| ── | はじめてオークション台に立ったときは‥‥。 
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  | 下山 | 緊張しましたよ、やっぱり。 
 だって、自分がハンマーを叩いた金額で
 買っていただくわけですからね。
 
 「1000万円」とかするような壺でも。
 
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  | ── | 値段の刻み自体を、決めてますものね。 
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  | 下山 | そうですね。 
 「10万円、11万円、12万円」
 とするか
 「10万円、10万5千円、11万、11万5千円」
 というふうに刻んでくかは
 その日の会場の雰囲気によります。
 
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    |  | 
  | ── | そもそもなんですが、 オークション会社に就職してすぐに
 オークショニアに?
 
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  | 下山 | いえ、はじめは管理部門の採用だったんです。 
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  | ── | 管理部門というと‥‥総務人事的な。 
 | 
  | 下山 | 大きくわけて「営業・編集・管理部門」と 弊社には、
 みっつのセクションがあるんですが、
 そのうちの「管理部門」に、中途採用で。
 
 ただ、入社から3カ月くらい経ったときに
 「君、営業部に異動だ」と。
 
 | 
  | ── | はあ、オークション会社の、営業部。 
 | 
  | 下山 | で、現在に至るというわけです。 
 | 
  | ── | ええと、つまり、 オークショニアって「営業部」なんですか?
 
 | 
  | 下山 | そうです。 
 海外のオークション会社だと
 「スペシャリスト」と呼ばれていますけど
 うちでは「営業」です。
 
 | 
  | ── | ハンマーを叩くことが「営業」なんですね。 
 | 
  | 下山 | いえ、というよりも、 「ハンマーを叩く」なんてことよりも前に、
 やることがたくさんあるんです。
 
 全国各地のコレクターのところへ行って、
 美術品を見せていただいて
 「これとこれをこれを
 いくらいくらで出品させてください」
 という値段交渉をして、
 で、その品物を大切にお預かりしてきて、
 カタログをつくって、
 オークションに参加するお客さまに郵送して、
 オークションの直前に下見会を開催して、
 で、オークション当日を迎えたら
 そこでようやく「ハンマーを叩く」んです。
 
 | 
  | ── | ええと、ようするに 「ハンマーを叩く」ことだけが仕事ではない、
 ということですか?
 
 | 
  | 下山 | ハンマー叩くのなんて「最後の最後」です。 
 | 
    |  | 
  | ── | 最後の最後。 
 | 
  | 下山 | はい、最後の最後。 
 | 
  | ── | ああしてカッコよくハンマーを叩く以前に、 「地味」といったらなんですが、
 そんなにもいろんな仕事をしてるんですね。
 
 | 
  | 下山 | そこまでの仕事のほうが、ずっと大変です。 
 なにしろ、競る品物を集めてこなかったら、
 オークションになりませんから。
 
 | 
  | ── | まずは「品物を集める」のが仕事であると。 
 でも、本場のクリスティーズの人が
 「狂ってる!」と言うくらい
 たくさんの品物を、扱ってるんですよね?
 
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  | 下山 | 今回の絵画の競りは、とくに多くて 「1313」ロットあります。
 
 これを営業部数人で「ひと月」で集めます。
 
 | 
  | ── | 絵画とか、壺とか、中国の象牙細工とか いろいろジャンルがあるじゃないですか。
 
 | 
  | 下山 | もちろん、絵画のオークションの場合には 絵画の担当が主に集めます。
 
 しかし、
 西洋アンティークを専門にしている私でも
 担当の「地域」というのがあって
 そこにコレクターさんが住んでいる場合には
 行って見てきたりもしています。
 
 | 
  | ── | そうなんですか。 
 | 
  | 下山 | この間などは、福島へ行ってきました。 
 どっからどう見てもふつうの家なんですが
 2階に上がったら
 部屋がぜんぶ、絵や版画で埋まっていて。
 
 合計250点ぐらいあったんですが‥‥。
 
 | 
    |  | 
  | ── | それって、どなたの作品だったんですか? 
 | 
  | 下山 | 里見勝蔵とか、山口長男(たけお)とか。 
 趣味で集めていたご主人が亡くなられて、
 その大量の絵や版画とともに
 残された奥さまが、
 その2階の、足の踏み場もない状況に
 困り果てておられまして。
 
 | 
  | ── | はー‥‥。ものとしては? 
 | 
  | 下山 | 多くは「いいもの」でしたよ。 値段を付けることができた‥‥という意味でも。
 
 ただ、まったく興味のない奥さんにしてみれば
 大変な状況だったでしょうね。
 
 何しろ数が多かったですから、
 別の美術関係の業者さんも一緒に来てもらって、
 分担して、トラックで持ってきたくらいです。
 
 | 
  | ── | ‥‥力仕事なんですね、つまりは。 
 | 
  | 下山 | 肉体労働です、オークション会社の営業なんて。 
 で、そんなふうにして集めてきた品物を
 絵ならば1カ月に1回、
 私の担当の西洋アンティークならば
 2ヶ月に1回、オークションをやってるんです。
 
 | 
  | ── | 2カ月間、情報を集めたり トラックで地方の現場に出かけて行ったり
 品物を見定めて交渉したりして、
 最後の最後に、ハンマーを「コツン!」と。
 
 | 
  | 下山 | まあ、そうです(笑)。 
 | 
  | ── | でも、闇雲に集めてたってダメですよね? 
 | 
  | 下山 | もちろん、値段の付けられるものでないと。 
 それに、オークションの目玉となる品物は
 出品者からのアプローチだけでは
 なかなか集まりません。
 
 こちらから目星をつけて、アプローチして、
 交渉して、発掘していく必要があります。
 
 | 
  | ── | はじめて営業に出たときに 値段なんか、つけられるものですか?
 
 | 
  | 下山 | そこはやはり、勉強が必要ですよね。 
 私だって最初はもう、
 「ガレのガの字」もわからないくらいでした。
 
 | 
    |  | 
  | ── | ガレのガの字‥‥というと? 
 | 
  | 下山 | エミール・ガレという フランスのアール・ヌーヴォーを代表する
 ガラス工芸作家がいるんです。
 
 ものによっては
 「1000万円」くらいの値段がつく作家です。
 
 | 
  | ── | うわー、ガラス工芸で「1000万円」ですか。 
 なんとなく素人的な心配を言うとすると
 美術品の世界って
 「贋作」とかも出回ってたりとかするから、
 なんというか、
 「ダマされない」という意味でも‥‥。
 
 | 
  | 下山 | 必要ですよね、勉強は。 
 | 
  | ── | 勉強。 
 | 
  | 下山 | 先輩から教わったことは もう、とにかく「数を見る」ということ。
 
 本物をたくさん見ろ、これに尽きる、と。
 
 | 
  | ── | なるほど。 
 | 
  | 下山 | さすがに勉強もせずに いきなり、お客さんのところへ行って
 「この絵、この値段で預からせてください」
 とは言えませんから。
 
 | 
  | ── | でも、そうは言うものの、 下山さんでも
 「はじめてひとりで行く営業」という日が
 あったわけですよね。
 
 | 
  | 下山 | ええ、はじめてひとりで営業に行ったのは マイセンの食器を扱っていた業者さん。
 
 そのときは、
 「エスティメート(落札予想価格)」を
 丸暗記して臨みました。
 
 | 
  | ── | それは、たとえば‥‥。 
 | 
  | 下山 | ピンクローズのティーカップなら これくらい、
 ブルーオニオンのカップ&ソーサーなら
 これくらい‥‥という、
 落札予想価格を頭に叩き込んで(笑)。
 
 | 
  | ── | じゃあ、暗記してない品が出てきたら? 
 | 
  | 下山 | 黙るしかなかったでしょうね(笑)。 
 で、まあ
 「これ、自分ではよくわからないので、
 社に持ち帰らせてください」
 と言って
 あとからお客さんに電話したりして。
 
 | 
  | ── | そういう場数を踏むことで、 「ガレのガの字」も‥‥という状況から
 だんだん、
 ご専門の「西洋アンティーク」について
 詳しくなっていったと。
 
 | 
  | 下山 | そうですね。 
 「日本のマーケットに流れるかどうか」
 つまり
 「いま売れそうか、売れそうにないか」
 「市場性があるかないか」
 については、
 だいたい見当がつくようになりました。
 
 | 
  | ── | 「仕事」って、すごいもんですね。 
 | 
  | 下山 | そうですねえ(笑)。 
 | 
  | ── | でも、美術品なんて それこそ「無数」にあるわけですけど‥‥。
 
 | 
  | 下山 | はい。 
 専門の西洋アンティークの分野に限っても、
 見たことないものなんて
 まだまだ、世の中にはたくさんあります。
 
 ですから、その部分についての「勉強」は
 一生、続くんだと思います。
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    |  | 
  | <つづきます> |