‥‥。
まぁ、そういうことばづかいは、
人によるんだと思いますけど。

──岩田さんがここにいたら、
「それは人によりますよ」
って言いそうな気もします(笑)。

桜井(笑)

──ほかになにか、
妙に憶えてることってあります?

桜井そうですね。
これも、自分がHAL研に入ってすぐのことですけど、
新人ばかりが4人くらい、
岩田さんの車に乗って、
東京から山梨に行ったことがあるんです。
山梨の開発センターの下見が
おもな目的だったのですが、
なんだか、いま考えると変ですよね。
なにも知らない新人が4人、
開発部長の運転する車に乗って、
中央道を山梨まで、日帰りで。

──ふふふふ。

桜井たしか、車は
ISUZUのピアッツアだったと思います。
ええと、映画の『007』
(『007 私を愛したスパイ』)に
ロータス・エスプリが出てくるんですよ。
潜水艦になる車なんですけど。
岩田さんはそれが好きで、
外見が似ているピアッツアを
買ったっておっしゃってました。

──へーーー(笑)。
『スター・トレック』が好きだというのは
聞いたことがありますけど、
『007』もお好きだったんですね。

桜井『007』そのものというより、
あの車が好きだったんじゃないでしょうか。
コクピットの中にボタンがいっぱいあって、
ちょっと近未来的なんですよね。
たしかデジタルメーターだったんじゃないかな。

──岩田さんってけっこう
ガジェット好きですもんね。

桜井そうそう(笑)。
あと、車つながりで思い出しました。
岩田さんが亡くなるしばらく前ですけど、
私が運転して、
岩田さんを乗せたこともありました。
打ち合わせで二人で話したあと、
岩田さんが出張に行くタイミングだったので、
成田空港まで車でお送りしたんです。

──いつごろのことですか?

桜井『スマブラ for』(2014年)を
つくっていたころですね。
そのとき、岩田さんが、
最近、スポーツカーを買った、
ということを教えてくれて、
オープン2シーターのスーパースポーツで、
なんか、ちょっと岩田さんに
似合わない気がしたんですね。
で、なんで買ったんですか、という話をしたら、
「いま乗っておかないと、
こういう車に乗れなくなっちゃうから」
というふうなことをおっしゃって。

──それは、深い意味ではなく、ですよね。

桜井はい、自分が亡くなるかもしれない、
というような意味ではないと思います。
歳を取っちゃうからね、ということですね。
「歳を取っちゃうと、
やんちゃな車にも乗れなくなるから」と。
たしかにそれはそうだな、と自分も思いました。
だからといって自分がそういう車を
欲しくなったわけではないですけど、
いまできることを最大限にたのしむようにする、
ということを、もっとちゃんとやったほうが
いいんじゃないかと思い直す機会になりました。
いまはそこに岩田さんが
亡くなったことも重なるから、
よりリアルにそう思えるんですけど‥‥。

これまでの岩田さんを知ってる人たち。