18 和菓子職人 日菓 内田美奈子さん 杉山早陽子さん
第2回 「也」事件。
── ふだん、パソコンでプリントアウトした文字ばかり
目にしている僕らすると
活版印刷って、すごく格好いいと思うんです。
加藤 ふぅん、まあ、そうなんですかね。

このあいだも、東京から飛行機で来た人がさ、
「活版で名刺を刷ってくれ」って。
── わかります、その気持ち。
加藤 正直なところ、何十年も前に機械が壊れちゃって
名刺はやってないんだって言ったら
ああ惜しいなあって、すごく残念がってましたよ。
── だって「味がある」というか、
ハンコですから、紙に「物理的な凹凸」が出て‥‥。
加藤 そうそう、
裏側がボコボコしてるようなところがいいんだって。
悪いけど、
俺なんかにすれば「え、なんで?」と思うんだけど。
── プリンターじゃ、あのデコボコ、出ないです。
加藤 そりゃあ、そうだろうけど。
── ちなみに、加藤さんのお使いの原稿用紙も、自家製?
加藤 そうだよ。
── やっぱり。こんなサイズのもの、見たことないので。
加藤 上小阿仁新聞の紙面は「縦12文字」が基本だから、
「12文字改行の原稿用紙」をつくれば
なにかと都合がいいんですよ。分量の見当とかね。
── はー‥‥。あの、ここに赤い字で書かれている
「1G」とか「4G」って、何ですか?
加藤 これは、字の「大きさ」と「かたち」です。
つまり
「1のG」なら「1号ゴチック」って意味。
── なるほど。
加藤 だから「4のG」ならば4号ゴチック。

前の数字が大きくなっていくにつれて、
字はちいさくなっていきます。
── いちばんちいさい文字は‥‥。
加藤 新聞で使う活字で言えば、9ポイントですね。

もっとちいさいのもあるんだけど、
新聞の「本文」は、9ポイントでやってます。
── 当たり前ですけど、ひとつの文字につき、
こんなにたくさんの活字があるんですね。
加藤 だってさ、新聞の紙面を組むとなれば
「ひらがな」なんかは、そうとう使うわけだから。
── ええ。
加藤 だから、よく使う活字になると
この棚の何列にもわたって、ギッシリ入ってます。
── 大きな棚が3面もありますけど、
どの文字がどこにあるっていうのは‥‥。
加藤 だいたいの場所は、把握してますよ。

だって、そうじゃないとホラ、
時間ばっかりかかってしょうがないもの。
── ぜんぶで、どれくらいあるんですか?
加藤 活字の数? 数えたことない、ない(笑)。
── さすがに、そうですよね‥‥。
この桶に入ってる活字は、すり減ったものですか?
加藤 そう、もう使えない活字。それは。

昔は、いい値段で引き取り手があったんですよ。
活字っていうのは、鉛と錫だから。
── 今は‥‥。
加藤 もう、ほとんど来ねえなあ。
だってないんだもの、活字つくってる会社自体。
── そうなんですか。
加藤 うん。昔は、せいぜい秋田にはあったの。

だから、使いたい文字がすり減ってたりしたら
電話1本で、次の日には送ってくれたんだけど。

ずいぶん前に辞めちゃったんだ、そこも。
── じゃあ今、使いたい活字がなかったときは
どう対応されてるんですか?
加藤 漢字がなければ、ひらがなで入れる。
見出しとかなら、言い回しを変える。
── おお、明確な方針。

記事を書いている人と活字を拾う人が同じだから
そこの判断が、クリアで迅速なんですね。
加藤 まあ、どうとでもなるよ。
── ちなみに、活字1本の値段というのは
どれくらいするものなんですか?
加藤 もう20年くらい前の話だけど、
当時、いちばんちいさいので「7円」かな。
── 一文字、7円。
加藤 7円。
── 一気にリアルで立体的な感じになりますね。
一文字の値段を聞くと。
加藤 そう?
── だって、上小阿仁新聞の紙面には
その「7円」が、ずらっと並んでるわけですよね。

それこそ、片面で「6600文字」くらい。
加藤 うん。
── 僕たちのようなパソコンの仕事ですと
どんなに複製したって
デジタル文字は「0円」ですし、目方もないし。
加藤 上小阿仁新聞の版は、片面で20キロ以上あるよ。
── わー‥‥、簡単には持ち上がらない重さですね。

あ、そうそう、そういえば
はじめて加藤さんの上小阿仁新聞を見たときに
上小阿仁村で行われていた
アートプロジェクトの広告が載ってたんです。

「KAMIKOANIプロジェクトAKITA2013」
という。
加藤 はい、はい。
── そのお知らせのなかに、
活版印刷でしかあり得ない「事件」が起きていて、
それが、ものすごくおもしろかったです。
加藤 ああ‥‥「なりや(也)」の件ね。
── 事件の概要はざっと教えていただいたんですが、
もういちど
加藤さんご本人から聞かせてもらっていいですか。
加藤 事件ってほど大げさでもないんだけど、
あのね、結局、名前の書体が「2号」だったの。
── その広告には、プロジェクトに参加している
芸術家のみなさんの「お名前」が並んでいたのですが、
その活字の「大きさ」が「2号」だった、と。
加藤 そう、2号って言ったら大きな活字だからさ、
そんなには数ないわけ。
── はい。
加藤 それなのに、今回、参加した芸術家の中にさ、
名前に「なりや(也)」のつく人が、3人もいて。
── 芝山昌也さん、白田誉主也さん、福永竜也さん。
加藤 こっちは、2号の「也」が2個しかなかったんだ。
── 人名だから、ひらがなにするわけにもいかず、
見出しみたいに勝手に変えるわけにもいかず‥‥。
加藤 そう。
── そこで、加藤さんがどうしたかというと。
加藤 いや、どうしたも何も、
誰かの名前に、ひとつ下の3号を入れなけりゃ、
紙面ができあがらないだろうと。
── 誰かひとりの「也」を、ちいさく。
加藤 そう、そう、無理矢理にね、3号を入れて。

誰になるのか知らないけど、
誰かひとりは、悪いけど、正直こうだよと。
── はい、「悪いけど、正直こうだよ」と(笑)。
加藤 でも、その「誰か」を決めなきゃならないの。

はてこまったなあと思ってたら
芝山さんてのは、他の二人の親方だったんだ。
── なるほど。

アートプロジェクトのディレクターだった
わけですものね。
加藤 だから、芝山さんは「2号」だろうと。
── 大きく行こう、と。
加藤 そう、無条件にね。
── で、残るふたりが
同じ公立美大の助手同士、しかも同期だった。
加藤 うん。
── そこで、加藤さんがどうしたかというと。
加藤 ま、ジャンケンしてもらって。
── あはは、そこジャンケンで決めましたか!(笑)
加藤 うん、だって、いちばん公平だもんね。

負けた白田さんのほうも
「僕、一文字多いからいいです」って言って
まるく収まったもんです。
── 結果として紙面が‥‥このようになったと。
加藤 そうそう。ここ、ここ。
── ちいさいです、白田さんの「也」だけ(笑)。
加藤 同じようなことでは、駅伝大会があってね、毎年。
五城目と上小阿仁の間を走る、駅伝が。
── ええ。
加藤 上小阿仁村からは地元の体育協会が出るんだけど、
毎年のことだからさ、
あらかじめ原稿を書いて、活字を拾っておいたの。

あとでラクでしょ、そうしといたほうが。
でも、何位になるかまでは、わからないんですよ。
── たしかに。
加藤 だから、ひとまず「健闘空しく十◯位に甘んじた」
とだけ、組んでおいたんです。
── つまり、十何位の「何」のところに
「◯(マル)」をダミー文字として入れておいたと。

でも、あらかじめ「健闘空しく」なんですか(笑)。
加藤 ま、それは例年のアレからして、それくらいだろうと。

で、駅伝大会が終わって、順位が出た時点で
正しい順位を入れようと思ってね、いたわけです。
── はい。
加藤 ところが、上小阿仁体育協会は
今回に限って「7位」に入っちゃったんだな。
── 健闘空しくどころか、大健闘じゃないですか。
加藤 そうそう、それはそれでいいことなんだけど、
うっかり忘れて‥‥ここです。
── あ(笑)。
加藤 「健闘むなしく十◯位」のまま出ちゃった。

直すの、忘れて。
── はー‥‥でも、なんだか、いいです(笑)。
加藤 そういうことも、たまにはあります。
<つづきます>
2014-01-10-FRI
前へ はじめから読む 次へ
感想をおくる ツイートする ほぼ日ホームへ