降旗淳平さん(日経クロストレンド副編集長)岩田さんはいつも、
「公」の人でした。

任天堂の元社長、岩田聡さんのことばをまとめた
『岩田さん』という本を出しました。
それでとてもうれしかったのは、
本をきっかけに、たくさんの人が
岩田さんについて話しはじめたことでした。
もっと岩田さんの話がしたくて、
いろんな人に取材することにしました。
岩田さんをご存知のみなさん、
岩田聡さんについて教えてください。

聞き手:永田泰大(ほぼ日)

第2回岩田さんは説明することによって、
常識を変えてしまった。

相手がわかるまで説明する

岩田さんは、とにかく、きちんと説明したい、
ちゃんと伝えたい、という人でした。
その意味では、私たちメディアの取材を
あまり信用していなかったといえるかもしれません。

たとえば、任天堂の公式サイトの
『社長が訊く』をはじめたのも岩田さんです。
じぶんがお客さんに伝えたいことは
あそこにぜんぶ載せたわけですよね。
また、年度に1回の経営方針説明会も自分できちんとやるし、
アナリストと記者を呼んで説明の場をつくる。
言い換えると、「個別の取材は受けなくていいでしょ」
という考え方でしたね。

それでも、節目の節目で、私には会ってくれてました。
とにかく、岩田さんの
ゲームにかける思いはすごかったです。
そして、ゲームのことに限らず、
相手がわかるまでちゃんと説明する人で、
そこがとても印象深かったです。

たとえば、ゲーム会社における
流動資産(現金、及び短期間に現金化できる資産)
というものの考え方について。
ぼくらみたいに現場を取材してる人は、
ゲーム会社というのは流動資産にしてないと
なにかあったときに立ち行かなくなるので、
つねに巨額の現預金を抱えてるんだ、
ということは、当然、理解しているんですが、
当時のアナリストたちからは批判されていました。
「つかわない現金を持っているくらいなら、
投資しなさい」というわけです。

それに対して、昔の任天堂、
たとえば山内(溥)さんなんかだと、
「あれこれ説明するより、
結果を出せば認めていただけるでしょ?」
というスタンスだった。

でも、岩田さんはそうじゃなくて、
株主も任天堂の大事なステークホルダーだし、
アナリストさんは株主と任天堂の間に立つ人だから、
これは説明しなきゃいけない、と思う人なんです。

だから、任天堂が流動資産を抱えている理由、
なぜこうするのかということを、
逐一ぜんぶ説明してました、機会あるごとに。

いまは、ゲーム会社が巨額な現預金を抱えてることが、
当たり前だという認識になりましたけど、
昔はぜんぜんそうじゃなかったんですね。
それを変えたのが岩田さんでした。
ぜんぶご自分で説明してましたから。

つまり、岩田さんの思いが、
業界の常識をひとつ変えてしまったんです。

たとえばアナリストさんから質問が飛ぶと、
その都度、ぜんぶ説明するし、
個別の取材でも、ぜんぶ説明する。
訊かれたら答えるし、訊かれてなくても、
説明したほうがいいと思ったことは、
「わたしからもよろしいですか?」と言って、
相手に届くまで説明していた。
とくに、
「この人がわかってくれたら、
自分にとっても、いろんな人にとってもプラスだ」
という判断をした場合は、
彼はわかるまで説明してました。

これは、経営者としては必要な資質かもしれないけど、
ゲームの開発者やプロデューサーにとっては、
必要な資質ではないんですよ。
でも、岩田さんはそれを怠らなかった。
それは、HAL研究所の再建のころから
苦労されてるからかなと思いましたけど。

岩田さんは、
きちんと説明することによって、
常識を変えてしまった。

自分の考え方に自信のある人たちや、
簡単には納得しないような人たちには、
データを示したり、
具体例をわかりやすく挙げたりして、
相手が納得するまで、彼は何度も説明しました。
一回で説き伏せるということではないです。
同じような質問が何度繰り返されても、
その都度、その都度、説明するわけです。
アナリストの中に、
「もうわかったよ」という人がいても、
少なくとも多数派が納得するまで、
彼は説明し続けていました。

ぼくなんかからすると、流動資産の話より、
つぎのゲームの話を訊きたいんだけど、
大事だと判断したら、それをやる人だったので、
それは印象深かったですよね。

若い社員の声が社長に届く会社にしておく

岩田さんは社員とよく話す人でした。
HAL研究所のときは、
おそらく全員と話してたと思います。
任天堂だと、さすがにできなかったと思うけど、
それでも、彼いわく、
「一番若い社員の声が、
 社長にきちんと届く会社にしておく」と。

逆に言うと、上がってきたアイディアが、
ふつうの会社だと「ボツ」の一言で終わるところが、
岩田さんのやり方だと、
「なぜダメか」という
フィードバックが返ってくるわけですよ。

ただのボツと、
なぜボツかがわかるのとでは、
大きくちがいますよね。

もちろん、岩田さんひとりが
全員にフィードバックを返すのはたいへんなことだし、
実際には、
ボツとだけ言われた人もいるのかもしれないけど、
思想としては「必ず、フィードバックする」と。
それはよく言ってました。

それと、
「開発陣だけがゲームをつくるわけじゃない」
ということも言ってましたね。

アナリストさんの中には、
開発陣以外の、経理、総務、
広報のようなバックヤードは、
みんな外の会社に出して、
アウトソーシングすればいいんじゃないですか、
と言う人もいたわけです。
そのほうが利幅が上がる、という発想で。

それに対して、岩田さんは、
「いやいや、ゲームをつくるのは
開発陣だけじゃありませんから」と。
総務の女性から、
こういうのがいいとアイディアが出る、
それが大事です、ということをよく言ってました。
つまり、任天堂という会社では、
社員全員がゲームをつくることに貢献できる、
だから、立場の違う人を
会社の中に置いておくのは大事なことですと
岩田さんは言ってましたね。

これまでの岩田さんを知ってる人たち。