どういう人間になりたいか(3月23日)

・「どういう人間になりたいか」ということが、
 その人の生き方を大きく決めます。
 「どういう人間になりたいか」ということは、
 そのときどきの社会の、流行みたいなところもあるし、
 きっと時代によってもちがってくるんだろうと思います。

 2011年3月11日までの日本では、
 「どういう人間になりたいか」について考えるのが、
 とてもむつかしかったような気がします。
 うん。みんな、それぞれに思っていたでしょう。
 でも、それが「いちばん本気で思うことか」といえば、
 どうにも自信がないような気がする。
 そんな感じだったんじゃないでしょうか。
 
 「どういう人間になりたいか」があると、
 じぶんと、その「理想とするわたし」の間に、
 ずれが見えてきます。
 それを見ざるをえない時間があって、
 「どこがちがうんだろう」と考え続けることが、
 その人その人の「いい人生」なんじゃないかな、と、
 そんなことを思っていたんですけどね。
 
・今回、そこにもここにも、
 「こんな人間になりたい」と思わせてくれる人が、
 たくさんいるって、わかったんじゃないかなぁ。
 消防の人、自衛隊の人やその家族の人たち、
 現場で働いている人、被災した人、外国の人、
 たいていは、無名だった人で、
 「訊かれたから話した」だけのコメントが残りました。
 反対に、「こういう人にはなりたくない」と、
 思われてしまった人たちも、たくさん現れた。
 地位も知識もきっとたっぷりある人なんだろうけど、
 「そういうふうでありたくないな」と、思った。
 
 「いい学校、いい企業に入って」というのが、
 最も「いい人生」を得られるコースという考えに、
 疑問を差し挟むだけで笑われたような時代が、
 なんかさ、大きく転換するような気がしない?
 いろんな職業が復活したり、いろんな幸せが、
 たがいに協力しあったりするようなことが、
 「ある」って信じてもらえるようになったかも。

今日も、「ほぼ日」に来てくれてありがとうございます。
また言うけど、助ける側にいる東京は、元気ですからね。

「今日のダーリン」より