1 司会

大変お待たせいたしました。それではただ今から、夏の文学教室第2日目を開催いたします。今日は吉本隆明先生お一人の講演となっております。4時20分までですが、途中2時半ごろ、一度15分ほどの休憩時間を取りたいと思います。それでは早速今日の講座に入ります。今日は夏目漱石、『こころ』『道草』『明暗』と題しまして、文芸評論家の吉本隆明先生にお願いいたします。それでは先生、よろしくお願いいたします。

2 漱石が固執したテーマ

今日は漱石の最晩年の作品ですけども、『こころ』と『道草』と『明暗』、未完の『明暗』ですけども、その三つについてお話しするっていうのが僕に与えられたテーマです。それで、『こころ』は大正3年で、『明暗』が確か大正5年ですから5年で、亡くなる年ですから、今日の大正から昭和へっていう見方からすると大正のいっとう初めに属する作品だっていうふうに言えます。それで漱石自身にとっては最晩年の作品だっていうことになります。するとこれ、三つ一緒くたっていうのは論ずるわけですけれども、僕が勝手に分ければ『こころ』っていうのは漱石の成熟期って言いますか、最も意気盛んなときですけども、成熟期の漱石の小説のテーマ、それの最後に属するだろうっていうふうに思います。その成熟期に漱石が固執したテーマっていうのは1人の女性をめぐって2人の男性が愛情について葛藤を演ずるっていうのが漱石が固執してやまなかったテーマなんですけども、そうすると『こころ』っていうのはその最後の作品に属するだろうと思います。
で、なぜ固執したかっていうことは後で申し上げる機会があるかもしれませんけども、漱石が1人の女性をめぐって2人の男が愛の葛藤を演ずるみたいなふうに言っちゃいますと、いわゆる近代小説の概念でいえば姦通小説っていうことになるわけです。それでそれには違いないのですけれども、例えばフロベールの『マダム・ボヴァリー』とかトルストイの『アンナ・カレーニナ』とかっていうのもそうですけども、つまり姦通小説は一つの近代文学のテーマの一つだっていえばそれまでのことなんですけど、まるで違います。違うところがあります。それは何かって言いますと、1人の女性をめぐる2人の男性っていう場合に、その2人は必ず親友であるとか、つまり友達であるとか、つまり大変親しい間柄にある2人っていうことが漱石の成熟期の作品の一貫したテーマなんです。
で、これはどこから来るのかっていうことがあります。つまり漱石の何から来るのか。実体験がどっかにあって、そこからこの問題が繰り返し繰り返し展開されたと考えるべきなのか、それとも漱石の資質って言いましょうか、資質によるんだっていうふうに、資質によるとすればなんなんだ。どういう資質なんだっていう問題があると思います。で、『こころ』っていう作品が非常に最後に属する、その同じテーマの最後に属するもんだっていうふうに思います。
で、これは記述の方法としていえばわたくしという人物が居まして、それでわたくしが私淑するって言いますか、尊敬する先生っていうのがありまして、それでわたくしが学生時代から先生と仲良く、親しくなるっていう経緯をわたくしが振り返って記述するっていうスタイルで作品が進められています。しかしこの作品の、『こころ』っていう作品の一番重要なところと一番白熱したところと、またある意味で小説らしい小説っていうようなところは一番最後の、先生の遺書っていう部分だと思います。それで先生の遺書っていうのは先生っていう人の、一人称でわたくしに対して遺書を手紙で出すっていうようなスタイルで書かれているものですが、この場合のわたくしは先生を意味するわけです。で、たぶん作品の中心は先生の遺書っていうところにあるんだと思います。
で、いきなり一番重要なところに入っていってしまいますけれども、その先生の遺書、つまりわたくしに宛てた遺書なんですけども、その遺書っていう中で何が一番中心に語られているかっていうと、わたくし、つまり先生と、それから先生の学生時代の親友のKとなってますけども、Kとが2人が同じ下宿に住みまして、そして下宿の女主人と娘さんとそれだけのところなんですけど、その娘さんを双方が好きになるっていうところが一番重要であり、またクライマックスなところだっていうふうに言うことになるわけです。
で、今言いましたように先生とKっていう友達は、つまり普通の姦通小説の2人の男っていうよりも非常に仲のいいって言いますか、親しい友達、間柄っていうことがとても重要な問題になるんだと思います。で、Kっていうのは家が坊さんの出なんですけども、で、医者の家に養子に行って、それで医者の家ではKという男に医学を修めていってもらいたいわけですけども、Kは医学を修めているふりをして実は哲学とか文学とか宗教とか、そういうものに打ち込んでいるっていう。それでそういう非常にはっきりと漱石が性格を指定しているわけですけども、それは無口でそして求道者的な、それでよく勉強して、それでっていう風貌を持ったのがKだって。それでKは家に内緒で哲学とか宗教とか文学とかをやってたっていうことで、家からの、実家からも養家からも送金を断たれて困ってるのでわたくし、つまりわたくしが要するに自分の下宿に一緒に連れて来るっていうところから葛藤が始まるわけです。で、大変明瞭な性格の造形の仕方をしていますから、申し上げてみますと、つまりわたくしっていうのと、そういうKっていうのが一緒に下宿の娘さんを好きになっちゃうわけです。その好きになる好きになり方っていうのが二人二様に違うわけです。
それでわたくしのほうはどういう好きになり方かっていうと、割合に普通の、僕らの好きになり方とおんなじなんで。つまり下宿の部屋に娘さんの琴が立て掛けてあったり、それから娘さんが生花をときどき取り替えてくれるっていうような、そういうのを見てるといかにも下手くそで、琴も弾くときもあるんですけどそれも下手くそでとても聞いていらんないっていうふうに初めは思ってるんですけども、だんだん娘さんをわたくしっていうのは好きになってきますと、生ける生花も大変好ましいように思えてくるとか、下手くそな琴の音も大変気持ちがよく聞こえてくるっていうふうに、そういう変わり方をするっていうんで極普通の男、男性からすれば極普通の女性に対する愛の向け方っていうんだと思います。
ところでわたくしにもちょっと普通じゃないよっていうふうに思われるところがあります。それはどういうことかっていうと、だんだんだんだん娘さんを好きになりますと娘さんを非常に神聖で崇高な女性なんだっていうふうに、だんだんだんだん相手の女性を美化していって宗教的な感情に近いところまで美化していくわけです。で、これも程度の問題でどんな男性でも好きな女性に対してだんだんそういうふうになっていくっていうのは極普通だと言えば普通なんですけども、たぶん漱石が記述したかったのはややそれよりも、普通よりももっと女性に対する愛情を、もしデートに行くとか、性欲とそれから精神的な愛っていうのとが二つ極端にあるとすれば精神的な愛のほうへどんどんどんどん高めていっちゃうっていうのがわたくしの愛のあり方の少し普通でないところだと思います。つまり漱石はそのように記述しています。それからもう一つわたくしの愛の取り方で普通でないところがあります。で、これもまた程度の問題で、普通誰でもそうだよって言えばそうなのかもしれませんですけど、要するに例えば学校の授業から下宿に帰ってくると、すると茶の間とか、それから娘さんの部屋で男の話し声が聞こえる。そうするとわたくしっていうのはものすごく気になって、それで本当はガラッと開けて誰だか確かめてみたいっていうくらいに気になるっていうのが、ちょっと特異なところだって言いますか、普通でないところだっていうふうに思える描写をしています。つまりこれもまた程度の問題で、誰でもやっぱり女性を好きになって、その女性の部屋で男の声が聞こえたら誰だってどんなやつなんだろうか、若いやつかとか年寄りかとかって気になって気になってしょうがないっていうことはあるんでしょうけども、漱石の描写の仕方によりますと、やはりこれもちょっと普通よりもちょっとオーバーに、要するにそういうことが気になってしょうがない。で、お客が帰ってから下宿の女主人や娘さんに「今来てたのは誰だ」みたいなことを確かめると、確かめること自体が笑われてしまうみたいな、いうような状態で、つまりややこれも、もしこういうのを嫉妬心の表れっていうふうに言えば、これもやや異常って言いますか、やや普通よりも度合いがすぎるんじゃないかっていうふうにわたくしの愛し方、娘さんに対する愛し方っていうのを描写していると思います。これはとても漱石の作品にとっては重要なことのように思います。

3 生涯の罪の意識

それからKのほうは娘さんに対して愛情を抱いているんですけど、それは言葉にも態度にもおくびにも出さないっていう愛情の持ち方をするわけです。それで、口にするときには「女っていうのはあんまり向上心がなくて駄目だ」とかっていうようなこと、つまりばかにしたようなことばっかり口では言うんですけど、言って決して愛情を持ち始めたとか持ったっていうことをKのほうは誰にも言わないっていうふうな、そういう愛し方をするわけです。ですからもちろん娘さんのほうでは自分が愛されてるとか好まれてるとかというふうに考えることはなくて、むしろ大変Kからはあんまり好かれてないんじゃないかっていうふうに娘さんのほうは思うっていうような。それでもKのほうはそれを外に表すっていうことは全然ないっていう、そういう愛し方なわけです。
で、わたくし、つまり先生の遺書の中のわたくし、つまり先生のことなんですけども、先生の描写によればだんだんだんだんKの部屋、または娘さんの部屋で男の声が聞こえたり、娘さんがKの部屋でしゃべり込んだりしてるっていうようなことがだんだんだんだんひどく気になる度合いが激しくなっていくわけです。それでもう自分は下宿の女主人に「娘さんと一緒にさせてください」っていうふうに言おうかっていうふうに、いつ言おうかっていうふうになっていくんですけども、そのときちょうどKから娘さんに対する愛情を抱いていることと、その焦燥感みたいなものを告白されるわけです。それで告白された以降の2人っていうのはなんとなく気まずくなっていくわけですけども、それを、そのときに俺も、つまり先生が「俺もお前とおんなじように娘さんが好きなんだ」って。「それじゃあどっちが獲得するか、じゃあやろう。比べてみよう」みたいなふうに言えるんだったら問題ないわけだったんですけども、Kから先に告白されているので、これはっていうふうに思って、そういうKが切ない心を持ってるっていうのを知っていながら自分のほうは、自分が出し抜いて、それで下宿の女主人に「娘さんを自分はもらいたい」っていうふうに「一緒になりたい」っていうふうに申し入れてしまうわけです。それでもちろん下宿の女主人は、前から信頼感をわたくし、つまり先生なんですけど、先生に抱いてるものですからそれはもうすぐに承知してくれるわけで。それでKのほうはその下宿の女主人のほうから「これこれこうで先生のほうから申し込みがあったので自分のほうは受けることにした」っていうふうに下宿の女主人から言われて、Kは初めてそれを知るわけです。それでどうして女主人がわたくしに対して、つまり先生ですけど、先生に対して「どうしてKにそれを言わなかったんだ」って言うんですけどもそれをどうしても言うことができない。それはその前にKが好きだっていうことを告白したっていうのを、自分に告白したっていうのを自分のほうは知ってるからそれを言えないで、いつ言おうかいつ言おうかっていうふうに思ってることは思ってるわけですけども、それを言えないでいるわけです。
ところでもうこれ言わないまんまでいるっていうことはちょっとKに対する裏切りみたいで耐えられないから、もう打ち明けて言おうっていうふうに考えあぐねている、ちょうどのそのときにKは自殺してしまうわけです。で、Kは自殺してしまうわけですけども、それは自分は失恋したから自殺したっていうふうには遺書にも書いていないし、そういう態度にも表していないで、一切外に向かってはって言いましょうか、娘さんに対しては、向かっては一切そういう、自分が愛する心っていうのを秘めていたんだみたいなことは一言も言わないし、一言も打ち明けないで、それで頚動脈を切って自殺してしまうわけです。それでそれでもって先生はそのことに衝撃を受けまして、それでそれをいわば生涯の罪の意識みたいなものとしてかぶってしまうわけなんです。それで、しまうわけです。それで娘さんとは結婚、その娘さんとは結婚するわけですけども、結婚してもその娘さん、つまり自分の細君ですけども、細君を見ているとすぐにKのことを思い浮かべるっていうような、思い出さずにはおられないっていうようなかたちで、だんだん、つまりその細君になった下宿の娘さんに対して、だんだん外から見たら分からないように冷たくって言いますか、だんだん離れるようになっていくわけです。それで、ところが細君のほうはどうして自分を嫌いなのか、それともどうして冷たい態度をするんだっていうことを聞くんですけども、それはこれこれこういう理由だっていうことをやはり先生っていうのは打ち明けることができないで、生涯の終わりに近づいて行ってしまうわけです。

4 心の動きの形而上学

それで、先生は、つまりこの作品の初めにわたくしっていう学生さんのときに、わたくしと鎌倉の水泳場で知り合いになって、それからだんだん先生を尊敬するようになるんですけど、先生っていうのは一種もの寂しい感じっていうのはいつでも漂っていて、それでそれから何か人生に対してっていうか社会に対して何かしようとする意欲がなくて、もちろんお金があるからでしょうけれども、何もする意欲がないように見えるわけです。それで寂しげで、何もしようとしない。ただ大変よく勉強したり学問をよく知ってたりっていうようなことなんですけども、何もしようとしてない先生っていうのはよく分からないっていうふうに思いだして、だんだん親しくなっていきますと先生、もう奥さんもどうしてこんなことになってるのかっていうのはよく分からないまんまに大変もの寂しいっていうふうになっているわけです。
それで、つまりこの先生の遺書っていうのはKが夏休みに父親が病気がちだっていうのでくにへ帰っているときに封書で先生の遺書っていうかたちで送られてくる。それが先生の遺書に該当するわけなんです。で、それに縷縷その経過っていうのが書いてあるわけなんですけども、つまりその中で先生、つまりこれは僕らから考えても大変異常だっていうふうに言えるほど、そういうふうにして友達のKを出し抜いてしまった。それで出し抜いてしまって、Kがそのために自殺したかどうかっていうのは本当はよく分からないんですけども、そのこともたぶん含まって自殺したっていうことが生涯の気に掛かるっていうようなことっていうのは人間にあり得るだろうかっていうことになるわけですけども、そういうふうに考えますと僕らが考えて、この先生のような、つまりその程度のことで生涯罪の意識を抱いて、そして自殺してしまうって、先生自身も自殺するわけですけども。そういうことっていうのはどうも現実的にはあり得ない、つまりこのようなかたちでの先生っていうのはあり得ないだろうっていうふうに思われます。だけれどもそうじゃなくて、僕ら、先生の持ってる心の動かし方と言いますか、心の内容っていうのならもう少し薄められたかたちで誰にでもあるんだっていうことは言えそうな気がいたします。
つまりこの書き出しからそうですけども、あんまり具象性がない書き出しの仕方を漱石はしていますけれども、これはやっぱり一種の心の物語みたいなものでして読むより仕方がないので、実際にこのような心の動かし方をする人物が居るっていうふうに考えると、それはちょっとやはり作り過ぎだよっていうことになるのかもしれません。ただ心の事実と言いましょうか、それとしてはやはり誰の心の中にも先生ほど鋭敏じゃなくてもこういう感じ方っていうのはあるっていうことは言えそうな気がします。
で、先生は最後に、つまり明治天皇が亡くなって、それで、死んで、それで乃木大将夫妻が後を追って大葬の日に自害するわけですけども、それのことに先生は遺書の最後で触れているわけです。それでどういう触れ方をしてるかっていうと、乃木大将っていうのは、乃木将軍っていうのは、乃木将軍の遺書には自分は西南役だか、明治10年の西南役のとき軍旗を賊軍薩摩軍に奪われてしまったって。本当はそのときに責任取って死ぬべきところだったんだけど生きながらえて今まで来てしまったっていうふうに、乃木大将の遺書には書かれているわけです。そうすると、そういうふうに作品によれば35年間ですけども、35年間死ぬべきところを生きながらえて、それで死んだっていう人がここに居るって、乃木大将っていう人が居るわけですけども、この場合の罪の意識っていうのは一種の公の罪の意識っていうのはおかしいですけども、公的に影響のあることについての責任、罪の意識っていうよりも責任の意識っていうふうに言って、社会的責任とか軍事的、軍人的責任の意識として、それで自殺したっていうことに該当すると思います。
ですから、先生のように生粋にプライベートなって言いますか、自分と親友との間で1人の女性をめぐって葛藤を演じたっていう、演じて親友を出し抜いてしまったっていう、そういう全く私的なことを忘れかねて、それでそれが生涯の罪の意識になって、それで自殺したっていうこと。そういう人物っていうのはとにかく夏目漱石が作ったこの先生という人の心の動かし方の中にしか真実はないということになるわけです。

5 漱石的な三角関係

で、僕らが『こころ』っていう作品を、これは今でも一番読まれている作品だそうですけども、この『こころ』っていう作品を読みまして読後感として残るものっていうのは、先生っていう人物の罪の意識だけが暗闇の中でちょっと光り輝いててって言いますか、あるいは光っていてって、そういう読後感としてはそういう印象しか残らないし、またそういう印象は強烈に残ります。で、それ以外の具象性っていうのはあんまり造形的に成功していないように思います。つまりそれほどの具象性があることは残らないんですけども、ただ先生の罪の意識みたいなものがぼーっと闇の中に浮かび上がってるっていうような、そういう読後の印象を持ちます。
で、これはつまり漱石の作品でいえば『それから』から始まるわけですが、『それから』とか『門』とか『彼岸過ぎまで』『工人』っていうふうにやってきたテーマっていうのは全部そうなんですけれども。1人の女性をめぐる2人の、非常に仲のいい男同士の葛藤なわけです。その場合に自分、『それから』でいえば自分はその女性が好きだっていうことがあるんだけれども、親友から「あの女性が好きなんだ」っていうふうに打ち明けられて自分の好きだっていう感情を我慢して、それでその親友とその女性との間を取り持つみたいなかたちになっていって、それで、つまり『こころ』と全く反対の心の動かし方をしまして、そして後になって結婚した親友と好きだった女性とが社会的にうまくいかないし、夫婦の間でもうまくいかないっていうようなときに今度は初めて主人公のその女性に対する押さえ付けていた恋情があらわになってきて、それで親友の女性を、それから細君になってるわけですけども、それを奪ってしまうっていうそういうテーマですけれども、つまり『それから』から始まって『こころ』に至るまで漱石は終始それに固執するわけです。
で、つまりなぜ漱石はこういうテーマで少なくとも成熟期って言いますか、最も活発に創作活動をした時期にどうしてこういうテーマに固執したのかっていうことが依然として問題に僕はなると思います。だからこれはいわゆる姦通小説っていうのは近代小説の一つの史上なテーマなんだよっていうようなふうに言うことができないんです。つまり漱石流のこういう三角関係って言いますか、愛の関係っていうのはちょっと姦通小説っていうものの一般性には当てはまらないと僕は思います。また西欧の小説では漱石のような罪業感が最後に作品の全体として、最後にこれだけが闇の中にぽっと残るっていうようなこういう意味合いの姦通小説っていうのは西欧の小説にはないわけです。それはそれぞれ、それなりに罪も罰もないので、要するにそれなりに愛の奪い合いっていうのがどういうかたちになるかっていうようなことの問題なんだって。漱石の場合にはそうでないように思います。つまりそうでなくて、罪っていうこと。好意って、つまり愛のかたちっていうのとそれに対する罪っていうことの問題っていうのが漱石の1人の女性をめぐる2人の男性の葛藤っていう場合の大きなテーマになるわけです。
で、そうするとこれは専門の研究者の人はさまざまな、つまり具体的に漱石にはそういう経験があったんじゃないかっていうようなかたちでいろんな伝記のいろんなところを突っつくわけです。例えば、つついています。つまり、例えば漱石が唯一その女性が死んでからですけども、唯一文章に公にちゃんとして名前を記して、それで公にその女性に触れて哀悼の意を評してるみたいな唯一の文章っていうのは大塚楠緒子っていう女流作家ですけども、その大塚楠緒子に対する思い出みたいなのを書いてる、それしかないんです。それはそれを読みますと、漱石はこの人の、大塚楠緒子を好きだったんだろうなって、好意を持ってたんだろうなっていうことはすぐ分かります。例えばちょうど、例えば自分と奥さんとがちょうど夫婦げんかしているそのすぐ後に、で、両方、双方とも面白くないみたいな感情に居るところに大塚楠緒子が訪ねて来ます。そうすると漱石のほうは仏頂面して書斎から出て行かない。で、大塚楠緒子は奥さんと世間話をして、それで帰っていくみたいなことが漱石は書いています。それで普通ならばそれでいいじゃないかっていうことなんですけど、漱石はわざわざ後になってから大塚楠緒子のところに訪ねて行って、それで「あのときは失礼した」って。「あのときはちょうど細君とけんかをしてて、面白くない感情で居たもんだから出て行かなかった」っていうふうにわざわざ大塚楠緒子のところへ行って、断りに行っています。つまりそういうことは一般的に男性の心の働かせ方からすると、やっぱり好意を持って、好きなんだ。つまりこの人には悪く思われたくないなとか、この女の人には少なくとも悪く思われたくないなくらいの感情っていうのはなければこういうことはしないんですけど、漱石はそういうことをしたっていうことをちゃんと追悼的な文章の中で書いています。だからこの人に対して好意を持っていただろうなっていうことは分かります。そしてこの人は大塚保治っていう美学者ですけども、つまり、で、友達ですけれどもこの人の奥さんなってるわけで、つまりそういうことが本当、よくよく探っていくと三角関係みたいなあれがあったんじゃないかっていうふうにして追求してる研究者の人も居ます。それから初期の作品からそういう痕跡を探ろうっていうようなそういう研究者の方も居ます。つまりどっかに現実的な体験がなかったらば、こんだけ、つまり作家活動の非常に主要な部分を占める、終始占めるくらいな重さでもって、この葛藤の問題を描くはずがないんだっていうふうに思えるので、やっぱり経験的などっかにあるんじゃないかっていうふうにそれを探ろうっていうのは、やっぱり研究者としては一つのやり方なんで。確かにそういうことになるわけですけども、そういうことであるか、僕なんかはそうじゃなくて、漱石の資質じゃないかなっていうふうに思います。

6 漱石の資質-パラノイア

つまり、漱石にはパラノイアっていうふうにお医者さんが言っているものですけど、つまり妄想的な神経症ですけれども、妄想的な神経症っていうのが漱石にはあります。で、僕はその資質っていうのがとても大きな意味を持ってこの作品を支配しているんじゃないかな。つまり、少なくとも成熟期の作品っていうのを支配しているのは、漱石の資質が持ってるパラノイア的な、妄想形成的な神経症みたいなもの、あるいは神経質みたいなもの。それが大きな意味を持ってんじゃないかなっていうふうに思います。
これをもう少し普遍してしまいますと(?)、パラノイア的っていうことの特徴っていうのは二つあります。で、一つは、つまり今言いましたように妄想、追跡妄想とか恋愛妄想とか、つまり妄想形成性があるっていうか、妄想を形作る傾向があるっていうことです。これはどういうことかっていいますと、つまり妄想を形成してきますと、本当はそうじゃないのにそういうふうに見えたりとか、本当はそうじゃないのにそういうことを言ってるのが聞こえたりっていうふうなことっていうのがあり得るわけです。で、漱石はしばしば実生活の中でそういう状態に陥ったことがしばしばあります。
で、特に奥さんが描いてる『漱石の思い出』っていうのを見ますと、初めっから終わりまでおかしかった。して、そのおかしさっていうのは要するにすべて妄想だっていうふうになっています。例えば火鉢があって、その火鉢の向こう側に、子ども、長女の筆子っていうんですけど、長女が5厘銭かなんかそこに置いたって。で、火鉢のこっち側に漱石がいて、それでいきなり自分の娘のことを引っぱたいちゃうわけです。すると娘のほうはなぜ引っぱたかれたか全然分からないで泣き叫ぶわけですけども、それでその奥さんの追求に対して漱石が答えているのがあります。それは自分の留学時代に道を散歩してたら、ロンドンの町を散歩してたら、したら乞食がいて、それで自分に銭乞いをした。で、自分は銅貨を1枚その乞食にあげて、それで通り過ぎた。して、通り過ぎてそれで下宿に帰った。そしたら下宿のトイレの窓のところに銅貨が窓のところに置いてあった。それで漱石はどういうふうに思うかっていうと、これは下宿の女主人が俺の後をつけてきて、それで俺が要するに乞食に銅貨を1枚恵んだっていうのを知ってて、それでそれを風刺するために、つまりお前のやることは全部俺は知ってるよっていうふうに言うために、ここに、トイレのところに銅貨を置いといたんだっていうふうに、そう漱石は解釈するわけ。悪いときはそう解釈するわけ。このパラノイア的になってきたときにはそう解釈するわけ。それで、ところがそれとすぐに関連してきちゃって、その火鉢の向こう側に自分の娘が銅貨の5厘銭っていうのを置いたっていうのは、全部そのロンドン時代のそれが全部結び付いちゃって、このまたうちの娘は俺がそういう経験をして下宿の女主人からそういうふうに追跡されたって言いますか、探偵されたっていうのを知ってて、それでここにまたわざと5厘銭を置いといたんだっていうふうに漱石は思うわけ。思って、それで引っぱたいたっていうことに言うわけです。で、つまりこの種の妄想の連結の仕方っていうのは漱石はしばしば実生活のうえでやっております。この前って言っても去年ですけれども申し上げました『吾輩は猫である』の中にも随分その場面っていうのは出てきますけれども。つまり漱石はしばしば実生活でそれをやっています。
で、もう一つ、つまりパラノイア的な妄想形成的な神経症って言いますか、それのもう一つの特徴があります。それは何かっていうと同性愛っていうことです。つまり漱石には同性愛的な傾向があったんだっていうふうな理解になります。つまり病理学的にいえばそうなります。しかし病理学というふうに言わないとすれば、同性愛っていう考え方をもう少し広げて拡張して、精神の持ち方としての同性愛っていうふうに考えればよろしいことになります。で、そのほうが漱石らしくていいような気がします。そうするとどういうことになるかって言いますと、そういうことを書いたり言ったりしたこともありますけども、つまり漱石にとっては人間の世界っていうのはすべて均質なって言いますか、同じって言いますか、同質なって言いますか、同質な性として見えていて、それで女性っていうのはなんか違うところからやって来るもんなんだっていうふうに漱石の人間認識の中で特にエロス的なって言いますか、性的な認識の中にはそういう、つまり同性愛と言いがたいかもしれないですけれども、人間っていうのは全部ホモジェニアスなって言いますか、均質な性を持ってるって、セックスを持ってる。それで、だから女性と男性っていうふうな考え方っていうのは漱石の中ではあたう限り少ないんだって。すべては均質な人間なんだって。で、均質な性を持ってる人間なんだっていう認識が漱石の中にありまして、それで特に女性っていう場合には漱石の認識の世界、あるいは感覚の世界でも心の世界でもいいんですけど、その中に女性っていうのが入ってくる場合には、全然均質な性と違うところからやって来るみたいな、そういう感じ方っていうのが漱石にあるんだっていうふうに理解すると、大変漱石の妄想形成の仕方っていうのは理解しやすいんじゃないかっていうふうに思います。
つまり妄想形成の場合に、自分を追跡してくるもの、あるいは自分に何か妄想的なことをささやくものって、幻聴なんですけれども、ささやくものっていうのは必ず、自分が愛情を持った人とか自分が尊敬してる人とか親しい人っていうのに限るわけです。それが、つまり自分を追跡したり自分をとっちめたり、幻聴でもって命令を下したりするのはたいていは普通、妄想性じゃないときには自分が尊敬してたり親しかったりっていうような、そういう人がその役割を担うっていうのがこの妄想形成性の神経症の特徴だというふうに思います。

7 生涯のいちばん重要なテーマ

つまり、漱石の場合も全くそういうふうにいうことができると思います。で、この妄想形成っていうのと人間っていうのはホモジェニアスな、あるいは同性愛的な性に人間の世界っていうのは見えるっていう、この漱石の一種の認識の仕方っていうのが漱石が三角関係にこだわり、そして三角関係の中で必ず罪の意識、で、三角関係の1人の女性をめぐる2人の男性っていう場合には必ずその2人が非常に親しい友達であったっていうようなことになっていくみたいな、そういうかたちっていうのはそこからやっぱり、そういう漱石の一種の世界認識って言いますか、人間認識の中から出てくるっていうふうに考えれば考えやすいっていうふうに思います。
そうすると、もう少しこの『こころ』の世界っていうのは、勝手な解釈をすればもう少し突っ込むことができます。それは何かって言いますと、要するに親友のKを先生のほうは出し抜いて娘さんと一緒になっちゃう。そのことが生涯の罪の意識になるっていうことになるわけですけれども、そんなことが生涯の罪の意識になるはずがないよっていうふうに本当ならば思えるのですけれども、それはどうして罪の意識になるかっていうと、その出し抜いた相手、つまりKっていう、作品の中ではKですけれども、Kが自分のごく親しい親友だったっていうことに由来します。ごく親しい親友っていうのはこの場合に何を意味するかっていうと、同性愛的っていうふうに言ったほうがいいと思います。つまり同性愛的な親しさっていうのを親友のKに対して持っていたっていうことが、つまり先生ですけれども、先生が持っていたっていうこと。そのことがたぶん先生が生涯のそれを罪の意識を抱いて、それで最後に明治の終わりに死んでしまうって、自殺してしまうっていうことの原因になっているっていうふうに思います。それからまた、Kもまたそれくらいのことで自殺するっていうのはちょっとおかしいじゃないかって、そんなこと考えられないじゃないかっていうふうに普通ならば思えるわけですけれども、Kと先生との間っていうのは娘さんをめぐってもめぐらなくても、要するにやはり一種同性愛的な親しさみたいなものを持っていたっていうことがやはりKがそのことで自殺してしまうっていうことの原動力になったんだっていうふうな解釈の仕方ができます。
つまり漱石自身がそういう解釈をしていなくて、もう文字どおり先生が、要するに親友のKがその娘さんを好きだっていうことを告白されて知っているのにかかわらず、それを知らないふりをして、それで自分のほうが先に出し抜いて娘さんと一緒になる約束を取り付けてしまったって、そのことが生涯に引っ掛かった罪の意識の問題になったっていうふうに、漱石自身はそういうふうに解釈しています。理解して、それで作品を書いているわけですけども、僕らがまた勝手な読み方をするすれば、問題はそうなくて、Kとわたくし、つまり先生の間の親しさっていうことはちょっと同性愛的な親しさっていうふうに見たらいいので、つまりそういうことがあるためにやっぱり罪の意識っていうのと、自己抹殺っていうのが出てきちゃうっていうようなことになっていく。それはごく普通、西欧における姦通小説っていうのがそういう意味合いで1人の女性をめぐる2人の男がとか、男の間柄がいくら知り合いであるっていうことはもちろんあり得るわけだけど、その親しさっていうことの度合い、あるいは意味合い、質って言いましょうか、それが全然漱石の作品のようなふうにはならないのです。だから罪の意識の問題にもなりませんし、片方が自己抹殺してしまうし、自己抹殺をしたことが生涯引っ掛かって自分のほうも自殺してしまうみたいなかたちっていうのは取り得るはずもないっていうようなことに普通の姦通小説っていうのはなるわけですけども、漱石の場合にはものすごい迫力で、やはりそういうかたちにいつでもいってしまうわけです。『それから』っていう作品でもそうですし、それから『門』っていう作品でもそうですし、そこのところをいきますと、そこの描写になってきますと、漱石の描写力っていうのはちょっと無類の白熱性を帯びまして、それでちょっとこれは類例のない作品だよっていうふうに読めてしまうわけです。
で、たぶん『こころ』っていう作品がたくさん、今でも読まれるそうですけれども、それは一つは記述の仕方が非常に単純に、わたくしっていう人物が以前先生に知り合いになるところから回顧していって、それから先生の遺書にいくっていうような、そういう構成の単純さっていうことが、入りやすさっていうことが一つ、もちろんあるわけでしょうけど、もう一つはやっぱり先生の遺書っていうところの箇所の一番クライマックスって言いましょうか、そういうところでの1人の女性をめぐる2人の親友の間の葛藤の仕方っていうのと結末の仕方っていうのが大変ド迫力を持ってるって言いましょうか、ものすごい迫力を持って真実らしさって言いましょうか、を伝えてくるっていうようなことが、やはりこの作品が今でもたくさん読まれるっていうことの理由じゃないかっていうふうに思います。
で、これがやっぱり漱石の、作家漱石の生涯の最も重要なテーマになっていくわけです。で、たぶんこれは何かっていうことは確定的なことは言えないですけど、僕はやはり漱石の資質の中にある、そういう傾向性、つまりパラノイア的性質の傾向性だって。そういう傾向性がこういう作品に固執させたんだって。作品の主題に固執させたんだっていうふうに僕自身はそういう解釈の仕方を取ります。これは漱石の実生活の中にそういう場所っていうのはどっかにないかっていうような探り方っていうのももちろんあり得るわけでしょうし、また新しいそういう資料的なものが見つかったりするっていうことももちろんあり得るわけでしょうけど、今まで知られている漱石の伝記的事実の中で言いますと、まずこういうような体験的な事実があったっていうことを言うことは大変難しいように思います。でも資質的にこういうものがあったんだっていうことは、これは漱石の作品の迫真性と言いましょうか、真実らしさとか白熱性って言いますか、そういうもの。それから漱石夫人が回想している文章の中の、実生活上ありましたできごとっていうようなことを考えたりしますと、資質としてこういうものに漱石が固執した根本の理由があるんだっていうふうに思えます。つまりそういう面で見た漱石っていうのは病気だと思います。つまりときどきやってくる、そういう病気なんだっていうふうに思います。で、この病気っていうことは、つまりどういう特色があるかっていいますと、それはあることをきっかけにそれが起こってくるっていうことはもちろんなんですけど、普段は何もないんだけれどもあることをきっかけにしてそれが起こってくるというようなことが特徴であるとともに、漱石は収集の仕方っていうのを知ってると。つまり描写でないと。描写であって描写でないといえるのは、どういうふうに収集をしていけばこれは耐えられるのかっていうようなことを自分でよく知っていたっていうことのように思います。つまり非常に正常な生活人っていうようなもの、あるいは健康な生活人っていうようなものが背景にあって、そしてときどきあることをきっかけにそういう状態に陥る。だけどそれをどこでそこから抜けて出てくるのかっていうことは漱石はとてもよく心得ているって言いますか、知っているっていうことが言えるだろうというふうに思います。
で、漱石のこの資質って言いましょうか、資質っていうことを遺伝的な、あるいは遺伝子的な要素として言ってしまえば、これはどうすることもできないって言いましょうか、どうすることもできないことになってしまうわけです。つまりそこでは文学っていうものは何か言うことができないし、言うべき言葉を持っていないわけです。つまり遺伝的にそうだったんだっていう箇所がもしあるとすれば、それについては何も言うことができないわけです。つまり少なくとも文学はそれについて何も言うことはできないし、何も理解することができないし、またそれを第一次的に重要な問題なんだっていうふうに言うこともできないと思います。で、文学がその問題について何か言えるとしたらば、一種の乳幼児体験みたいなもの。つまり乳幼児体験、あるいは生い立ちって言いましょうか、生い立ちの問題としてそれが出てきた場合には、それは文学が何か言うことができるっていう問題のように思います。
で、漱石自身がそういうふうに考えたかどうかっていうことは分からないのですけれども、しかし漱石は『こころ』を書きまして、その後『硝子戸の中』っていう随筆を書くんですけども、それを抜かせば今日申し上げます作品である『道草』っていう作品をその次に書くわけです。で、その次の『道草』っていう作品で少なくとも漱石は乳幼児体験としての自分の資質形成のあり方っていうのだけは『道草』っていう作品の中で描いているというか、えぐり出しているっていうふうに思います。で、これは漱石が意図的に、つまり『こころ』を書いた後で、で、どうもこれは自分の資質に関わってくるんじゃないか。あるいは自分の育ち方、生い立ち方っていうことに関わってくるんじゃないかっていうふうに考えたかどうかっていうことは全く分からないことですけども、少なくともその次に書かれました『道草』の中で、漱石はその問題を、遺伝っていうことを除いたその問題を、つまり生い立ちとか乳幼児からの自分の自己形成の仕方についてでしたら、その次の『道草』っていう作品の中でそれをやっているっていうふうに理解してよろしいと思います。

8 初めて自分を素材に

で、『道草』っていう作品は自分の家族生活、家庭生活っていうものを再現して描写しているわけですね。その家庭生活、家族生活の舞台は、要するに今の漱石、つまり晩年の漱石の家庭生活じゃなくて留学から帰ってきて居を定めたっていうところの時代の家庭生活っていうのを詳細に描写している。これは漱石の作品形成の中では初めてのことです。つまり初めてそういうことをやってるわけです。
で、それはどういうふうにできているかっていいますと、1人、自分が幼年時代に養子に行った先が、養父が居るわけですけど、養父が落ちぶれて、それで自分のところに、初めては道端で、道で会うんですけども、道で出会うわけですけども、その後自分のところに落ちぶれてきて、それで月々いくらかです、あなたは偉くなったんだから月々いくらかずつ貢いでくれないかっていうふうに言ってきたり、また以前と同じように、ほんとはまた離縁したっていいますか、復縁しちゃって実家へ帰ったわけですけども、以前のように交際してくれないかっていうふうに申し入れてきたり、また脅かして脅迫じみたことでいえば、幼児のときに養子でやって来たときに自分はお前を随分よく世話したし、なんでもいうこと聞いてやったって、その恩を忘れないでもらいたいみたいなことを言って金をせびりに来たりっていうようなことが『道草』っていう作品の初めっから終わりまでを貫いている一つの横糸って言いますかね。横糸みたいなものです。つまり横糸としてはかつて養子にやられて行っていたところの養父が落ちぶれて人を介したり自分でやって来たりして、それで金をせびっていったり仲良くしてくれとか元のとおりになってくれとか言いながら、作品の中を出没していくわけですが。で、一番最後にはもう嫌になって手切れ金って言いますか、手切れ金を渡して今後一切の交際をお断りするっていうようなかたちで養父がやって来るのを退けてしまうっていうところで、横糸から見ればこの『道草』っていう作品は終わっているわけです。
で、縦糸から見ればあまり仲のうまくいっていない夫婦の生活、それの日常生活が非常によく描写してあるっていうのがこの『道草』っていう作品なわけです。で、極端な、つまりこの『道草』っていう作品の夫婦の仲の悪さって言いますか、行き違いっていうのをよくよく確かめてみますと、要するにパラノイア的な神経症の妄想形成をときどきやる旦那と、それからときどきヒステリーを起こしてしまう奥さん、細君とが家庭を作っているっていうそういうかたちなんで、それはうまくいくわけがないじゃないかっていうことになるのかもしれません。つまりそういう家庭生活の中に漱石自身、これ健三っていう名前で自伝的に出てきますけども、その健三の過去を、自分の生い立ちが引きずってるいろんな影っていうようなものが、この養父をはじめ現在の自分たちの生活の中へ露出してくる。それで、つまり過去から脅かされるし、現在の夫婦の仲はあまりうまくいっていないっていうような、そういうかたちがつまりこの『道草』っていう作品の、つまり横糸と縦糸っていうことになります。
それで、漱石がそこで言っている、つまり言ってる幼児時代について、漱石は健三っていう名前で出てきて、それで生い立ちのことについて最も詳細に触れています。で、それはたぶんここいらへんのところは自伝的事実であって、たぶんフィクションはここでは、こういう場所では使っていないわけです。それで、それをあれしてみますと、結局漱石の父親っていうのは漱石が末っ子で、しかも年取ってからの子どもであって、それで子どもはたくさん居る。それで、年取ってからの子どもで、少し世間体が恥ずかしいっていうようなことを感じて、それで要するに、作品の中では島田っていう名前で出てきますけども、養子にやっちゃうわけです。その島田っていうのは父親がかつて5年間ぐらい養育してやった、世話してやったっていう人物なんですけど、それが浅草かどっかで区役所の戸長さんっていうふうに言いますかね、役人をしているわけです。それでそこへ漱石は3歳のときに養子にやられちゃうわけです。で、養子にやられちゃうんですけれども、養家で島田っていうのと細君との間が女性問題をめぐって仲違いになってして、それで離婚してしまって、それで島田っていうのはその区役所に自分の部下として勤めてた女性と一緒になっちゃうわけで。で、そのごたごたがあまりにひどくて、それで離別して養家から実家へ帰ってきちゃうわけで。それで実家へ帰ってきますけれど、つまり実家の父親はちっとも歓迎してくれないわけです。で、やっぱり厄介な荷物がまた帰ってきたっていうような感じでしか漱石のことを扱ってくれないわけです。それから島田っていう養父は漱石の戸籍をすぐには抜いてくれないんです。そして漱石を戸主っていうことに仕立てて、それで漱石の名前で借金をしたりして散々利用するみたいなことをしてしまうわけです。それで、島田っていう養父に言わせると、自分は漱石、つまり漱石を養育してたとき、漱石にわがままいっぱいのことはさせたと。で、何が欲しいって言えばなんでも買ってあげるみたいなふうにかわいがってやった。で、漱石自身に言わせれば、そういうわがままがきかなくなると道路でもなんでも寝っ転がったり座り込んだりして泣き叫んじゃうっていうような、そういう時分だったっていうこととか、縁側から夜おしっこしちゃって、それで寝ぼけてて、それで縁側から落っこって腰を痛めちゃったっていうようなこともあったとか、養母が養父が新しい女の人ができちゃった後では非常に骨を粉にしても仇討ちをしてくれるんだよみたいなことを吹き込んだりしたっていうようなこととか、それから養母っていうのは大変な人で、人が訪ねてくると第三のある人のとてつもない悪口を言ってる。ところがその後で、客が帰った後で偶然にその人がやって来ると途端に態度が変わっちゃって、お世辞をたらたら言うと。そして子どもの漱石が面白くなくて「うそ言ってら」っていうふうにその場で大きな声で言うみたいな、そういうことっていうのはあったりして。つまり養家にあっても、それから実家に帰ってきても気分が安らぐときっていうのはちっともないみたいな幼年時代っていうのを過ごしているわけです。それからもちろん、生まれたときにもあんまり年取ってから後の子どもで、世間体が恥ずかしいみたいに母親なんかも考えて、父親も考えていたわけですから、あんまり愛情を持って預かってくれないっていうようなことがありまして、つまり漱石の赤ん坊時代、それから幼年時代っていうのはどう考えたって惨憺たるものであるわけです。
その惨憺たる生い立ちっていうのの背景に養父が金をせびりに来たりとか、また姉さんが居るんですけど、姉さんは喘息の発作で悩まされてるみたいな、そういう姉さんが居る。そして兄さんが1人居るわけですけど、生き残ってるわけですけども、役人をしているわけですけども、体が弱くて若いときには放蕩三昧のことをしてた人でっていうふうに。つまり漱石にとって、自分がそう言ってますけど、過去っていうのは、過去の生い立ちって言いますか、過去を引きずって過去から引きずられてくる自分の周辺っていうのは、確かに3分の1は懐かしいけれども、3分の2は嫌悪を催すそういう世界なんだっていうふうにこの『道草』の中で描写していますけども、そういう世界がわっとやって来て、あまり仲の芳しくない夫婦を元にした家族に、過去のそういう亡霊みたいなものがやって来るっていうのが『道草』の世界であるわけです。
それで、ここでは自分のことは、自分の病気らしさっていうようなことについては漱石は『道草』の中ではそれほど言っていません。ただその生い立ちの凄まじさっていうのだけは、割に細かいことまで描写して、たぶん初めて小説のかたちを借りて初めて自分の生い立ちを詳細に述べているっていうふうに見ることができると思います。

9 細君のヒステリー

それで、ここではやっぱり健三の細君が何か、つまり夫婦の緊張が高まったりするとヒステリー症になるっていうことがしきりに、ヒステリーの発作を起こすところがしきりにこの『道草』の中に出てきます。で、ヒステリーの発作が起きるときには必ず自分と奥さん、細君との、つまり健三と細君との間の緊張感って言いますか、行き違いっていうのが、緊張感が極に達したときが、必ず細君の、御住っていう名前で出てきますけども、細君がヒステリーを起こす、ヒステリーの発作を起こすきっかけになるわけで、いつでもそうなわけです。ですから漱石は、つまり『道草』の中でそういう言い方もしていますけれども、細君のヒステリーっていうのは健三、つまり主人公ですけど、健三にとってはとても救いなんだっていうふうな書き方をしています。つまりそれがなかったら緊張の極に耐えられなくなってしまうわけで、そういうときに細君がヒステリーを起こして分からなくなってくれる。そうするとそれを自分は看護をしながら天に祈りたい気持ちになったり、優しい気持ちが細君に対して湧いてきたりするって、そのたんびにするって。だけども、一度ならず何度でも細君のヒステリーっていうのは、その緊張が高まるごとに起こすっていうことになっていくわけ。それはこの『道草』っていう作品のクライマックスと言えるふうになっています。つまりこのヒステリーの場面での、ヒステリーがひとりでにあまり仲のよくない夫婦を和解させるっていう、その和解の描写っていうのがたぶん『道草』の最もクライマックスの描写だっていうふうに言っていいと思います。
それで、ヒステリーっていうのはどういうヒステリーでもおんなじようなものですけども、ヒステリーになると細君が目がうつろになって、それでどこを見ているのか分かんなくなってしまうわけです。それでときどきはうわ言のように「お天道様がやって来た」とか「私の死んだ子が迎えに来たから行かなくちゃ」とかっていうようなうわ言を言ったりするわけです。で、それは一面ではとても健三にとっては恐怖であるって言いますか、怖いわけですけども、一面ではそういうときに初めて細君に対して哀れみって言いますか、哀れさとか愛情とか、それから天に祈りたいような、早く治ってくれっていうふうに天に祈りたいような気持ちになるっていうのは、つまりそういうふうになってきたときに健三は一種の善人、自分で善人だと思うことができる場面がやってくるわけです。それがないときには、自分自身も善人だと思えない突っ張り方を細君に対してするし、細君のほうもまた自分に対して口を利こうともしないっていうようなかたちで日常生活っていうのは過ぎていくわけです。
で、健三のほうから言えば、例えば健三が家計費が足りないって言われて、余計に稼いできて、細君にそのお金を渡そうってすると、細君のほうは礼を言ってそれを受け取ったら自分は愛情が持てるのに、礼なんて全然言わないでそれを黙って受け取っちゃうんだっていうふうに、そういうふうに健三のほうは思う。で、細君のほうはお金を渡してくれるときに少しはいたわりの言葉を一緒に述べて、それで私にお金を渡してくれたら私だって優しい気持ちになれるんだけど、全然なんにも言わないでそれでお金を自分に渡すだけだって。これだったら私のほうは優しくなろうとしてもなれないんだって。この人はそういう人なんだっていうふうに細君のほうは思ってるわけです。つまり至るところでそういう行き違いみたいなものっていうのが起こるわけです。で、これも格別どこの夫婦だって似たり寄ったりなもんだって言えば、これも格別特異なところはないのですけども、ただ特異だといえるところは、つまり『道草』の描写によれば細君のことだけなんですけど、細君が何かといえば緊張が極まってくるとヒステリー症になってしまうっていうことなわけです。
それで、漱石の時代にはヒステリーっていうのは今ほどはっきりどういうもんだっていうことが分かられていなかったと思うんですけども、つまり『道草』の細君のヒステリー症で旦那の責任、つまり健三の責任とはいえないことが一つだけあります。それは、ヒステリー症について現在ならば分かっている、そのときは分かってなかったですけれども現在ならば分かっていると思われることです。それは何かって言うと、ヒステリー症の発作の場面っていうような、場面、あるいは症状って言いましょうか、それはどういうことなのかって言いますと、その人がたぶんあんまり自分でもあんまり気付いてない幼年時代にあった性的な体験です。つまり性的な体験ですから、たぶんあんまりいい体験じゃないんだと思いますけども、その体験の場面っていうのをなんらかのかたちで再現したものがヒステリー症における症状だっていうことは、一つ分かっているところだと思います。つまり漱石のころには分かってなくても、今は分かってることだと思います。つまり、そうするとそれはたぶん奥さんのヒステリー症っていうのは、たぶん奥さんのほうの幼児体験の何かと関わりがあるわけで、それは漱石自身にはどうすることもできない事柄であることだっていうふうに言うことができそうに思います。
で、漱石は全部細君がヒステリーになると、全部自分の責任だ。つまり小説でいえば健三自身が自分の責任なんだ、自分が普段いたわるっていうような気持ちにどうしてもなれないもんだから、その緊張が激しくなってくるとこういうふうに細君はヒステリーを起こしてしまうんだ、つまり自分が言ってみれば悪い、善でない夫であるからこういうふうになってしまうのだって。で、こういうふうになってくれたときに初めて自分は、なってくれたときだけは細君に対して和解することができるし、優しい気持ちになることもできるんだけども、そうじゃないときにはやっぱり自分のほうが細君に対して緊張を作っていって、細君がそれに耐えられなくなってヒステリー症を起こすんだっていうふうに作品の中で健三は、自分がそのときだけ反省するわけですけども、しかし今言いましたように、もう一つたぶんヒステリー症には原因があって、それは漱石のあずかり知らないって言いましょうか、全く知らない時代の奥さんの幼児における体験っていうので、それも体験っていうのもたぶん性的な体験なんだと思います。性的ないたずらをされたみたいな体験なんだと思うんですけども、その体験っていうのと関わりがあるので、そこは漱石にはたぶんどうすることもできなかったことなんだっていうふうに思います。つまりそこのところがこの『道草』っていう作品のクライマックスでもありますし、とても、つまり2人が仲がよくなれないっていうことのとても大きな要因の一つに、細君のそういう発作、ヒステリーの発作みたいなものが描かれていて、それは作品のいくつかの山場っていうのはそういうふうにできているっていうことが言えると思います。

10立体的な私小説

つまり、この『道草』っていう作品は大変、つまり言ってみれば私小説的なわけなんです。で、私小説的なわけなんですけども、いわゆる私小説作家が居るわけですけども、私小説作家が描く私小説的な小説にはなってないわけです。で、どういうところが違うかっていうと、言ってみれば立体感が違うんです。つまり漱石はこういう私小説的な素材を扱い、そして中に書かれている事実もほとんど間違いなく、事実関係だけ拾えば間違いなく自分たちの実生活上の体験っていうのを述べて描いているわけですけども、それにもかかわらずこの『道草』っていう作品は私小説作家の自己告白のって言いますか、告白を交えたそういう平面的なって言いましょうか、作品の世界にならないのです。つまりそれは漱石の力量って言えば力量なんですけども、あくまでもやっぱりこの『道草』っていう非常に卑近な日常生活の描写をやって、それで狭い範囲の近親とか夫婦とかの子どもとかっていう狭い範囲の描写しかしてないんですけども、それでもこの作品自体がお読みになった方はすぐにそれは気が付かれたと思いますけども、つまり私小説的でなくて、ちょっとやっぱり、立体感っていったらいいんでしょうか、立体感を持ってるわけです。
で、これはやっぱり漱石の隔絶した力量だっていうことにもなるわけなんですけども、ただ僕、ちょっと自分の考え方から、それは違う面で、なぜ立体的になってるかって、漱石のこの『道草』なんかは私小説的な素材であり、また自伝的な事実をたくさん使って、だいぶん使っているにもかかわらず、どうして立体的な作品というふうに感じられるんだろうかっていうことについてちょっと申し上げてみたいわけです。これは内容的にっていうよりも、文体的にちょっと言ってみたいわけなんです。で、いろんな言い方が、もちろんどこをとってもいろんな言い方ができるわけですけれども、一つ例を上げて言ってみますと、作品の中で健三、つまり主人公ですけども、つまり漱石らしい面影を持った人物ですけども、健三の留守中に訪ねてきた漱石の兄と、それから細君と、作品の中では長太郎っていう兄とそれから細君の御住ですけども、御住が漱石、つまり健三の留守中に訪ねてきて、2人で漱石との結婚のときの思い出って言いますか、それを2人で語り合う、しゃべり合うっていうところが例にちょっと引いて、文体的なそういう立体感っていうのが持てる理由っていうのを申し述べてみたいんです。
で、そこのところを取ってきましたから、つまり上げてちょっと読んでみます。作品の中では健三の細君の御住なんですけども、御住、それから健三の兄の長太郎なんですけど、それを2人の会話なんですけども。で、漱石たちの結婚式、あるいは健三たちの結婚式のときのことを言ってるわけですけども。

「雌蝶も雄蝶もあったもんじゃないのよ貴方。だいち御盃の縁が欠けているんですもの」

で、これは御住です。御住の言葉です。

「それで三々九度を遣ったのかね」

って、兄のほうなんです。

「ええ。だから夫婦中がこんなにがたぴしするんでしょう」
兄は苦笑した。
「健三もなかなかの気六ずかしやだから、御住さんも骨が折れるだろう」
細君はただ笑っていた。

っていう、もう少し続きますけど、そういうところがあります。して、普通ならばこういうふうになるわけです。つまり作者が居て、それで健三が居て、それでこの場合で言えば兄が居て、御住が居てって。それでたまたま健三は留守中であるわけですから、作者のほうから描写する場合には、例えば「兄は苦笑した」っていうふうに言う言い方をするでしょ。本当は「兄は苦笑した」って言い方じゃなくて、本当は要するに「健三の兄は苦笑した」って言わないと正確ではないわけです。それからそれを受けて「健三もなかなかの気六ずかしやだから、御住さんも骨が折れるだろう」っていうふうに言われて「細君はただ笑っていた」っていうふうに書いてあるわけですけども、この場合にも本当を言えば「健三の細君は笑っていた」っていうふうに書かれるべき位置って言いましょうか、場所であるわけなんです。で、ところがここの文体を見れば一つ、まず「健三の」っていう言葉が全部省かれているわけです。両方とも「健三の細君は」とか「健三の兄は」っていうのはほんとならば書かれなければ、健三の留守中に2人が話しているわけですから「健三の兄が」とか「健三の細君が」っていうふうに「健三の」っていうのを入れなければ厳密ではないわけです。だけれども、厳密じゃなくってもちろんいいじゃないかっていうことがあるわけです。つまり「兄は」って言ったっていいし「細君は」ってただ書いたっていいわけです。でもその場合に「兄は」って書き「細君は」って書いても、要するにそれは作者の場所から「健三の兄は」って言ってるのとおんなじ位置での描写でなくてはいけないっていうことだけは確かなわけです。つまり「健三の」っていう言葉を省くか省かないかっていうことは、これはどうでもいいわけですけど、どっちでもいいわけですけども、ただ省いても省かなくても作者が今、健三の留守中に健三の兄がやって来て、それで健三の細君と会話してるんだよっていう会話を作者が書いてるんだよっていうふうに書かれていなければならんことは非常に確かなことだと思います。
ところでもう1回読んでみましょうか。

「雌蝶も雄蝶もあったもんじゃないのよ貴方。だいち御盃の縁が欠けているんですもの」
「それで三々九度を遣ったのかね」
「ええ。だから夫婦中がこんなにがたぴしするんでしょう」
兄は苦笑した。
「健三もなかなかの気六ずかしやだから、御住さんも骨が折れるだろう」
細君はただ笑っていた。

っていうと、まだ通じないかもしれん(笑)。下手くそだから通じないかもしれませんが、要するにどういうことを言いたいかって言いますと、健三の兄と健三の細君が会話をしているところを描写してるっていう場所であるべきところなんですけれども、もっと、つまり描写の距離が詰まってるって言ったらいいんでしょうか。つまり身を乗り出した。誰が身を乗り出してるか分かんないですけど、文体自体は身を乗り出した文体なんです。兄と細君が話し合ってるっていうことが、話し合ってる場面がすぐにそこに即座に出てきちゃうくらいに、場所が乗り出した場所の文体だっていうことがとてもよく分かるんです。どうか、皆さんいつか読まれるときにそれを確かめてみてください。つまり、決して作者が健三の留守中に健三の兄と細君が会話するのを描写してるんだっていうふうにはなくて、もっと近いところから兄と健三の細君が結婚式のときのことを話し合ってるっていう、非常に接近したって言いましょうか、身を乗り出した場所の文体にこの文体が自ずからなっているんです。つまりこれはどういう言い方をしてもいいんですけど、つまり行動的な文体っていうふうに言ってもいいわけですけども、そういう文体でもって、つまり作者が居て、それで健三を描写し、健三の細君を描写し、健三の兄を描写しっていうようなかたちではなくて、もっと微妙に作者自身が乗り移ったっていいますか、乗り出した文体になってるっていうことがあるわけなんです。たぶん『道草』っていう作品が普通の私小説作家が自分の自伝的なことを書いたときの作品の描写のあり方、あるいは作品のあり方と違って、これがこの作品が立体感を持っている理由があるとすれば、描写しているはずの作者のほうが身を乗り出した場所っていうのに、自ずから文体自身がなってるっていうこと、そのことがたぶんこの作品、『道草』っていう作品を立体的なものにしているんだっていうふうにいうことができると思います。
で、これはさまざまなところからそれは、つまり内容的にももし探ろうとすれば探れないことはないんですけども、しかし一番肝心な『道草』っていう作品の否定っていう(?)特色って言いますか、それは行動的文体って言っちゃえばそうなんですけど、つまり作者の場所っていうのを混沌として身を乗り出させちゃうっていう、その描写の位置っていうものがこの作品を立体感を持たせている理由なんじゃないかっていうふうに思います。そうすると、そこのところはとてもこの『道草』っていう作品を見ていく場合にとても重要なことなんじゃないかっていうふうに思われます。

11 滅多にない夫婦の物語

で、漱石の奥さんの書いた『漱石の思い出』っていう、これは口述筆記をした本なんですけど、それを見ますと、終始一貫、そこでは奥さんのほうは自分のヒステリーの発作っていうことについては終始一貫なんにも書いていません。その代わり漱石の、要するに追跡妄想みたいなものについては大変詳しく書いてあります。ですから、『道草』っていう作品を読む場合に『漱石の思い出』っていう奥さんのそれを対照しながら読みますと、どっちがほんとで、あるいは両方ほんとなのかって。つまり真実っていうか事実っていうのはどこらへんにあるのかっていうのはとてもよく分かるような気がします。僕はやっぱり『漱石の思い出』っていう奥さんの本の中に、自分のヒステリー発作って言うことが書かれていないっていうか、別に文学者でないですから書かれてなくたってなんでもいいんですけど、いいっちゃいいんですけども、それはちょっといけない、おかしいなと思います。つまりおかしいなと思います。それは単に悪妻たる自分を隠蔽したいみたいなことっていうことだけじゃなくて、自分が持っていた資質っていうのがそこの中でどういう、つまり夫婦生活の中でどういう役割を持ってたかっていうことはやっぱり書かれていないと一面的なものしかないわけで、出てこないわけで、これは健三が割合に『道草』っていう作品の中で細君のヒステリーのところは大変よく書いてありますけど、詳しく書いてありますけども、自分の追跡妄想のところはあんまり書いてないっていうことと裏腹になるような気がします。
漱石が癇癪を起こすところは、つまり健三が癇癪を起こすところっていうのは書いてあります。ありますけれども、それはせいぜい庭のところに置いてあって、子どもが、娘さんが縁日かなんかから買ってきて育てていた草花の鉢があるんですけど、それを癇癪を起こして蹴っ飛ばして、縁の下に落として蹴っ飛ばして落として壊しちゃったっていう。それで、後で健三は、その後すぐに後悔するわけで。「何もこれは子どもの買ってきたものに何も当たることはなかったんだ、俺は」っていうふうに後悔はするわけですけども、大変すさまじいありさまで荒れ狂うところが出てきます。それで、出てきますけど、そのくらいなあれで追跡妄想的なっていうようなところはちっとも出てこないわけです。で、ロンドン時代のことも出てきます。それでやっぱりロンドン時代、貧しいって言いますか、少ない留学費を節約しながら生活していたんで、よくサンドイッチを店で買って、それをかじって公園の中ふらふら歩きながらそれをかじって、それで食事の代わりにしたとか、ビスケットの缶を買ってきて、それでそれをポリポリ食いながら、それでやっぱりごはん代わりにした体験とか、それから労働者たちが出入りする一膳飯屋で食事をするような体験があったっていうような、そういうことっていうのはやはり『道草』の中で描写されています。つまり子ども時代から青春時代、青年時代って言いますか、少年時代って言いますか、それまでの自分の心に引っ掛かってる体験っていうようなのはことごとく『道草』の中で出てきます。ただ要するに今言いましたように追跡妄想的な発作って言いますか、それについてはやっぱり漱石は『道草』の中では触れていないわけです。それで、だから先ほど申し上げました、ロンドンで乞食に銅貨をあげて、それで、そしたら下宿の便所の窓に銅貨が置いてあって、それは下宿の女主人が後をくっつけてきて、俺が何をやったかっていうのを見てたんだって。見て、それでそれをあれするために風刺するために置いといたんだ、みたいなふうに考えるみたいなことは『道草』の中では出てこないわけです。ですから『漱石の思い出』っていうのとこの『道草』っていうのを両方を突き合わせてみますと、本当の家族生活と言いますか、家庭生活のありさまっていうのはとてもよく浮かんでくるんじゃないかっていうふうに思います。
それで、それを仮に参考にしまして両方を照らし合わせるようにこの『道草』っていう作品を読んでみますと、この『道草』っていう作品が、やっぱり作品の出てくる夫婦って言いますか、つまり男と女っていうのは、これはやはり大変すさまじいもんだなっていう。つまりどのうちの家庭だって大なり小なりすさまじいんでしょうけども、しかしそのすさまじさっていうのは一般的に言えば資質的にって言いましょうか、資質的には救われているっていうことが多いわけです。ところが漱石の場合には資質的にどちらも病気だっていうふうに言ったほうがいいくらい、資質的な救いっていうのもそこには存在しないわけです。それから資質的な救いがないっていうところから出てくる、やってくる、ことごとく日常的な生活のあれで食い違ってしまうっていうようなこともどうしようもないっていう世界に落ち込んでいくわけです。で、こんなすさまじいことっていうのは人間、つまり非常にまれな場合、まれに1人の男と1人の女がまれな組み合わせで組み合わされた場合にはこういうことはあり得るだろうけども、これはやっぱり滅多にあることがないような非凡な夫婦の物語って言いましょうか、そういうふうに言うことができると思います。
それで、作品自体は先ほど申しましたとおり、自分を、過去のほうからやって来て、それで自分をもう一度付き合って付き合いを回復、交際を回復してくれとか、月々いくらかずつ困ってるからお金を貢いでくれとか、あるいは金を貸してくれとかっていうふうにせびりに来る養父に対して、最後にはもうとてもかなわないっていう感じになって、つまり手切れ金に該当するお金をやって、それで証文みたいな但し書きみたいなものを島田に書かせて、それで以後一切交際はやめにしようっていうようなかたちで過去からの影っていうのは解決してしまうっていうところで『道草』っていう作品を終えているわけです。それで細君のほうは「やっとこれでうるさいって言いましょうか、つきまとってた人からやっと逃れましたね」みたいなことを言うのに対しての、健三が「世の中に何一つ片づく問題なんてないんだ」っていうようなことを言うっていうところで、この作品は終わっています。
で、この作品は漱石にとっては非常に特別な、かつて、それまで書いたことがないような特別な作品で、本当の動機っていうのは分かりません。つまり分かりません。つまり『こころ』を書いてしまった後で自分の生い立ちとか資質とか、そういうようなものを洗いざらいぶち出して、それから自分と細君との関係みたいなものをそこではっきりと打ち出してっていうことをしてみたくなったっていうことであるのか、あるいはそれほどの意図性はなかったのかどうかっていうのは分かりません。ただ言えることは、『こころ』まではそうじゃないですけど、『道草』っていうのを書き始めてたときには、漱石は一種の疲労って言いましょうか、老いって言いましょうか、疲れって言いましょうか、そういうものを感じだした時期にあたっています。

12 漱石の絵と書

ですから、『道草』っていう作品もこの後の未完のまま終えました『明暗』っていう作品も、作品自体はなかなか一筋縄でなくて、また大変な深刻な場面っていうのは至るところに出てくるっていうような大変な作品なんですけれども、漱石はこの時代に入ったときに、一種の老いとか疲労っていうようなものを体験していて、この作品を書きながら、一方では絵を描いたり字を書いたり、字って書ですけども、書を書いてみたり、あるいは漱石は青年時代漢文の素養をたくさん蓄えていますから、それを発揮して漢詩ですね。普通の新体詩はあんまり、ほとんど書いてないんですけども、漢詩を書いて、一種の遊びなんですけども、遊びみたいなって言いますか、ゆとりみたいな、あるいは解放みたいなことをこの作品、『道草』『明暗』を書きながらそういうことをやっています。
で、漱石の絵はそんなによろしいとは思えないんです。それでよろしいと思えないし、また病的なところがあります。つまり、例えばだるまが船に乗って水の上を浮いてるみたいな、こういう、ちょっとこれは正気じゃないよっていうような、ちょっと異常だよっていうふうに思えるような絵がありますし、また決して上手ではないんです。絵っていうのは上手ではないと僕は思います。ただ漱石の書っていうのは、これは上手です。上手ですって、明治以降で僕、書の上手な文学者っていうのは2人、選んじゃえば2人居ると思うんです。つまり、それは1人は漱石です。それで1人は田山花袋です。で、この2人の書っていうのはちょっと文士が余暇に書をあれしてそれで書いたんだってとか、書を少し習って書いたんだっていうレベルではありません。つまりレベルではなくて、ちょっと大変なもんだと思います。つまり花袋と漱石っていうのは、書でいえば非常にちょっと専門家のレベルでしょうし、また別な意味で言うと専門の書家の持ってる臭みみたいなのがない、とてもいい書だと思います。つまり、これはとてもいいものです。それからついでだから申し上げますと、田山花袋っていう人の書は僕はいいと思います。田山花袋の書っていうのは、やはりちょっと、やっぱり文士の余技っていうレベルではないと僕は思います。もう少し入れると、あと与謝野晶子と、それから文学者といえないかもしれないけど芸術家でありますけど、高村光太郎とか、そういう人の書っていうのはちょっとずば抜けていいんじゃないかっていうふうに思います。つまりそれくらい余技ではありますけど、余技って言いながら、自分では遊びだっていうふうに言いながらやったもんですけど、とてもいいもんだというふうに思います。
それから漢詩ですけども、漢詩もとてもいいもんだと思います。つまり僕はよく分かりませんけど、漢詩っていうのはほんとはよく分かりませんけど、僕らでも「ちょっとこれいいぜ」っていうふうに、分からないやつが見ても「ちょっといいぜ」みたいなふうに言えるところがあります。で、もちろん専門家は随分高く評価してるように思います。例えば吉川幸次郎みたいな中国文学者はわざわざあれを書いてるくらいですし、注を書いてるくらいですし、大変いい漢詩なんだと思います。つまりこれもある意味では余技を超えているっていうようなふうに思います。それで人によっては「この『道草』とか『明暗』なんかよりもこっちのほうがいいぜ」って言う、「こっちのほうが作品としてって言いますか、芸術品としてはレベルが上だぜ」っていうふうに言う人も居るくらいです。それくらいいいもんです。でもこれは僕は漱石が老いっていうことと、それから疲れっていうことに近づいていったんだっていうふうに思います。
で、この時代の漱石がよく弟子たちの言い方で言いますと、則天去私って。つまり天に則ってわたくしを去るっていうのが自分の感じ方の理想なんだっていうことを漱石は弟子たちの集まり、木曜会の集まりのときにそういうことを言ったっていうふうに弟子が伝えています。で、それはこの『道草』『明暗』を書いたときに同時に裏っ側でって言いますか、裏っ側で書とか漢詩とかっていうのを書いていた漱石が自分の理想として描こうとしたところのような気がします。つまり天に即してわたくしを去るっていうことは、別な言い方をすれば、要するに運命っていうことに対して従順、つまり諦めたって言いましょうか、運命っていうものに従順でありたいって言いましょうか、従順になりたい。あるいは運命っていうものに対して自然に振る舞いたいっていうことを言っているんだと思います。

13「壁」を超えてしまうということ

で、この『道草』っていう作品は到底、この作品自体を取ってくれば、そんな運命に従順に振る舞いたいっていうことを振る舞えてる登場人物が出てくるわけでもなんでもありませんけども、ただ要するにそういうふうに振る舞いたいっていうふうな漱石が、自分が引きずってる過去って言いましょうか、それをどんどん総ざらいにさらって心の中で書き表してしまいたいって言いましょうか、そういうことから言えば運命に従順になるための一種の、別の意味合いの作業、つまり自己浄化の作業って言いましょうか、自分を浄化してきれいにしていくっていう作業として『道草』っていうのは書かれたっていうふうに言えなくもありません。
それで、先ほどからの、つまりヒステリー症が幼児の体験っていうことに、特に性的な体験っていうことと関わりがあるっていうふうなことが、今だったらそういう考え方をするっていうふうに申し上げましたが、それと同じようにパラノイア的な、漱石の追跡妄想的な感じ方、あるいはそういう考え方、あるいはそういう幻聴でそう命令されるとか、そういうふうに吹き込まれるって、そういう妄想形成ですけども、それはたぶん幼児期にもっとあれすれば、乳児期ですけども、乳幼児期の体験と関わりがあるっていうふうに、今ならばかなりよく分かってるんだっていうふうに僕には思えます。だから別に遺伝子的な病気であるかどうかっていうことは難しくて、今のところ分かってはいないと思うんですけど、ただ乳幼児期の育ち方っていうことと関わりがあるっていうことが言えると思います。そうしますと『道草』の中に描写されている漱石の乳幼児期の体験っていうことは、大変漱石のパラノイア的な妄想が発生してくるって言いますか、発作として起こってくる、そのことに大変関係が深いというふうに思います。
どういう関係の仕方をしてるかっていうのは一言で言っちゃいますと、要するに、つまり壁が低いっていうことだと思います。あるいは閾値が低いって言うんでしょうか。つまり壁が低いっていうことのように思います。つまり普通の人で普通の育ち方をして、例えば母親に少なくとも生まれてお乳を飲んで、母親のお乳を飲んで育っていって、それから離乳食でもって育てられて、で、育って、かわいがられて育ったっていう人の場合には、ある衝撃的なって言いますか、事柄に当面したときに、こんなつらいことに耐えられるだろうかみたいな事態に当面したときに、壁が高くて、高いからそれを越えておかしくなっちゃうっていうことが割合にあり得ないで、その壁が高くできあがると思います。その壁を作るのはもちろんが母親で、母親、あるいはそれに代わる近親が第一なんですけども、それが非常にうまく育ったとすれば、その壁は高くなってると思います。だから並大抵の苦しめにあったってたいていの人はおかしくなるっていうことは、たいていならないで引き返してるわけです。いつでも引き返せるわけですけども、漱石の場合には、つまり自伝的なところをもっと突き詰めればなおさらそうでしょうけど、なおさらよく分かるに違いないと思いますけども、要するに壁が低いんだと思います。低くなってると思う。だからちょっと衝撃的なことっていうのが、あるいはちょっと緊張っていうようなことが起こると、壁をすぐに越えちゃうことが起こり得るっていうこと。それからもう一つの、いわゆる同性愛的って言いましたけれども、つまり人間っていうものを全部均質な性として見てしまうっていう、そういうふうなかたちになるのもやっぱり壁が低いっていうことと関係があると僕は思います。つまりそこいらへんのところは漱石時代よりも今のほうが大変よく分かってきたところではないかっていうように思います。
でも少なくても漱石は、直接的には自分のパラノイアを作品の中では表しませんでしたけれども、作品で洗いざらし幼児の育ち方から青春、ロンドン時代の生活の苦しさみたいなまで、全部洗いざらし『道草』の中に描かれていますから、その描くことによって漱石はきっと自分の資質の作られ方っていうもの、遺伝的な資質は別としまして、育った以降、つまり生まれた以降の自分の資質の育ち方については、もうありったけ洗いざらし書いて描写してありますから、やはりパラノイアについて、自分のパラノイアについて描写したのとおんなじような意味合いは確かに『道草』の中にありまして、そこには自分のところだけは特に隠蔽したっていうようなことはないので。奥さんのヒステリー症だけ一生懸命描写してっていうようなこともないので、漱石らしさっていうのの総ざらいっていうのが近づきつつあるみたいなことが『道草』っていう作品でもって言えるのではないかっていうふうに思います。
つまりこの後に『明暗』っていう作品が来るわけですけども、『明暗』っていう作品はそういう資質の世界って言いましょうか、自分の宿命って言うのでしょうか、あるいは宿命に対する離反って言うんでしょうか、そういうものがどういうふうに形成されるのかみたいなことは、その次の『明暗』っていう作品にとてもよく描かれていると思います。
一応休憩時間が来ましたので、この時間の後に『明暗』は取っておくことにいたします。一応これで。

司会:
どうもありがとうございます。それではここで15分間ほどの休憩時間を取りたいと思います。

14 小説らしい小説

司会:
それでは、後半の講座を続けます。それでは先生、よろしくお願いいたします。

吉本:
最後に『明暗』っていう未完の作品が残っているわけです。で、この『明暗』っていう作品は未完であって、それで漱石自身は亡くなってしまったわけですから、いろんな意味合いで問題が多い作品です。それじゃあ『明暗』がもっと途中でやまんないで、それで最後まで書き継ぐことができたとしたらばどういう作品になるだろうかっていうようなことも、またさまざまな批評家が考察してみたり、また空想をたくましくしてみたりっていうようなことをやっておられます。それから『明暗』の続編みたいなものを書かれた人も居るくらいです。つまり未完のまま終えてしまったということがいろんなことを考えさせるわけです。
しかし未完のまま終えてしまったから考えさせるっていうことだけじゃなくて、『明暗』という作品のもう一つ特色っていうのを挙げるとしますと、漱石の作品にはだいたい漱石自身の分身と思われる人物が、主人物が出てきてっていうことがあったり、あるいはなんらかの意味で漱石の自己感情とか自己理念とかっていうものを、人物に感情移入してっていうようなことが大なり小なりあるわけですけれども、『明暗』という作品だけはそれがないわけです。つまりそれをしないで、ある意味では、だから漱石にとっては初めての小説らしい小説を書いたっていうふうにも言えますし、初めて、先ほどの則天去私みたいなことで言えば、初めて人間っていうのをどんな人間でも相対的な目で眺めることができる、一つの視点って言いましょうか、場所っていうのを漱石が獲得したっていうふうに言うこともできると思います。つまりたいていは自分で主要人物の中にだいたい身を乗り出してって、そして作品の中で活動しちゃうわけですけれども、『明暗』だけは明瞭に自分の影っていうのはどこにもないっていうようなかたちで、登場人物は全部平凡でちっぽけで、それで取りどころがないといえば取りどころがない人たちばかりを描くっていうこと。それからまた、取りどころがないって言わないで、誰でもそうだよって言いますか、ごく普通の人っていうのはそういうもんなんだよって言えば、普通の、ごく普通の人を描いていて、漱石らしいきちがいじみたって言いましょうか、病気の人も出てこないし、また非凡な人も出てこないしっていうような、それから神経症的な言動もしないしっていうふうなことで言えば、初めて漱石自身の影っていうのは作品の外に置きまして、そして相対的な人物を描いていくっていうようなことを初めてやった作品だっていうふうに言うことができます。だからそういう意味ではやっぱり大変漱石の作品の中で特異な作品だっていうことが言えると思います。
それから、もう一つはやっぱり漱石が技術的って言いましょうか、作品技術的に非常に円熟したときですから、作品としての破綻の少なさっていうことを言えば、最もいい作品なんじゃないかっていうことも言えると思います。つまり終わりまで行ってないのにいい作品じゃないかっていうふうに言うのもよくない、結論もそう簡単にはできないんですけれども、しかしこれはいい作品じゃないかっていうふうにも言うことができるんじゃないかっていうふうに思われます。つまり『明暗』っていうのはさまざまな問題を、新しい問題をはらんだ小説なんですけれども、残念なことに漱石自身がもう持病の悪くしまして、終えることができなくて亡くなってしまったっていう作品なわけです。
で、また僕が僕なりにもし書き継いでいたとしたらどういうことになるだろうかっていうようなことについて申し上げてみたんですが、具体的じゃないかたちですけども申し上げてみたいような気がするんですけど、この作品をどこでどう理解しようとするかっていうことがあると思います。これはまた人さまざまなわけですけど、僕は今日の『こころ』、それから『道草』っていうものの延長線って言いますか、連続線でもってこの『明暗』を理解しようとしたらどういうことになるかっていうところから入ってみたいと思うんです。

15 宿命-偶然と必然のあいだ

で、『明暗』の非常に冒頭に近いところ、二節目くらい、二節か三節目ぐらいだと思いますけど、三節目ぐらいのところにこういうところがあります。つまり漱石はポアンカレの偶然論っていうのを取ってきまして、つまり偶然っていうのはなんなのかっていうことについて、ポアンカレはさまざまな原因となるものが積み重なっていって組み合わされていって、偶然にある出来事ができるっていうことになるっていうことは間違いないんだ。だけども、どういうふうに、あまりに要因が多すぎて、原因が多すぎて、どういう原因とどういう原因とどういう原因とが積み重なったからこうなったっていうふうに言うことは言い切ることはなかなか難しいんだって。例えばナポレオンっていうのはどういうふうに生まれたかっていうと、それはある婦人の特定な卵子とある男の特定な精子とがたまたま一緒になったからナポレオンが生まれたんだ。して、じゃあある婦人っていうのはどうしてその夫人だって。それは違う婦人でなかったのかとか、その婦人だったとしたってその婦人がどういう体の状態にあったりとかどういう心の状態にあってとかっていうこと、これは違う心の状態だったらナポレオンにはならなかったかもしれないとか、そういうふうに考えて原因を分けていけば、1人のナポレオンがあるとき、ある年月に生まれたっていうこと自体の偶然性っていうのは、もちろん無数の数限りもない原因から成り立っていることは間違いない。けれども、それじゃあそれを全部数え上げるっていうことはできない。
じゃあ偶然っていうのはそういうもので成り立ってるのが偶然っていうことなんじゃないかっていうような論議をしたせいで、これは後の伏線になるわけですけど、津田っていう男性と、その細君であるお延っていう女性とがこの『明暗』の主人物、あるいは主格なんですけども、その津田はそういうポアンカレの偶然論をあれしながら、考えながら、こういうふうに言うところがあるんです。つまり、「自分と一緒になる」、言葉は違うかもしれないですけど、言うことはそういうことです。つまり「自分と一緒になるはずのあの女性が、どうして自分と一緒にならないで、あの別な男のところへ嫁に行ってしまったんだろうか。また、自分はこの女性と一緒になるっていうふうに思ってなかったのにこの女性と一緒になったっていうことは、一体どういうことなんだろうか」っていうふうに、そういう極めて抽象的な言葉で二節目か三節目で言うところがあります。つまり、後々まで読んでいけば「あの女性は」っていう、つまり「ほかに嫁に行っちゃった」っていうのは清子っていう女性なんですけども、それから延子っていう女性が津田と結婚した女性っていうことになるわけですけども、それを暗示的にそういうふうに言うところがあります。
つまりこの暗示っていうのをもう少し拡張しまして、つまり拡大解釈しまして、『明暗』っていうもののモチーフを一口に言ってみちゃったらどういうことになるかっていうことなんですけども。つまりそういうふうに考えて、そこの延長線で言うと、つまり本当の偶然っていうものの積み重なりっていうのがあるとすれば、もうそれは必然っていうことと同じになります。つまり偶然ばっかりが積み重なって、ほんとの偶然ばっかりが積み重なってる状態っていうのを考えれば、それは別の見方からすればもう必然的にそうなっちゃったんだよっていうふうになりますから。つまりまったき偶然っていうものはイコール必然なんだっていうふうに言うことができると思います。つまり必然っていうのはそういうふうにできてるんだって。そうすると、どうして普通偶然の積み重なりが必然にならないかっていうと、それは個々の人間が、あるいは個々の人物に意志があったりして、偶然に対して意志を付け加えて、偶然ならこうなるはずのところを意志して違うコースをたどってみるみたいなことだって。つまり人間と人間の関係とか人間の生き方みたいな場合には、偶然の要素のどこかに意志っていうものが、人間の意志っていうものが働くもんですから、偶然の積み重なりイコール必然なんだとかいうことが言えなくて、意志を働かせたり、あるいは成り行きに任せたりしていったらこういう生き方とこういうふうな物語ができあがっていったとか、こういうふうに生涯を送ったっていうようなことになるっていうことしか、人間の生き方の場合には成り立たないっていうことが言えると思います。
つまり何かって言いますと、意志っていうのが人間の場合には介在するから、偶然がそういう意志しただけ曲がってしまう偶然に付け加わってしまうわけですし、あるいは必然的にそういくはずだと思ってたのに、意志を強固に反対側に働かせたために必然がそれてしまったっていうような、そういうことっていうのになるわけです。ですから、人間の社会とか人間と人間との関係っていうのは偶然と偶然が積み重なってその間に意志が働いたりして、そしてある経路をたどっていくっていうようなことにいつでもなっていって、人間が排除した場合、出来事だけであって、人間が排除されたときに言えるような、つまりもし偶然ばっかりが全部重なったらそれはもう必然って言っていいんだよって。必然とおんなじこと、イコールなんだよっていうような言い方のところにはなかなかいかないわけです。ですから、そうすると人間の運命って、もし運命とか宿命っていうようなものがあるとすれば、いつでも偶然と必然の間にあって、どうして相対しちゃうかって言えば今申し上げましたとおり、あるとき意志を反対に働かせたり、偶然に何かを加えるように働かせたり、あるいは反対側にいったりとかっていうふうに意志を加えるために人間の運命っていうのはいつでも必然と偶然のちょうど間のところで過ぎていくって言いますか、経過していくっていうようなことになっていくと思います。

16 作品のモチーフ

で、もしこの『明暗』っていう作品をそういう見方からしていきますと、この『明暗』っていう作品の中で最も強い意志を働かせて、ある場合には人を曲げてしまうし、登場人物を曲げてしまうし、ある場合には登場人物を仰天させてしまうし、あるいは驚愕させてしまうし、ショックを受けさせてしまうっていうような役割をする人物っていうのを挙げるとすれば、第一に吉川夫人っていう津田の上役の奥さんなんですけども、吉川夫人っていうのが非常に強固な意志力って言いますか、人を操る、つまり登場人物を操る力を発揮していると思います。それからもう一人挙げるとすれば、小林っていう人物です。
で、この小林っていう人物は津田の学生時代からの友達なわけですけども、ちょっと津田のような、作品で言えば上流社会と書いてありますけど、上流社会に自分の生活圏を持ってる人物じゃなくて、下層社会に、あるいは下流社会に自分の基盤を持ってるって言いますか、自分の生活圏と生活の感じ方を持ってる、そういう人物で。それでいつでも津田に対しては一種の、『道草』でいえば養父の島田とおんなじで、いつでも津田に対して一種の罪障感って言いましょうか、いつでも津田を引っ張ったり嫌な感じにさせたりっていうような、あるいはねちっこく絡んできたりっていうような、そういう役割をする人物が出てきますけども、この小林っていう存在が、たぶん偶然と必然との戯れに対して、登場人物の偶然と必然、特に津田と細君とであるお延の偶然と必然に対して、ある力を与えてしまう役割を作品の中ではしているように思います。
で、小林はどういうところでそういう力を持ってるかって言うと、一つは小林っていう学生時代からの友達は、津田がある特殊な病気のために近所の医者に通っていたことを知っているっていうこと、というふうに書いてあるんです。ある特殊な病気のためって書いてあるんで、うっかりすると読み過ごしちゃうんだけども、そう書いてあります。で、これはなんのことだろうかと思うんですけど、僕は、僕の勘ぐりかもしれないんです、これは性病じゃないのかなっていう気がするんです。つまり津田が性病にかかって近所の医者に行ってたっていうことを知ってるっていうふうに解釈するべきなのかなって思うんです。これは僕も「お前の勘ぐり方っていうのはいつでもそうか」なんて。「お前」って困るんです。これ、精神の病っていうふうに考えてももちろんいいわけだと思うんですけど、僕はそれなような気がします。それで、津田はそれを知ってること、それがあるっていうこと、つまり自分は津田の弱みっていうのを俺は握ってるみたいな、あるときにはそういうふうに出てくるわけです。だからそれでもって、例えば津田の細君のお延さんって人が居るんですけど、津田が入院中にそのお延さんのところへ行って「津田から外套、オーバーをもらうっていうふうになってるから奥さんそれを出してください」って言うんだけど、ものすごく押し付けがましく、自分は津田の昔のことをよく知ってるみたいなことを言って、お延さんって人を怯えさせるっていうような役割っていうのをしたりします。それから、何かといえば「お前は要するに生活の苦労をしないで」、津田に対しては「生活の苦労をしないから下層社会に同情がない」とかっていうようなことを言って津田に絡んでくるってような役割をしてきます。
つまり漱石の作品に一種のさわりっていうんでしょうかね、一種の罪障感みたいなものとして出てくる人物が居るわけですけども、その人物の一種だっていうふうに考えれば、この小林っていう人物の存在っていうことは津田とお延さんの偶然と必然の掛け合いって言いますか、それに対して違う、ある働きを与えてる人物だっていうふうに、作品の中ではそう考えることができると思います。漱石はそれほどに考えてなしで、小林に対してはそれほどな重さを置いてなかったかもしれませんですけども、これは読者として考えますと、この小林っていう人物の持ってる気味悪さって言いますか、気持ち悪さって言いましょうか、罪障感って言いましょうか、それはかなり重要な意味合いを津田とお延さんの運命に対して与えているっていうふうに理解するのがいいような気がします。
それで、もちろんそれよりももっと大きな役割をしているのは吉川夫人っていう人物だと思います。それで吉川夫人、かつて、例えば津田が清子という恋人が居るわけです。それで、その恋人は吉川夫人に紹介され、そして吉川夫人が近づけるようにしつらえてくれて、それで一緒になって恋愛状態になって、あるところまで行くんですけども、突然清子っていう存在は津田に黙って、それでほかの男性と結婚してしまうわけです。で、津田はそれがどうしてなんだっていうのが分かんなくて引っ掛かっているんですけども、半年も経つとまた違う女の人が好きになって、それはお延さんなんですけど、それでお延さんと結婚しちゃう。で、もう1人、なぜその清子っていう女性が津田にも吉川夫人にも何にも言わないでほかの男と結婚しちゃったかっていうことに対して、吉川夫人っていうのは責任を感じたり、やっぱり不信を感じたりしてるっていうようなことがあるわけです。
で、吉川夫人の性格っていうのは上役の夫人、上役の奥さんで、で、年下の男性をさばくことがとても好きで巧みな、そういう女性として設定されています。で、もちろん女性がもし性っていうことはエロスっていうことですけども、エロスっていうことを女性が意図的にとか作為的に使うとすれば、要するに母親型になるか、あるいは娼婦型になるか。つまり商売女的になるか、どちらかしか、性を作為するとすればどちらかになると思いますけど、この吉川夫人っていうのは典型的に母親型の役割をしながら自分の性っていうのを作為するわけです。作為し、また解放するみたいな、そういう性格を持っていて、それで津田は程よくそれにあしらわれたり従属させられたりして操られるって言いますか、さばかれているっていうような、そういう感じ方になります。で、やはり吉川夫人っていうのはそういう性格で、津田の前の恋人も斡旋するんですけど、そしてその恋人は違う男と結婚して逃げてしまう。で、お延さんっていう人と津田との恋愛が起こってくると、それもまとめ役には自分がなっていって、そのまとめ役を相務めるっていうふうになるわけです。
ところで、やっぱり吉川夫人っていうのは興味深い性格だっていうことは、それでいてとても、やっぱり作為的な性っていうか、悪魔的なところがあって。お延さんっていう津田の奥さんになった人に対して好意を持ってなくて、その女性をやっぱり自分の思いどおりなふうの型に入れてしまって、それでわがままなんか言わせないっていうふうなかたちに、そういうふうに、お延さんに対してはそういうふうに持って行きたいっていうような、そういう作為っていうか無意識の作為なんですけど、それがまた働く。それから津田に対しては「お前は前の恋人がどうして自分から離れていったかっていうことに対して充分確かめもしないうちに、もう次の女性に飛び移って、そしてその女性と結婚してしまった。で、前の女性に対してもうなんの関心も持たないのか」っていうふうに津田をまたけしかけるって言いますか、また津田にそういうふうにして、津田自身を不安にさせるわけです。すると津田は自分でも疑問に思ってるっていうことがあるところを吉川夫人にそういうふうに言われると、やはり動揺して、吉川夫人がしつらえて、それで「清子っていう前の恋人が温泉場へ行って湯治してるのを知ってるけど行ってみて、どういう加減で自分を離れたかっていうのを確かめてみる気はないのか」みたいなふうにけしかけて、それで津田をそこへ行かせるみたいなことをやってしまうわけです。
で、結局それじゃあ吉川夫人っていうのは何をしたい、津田に対して、あるいは津田とお延さんに対して何をしたいかって言えば、要するに、ただ要するに不安にさせて、そして引っ掻き回して、それでもしかしたら本当の無意識のそこのまんまで探っていけば、本当は2人を離反させ、また別れさせてしまってむちゃくちゃにさせてしまうっていうようなことが本当は無意識の願望なのかもしれないっていうふうに漱石の作品は描いています。ですからこの吉川夫人っていうのが『明暗』の中で津田とお延さんの運命に対して意志的な作用を及ぼすとすれば、この吉川夫人が最大の作用を及ぼす人物だっていう人物として設定されてるっていうふうに言うことができると思います。
この2人の人物が居るために、津田とお延さんは偶然の積み重なりがそのまんま自分たち夫婦の自然な運命になっていくっていうような、そういう波立たない平穏な生活に行くことができなくて、いろんなかたちでお延さんと津田の関係っていうのは大荒れに荒れていくっていうようなことが作品の全体を通してのモチーフだっていうふうに思います。
それで、それを作者はどういうふうに、漱石はどうさばこうとしているのかっていうのは、ちょっと中途で途切れていますから、なかなか推測以外に言いようがないのですけど、少なくともそういう見方をすれば津田とお延さんの偶然と必然との兼ね合いっていうものに対して非常に大きな役割を、影響を吉川夫人とそれから小林っていう人物が与えているっていうようなことが、この作品について言えるところじゃないかっていうふうに思います。

17 『明暗』のクライマックス

で、もう一つ申し上げますと、『明暗』っていう作品は漱石が初めて女性と女性とのぶつかり方と言いますか、関係の仕方っていうのがどういうふうになっていくかっていうことについて初めて漱石がある種の自信を持って描いた最初の作品じゃないかっていうふうに思います。
つまり作品の場面で申し上げますと、場面のクライマックスの一つにお延さんと津田の実の妹であるお秀とが、お延さんがお秀のところを訪ねて行って、2人で問答をするところがあります。つまりどこが問題んのかって言いますと、つまりお秀さんっていうのは父親から津田に月々送ってくる生活費があるわけですけども、その生活費が津田が入院した時期に途絶えてしまうわけです。それで父親が津田に対して約束を守らないっていうことで怒り狂っているわけですけど、で、津田の妹を介してしか何か言ってこない。で、妹は兄である津田を経済的に助けてあげたいっていうふうに思っているわけなんですけど、助けてあげる条件としては津田が自分、つまり自分たち、いや、お秀さんっていうのにはお金持ちの旦那さまが居るわけですけど、自分たち夫婦に頭を下げるって言いましょうか、感謝の気持ちを表すっていうようなことがあるんなら、自分ら、生活費の援助をしてもいいと思うわけですけど、津田のほうはそんな気はないって。もし援助したくて置いていくっていうんなら置いていけっていうようなくらいの態度で臨むもんですから、お秀さんが怒ってしまうわけです。で、それをなだめるためにお延さんがお秀さんのところへ行くわけですけど、そこで問答が起こります。
一つは要するに経済的な援助の問題っていうことがあるわけですけども、それは、その経済的な援助の問題では、お延さんが自分を養育してくれた岡本っていうおじさんが居るわけですけど、おじさんからお金をもらってて、それで「それがあるから別にあなたがくれなくてもいいんだ」みたいなことで突っ張ろうとするわけです。そのことが一つと、それからもう一つは、要するにお延さんは津田が自分と結婚する以前に好きな女性が居て、その女性がなんとも分からないかたちでほかの男性と結婚してしまったっていういきさつがあり、それは吉川夫人っていうのが関与してるっていうような、そういうことっていうのを全く知らないわけです。全く知らないんですけれども、お秀さんの口の端々とか、吉川夫人の言うことの口の端々とか、それから津田の物腰、態度っていうようなところから、何か事件が以前にあって、それは自分は知らないんだって。だけどももしかするとそれは自分を排斥するために何か周囲で、津田も含めて周囲で何か事が運ばれているんじゃないかっていうような疑いを持ってるわけです。で、その疑いをやはりお秀さんにひとりでに言わしたくて、それでそういう問答を仕掛けるわけですけども、なかなかお秀さんのほうはそれに乗って「実は兄にはこういう恋人が居た」みたいなことを一切言わないで隠すわけです。で、その場合にお秀さんとお延さんの間で起こす二つのことを軸にした問答があるわけですけども、その問答はやはり大変白熱している問答なわけで、漱石が大変力を入れたクライマックスの一つだっていうふうに思いますけど。ただ、要するにいかにも作り物だっていう、作り物の問答だっていうふうにしか描かれていません。でも白熱する度合いで言えば、大変な白熱する度合いで、お延さんとお秀さんは言い合いをしたり、駆け引きをしたりして、腹の探り合いみたいなことをやるっていうところが実に見事に描き出されています。
それからこういうクライマックスっていうのがいくつかあるわけですけども、この『明暗』にはあるわけですけど、もう一つのクライマックスはお延さんと、それから結婚以前に育てられていた、養育されていたおじさんの岡本っていう、お延さんをかわいがって養育してくれたおじさんが居るわけですけども、そのおじさんとの間の問答っていうのがとても白熱したクライマックスなんです。で、それは岡本っていうおじさんは津田が好きでないわけです。なんとなくうさんくさいっていうふうに思ってるわけなんです。ですから「あんな男がいいのかね」っていうふうに心の中では思ってるわけです。ところがお延さんのほうは、そういうふうに「あんな男がいいのかね」ってそういうことを岡本、おじさんに言われちゃうと、本当はどっかでは何か自分の分からないことが津田の中にはあるっていうような、そういうふうに思ってるところを突かれるものですから、そこではショックを受けてしまうわけです。それで、それだけれどもお延さんは一つの確信を持っていて、で、自分が愛情を津田に傾ければ絶対に津田が今どう思っていようと、自分のほうに津田の愛情は全部傾いてくるって。また、そういうふうにさせないではおかないっていうふうにお延さんはそう心の中では思ってるもんですから、つまり実際よりも自分は津田に愛されてるっていう印象をおじさんに語るわけです。つまりおじさんにはそれだけの、津田からはちょっと分からない冷たさを感じてるんだっていうようなことをおじさんに言うことができなくて、それで「自分は愛されてる」っていうふうに、あくまでも岡本っていうおじさんに言おうとするわけです。それでおじさんのほうは、なんとなくそうじゃないところがあるんじゃないかっていうふうに、「分かるような気がするんだけどもこういうものはどんなことにも効くんだよ」っていうような、「どんな場合にも効くんだよ」っていうようなことを言って、密かに小切手をお延さんに黙って渡してくれたりするっていうようなことをするわけです。で、そのお延さんが必要以上に、実際以上に津田から自分は愛されてるんだっていうふうにおじに言おうとして、岡本に言おうとして、岡本のほうでは本当はそれほど愛されていないんじゃないかとか、津田という人物はちょっとおかしいところがあるんじゃないかっていうようなふうに思っていて、実際とは違うんじゃないかっていうふうにいうことを岡本のほうはお延さんに言わせよう言わせようとするんですけども、お延さんのほうはそれを言わないで「津田から愛されてる」っていうふうに思ってるわけです。つまりお延さんは津田に何かあるんじゃないかっていうことを中心に岡本とその問答を交わすところがあるんですけど、それはやっぱり白熱したクライマックスだっていうふうにいうことができると思います。
で、その『明暗』のクライマックスっていうのはもう一つ終わりのほうにあるんですけど、終わりに近いところにあるわけですけども、それは吉川夫人が、要するに津田が入院してるときに病院にやって来まして、やって来ましたところで、要するに初めて、これは記述の文章として、つまり地の文として、要するに「津田には以前清子という恋人があった」っていうような、それで「それはなんとも理由が分からないあれで遠ざかっていって、そして違う男と結婚してしまった」っていうようなことが、初めて吉川夫人が津田の病院に見舞いに来ると、回数で言えば100回をもうはるかに超したところで、初めてそういうことがあからさまに記述されるわけです。そして、その記述されたところで吉川夫人は要するに「あなたは、要するに病気が治ってから静養のためにどっか温泉場へ行く気持ちはないか。そこには清子っていうのが今行ってるはずだ」って。「だから行って、で、どういうわけで自分から離れたのかっていうようなことを確かめてみるっていうようなことをやる気はないか」っていうようなことを吉川夫人は津田にけしかけるって言いますか、津田に言うわけです。
して、僕は漱石が吉川夫人に与えているさまざまな性格が、ちょっと複雑な性格があるわけですけども、この複雑な性格の女性っていうのは漱石にしてみれば初めて描いたものですし、また大変見事に描かれていると思うんです。つまり見事にっていう意味合いは、読む者にとってさまざまな解釈可能性を持てるように描かれていると思います。つまり吉川夫人っていうのは、つまり前の結婚に津田が失敗したのはやっぱり自分のせいなんだっていうふうに思っているところがあるかと思うと、またそういうふうに過去のことをほじくって、それで「温泉場へ行って昔の恋人が湯治に来ているからそこでどういう理由で自分から遠ざかっていったのかっていうことを確かめてみる気はないか」っていうふうに言うわけです。もちろん津田のほうは確かめたって今更どうなることもないっていうふうに思っているわけですけども、吉川夫人の言いつけに従わないっていうことは、功利的な意味じゃなくて、っていうのはつまり、会社で上役の奥さんだからそれをないがしろにすれば自分は職場で困ってしまうみたいな功利的な意味じゃなくて、むしろ性的な意味で、つまり性的な意味で吉川夫人の言いなりになっていくより仕方がないみたいなふうに、吉川夫人の性的な悪魔性って言いましょうか、作為性って言いましょうか、そういうのがまた描かれていると思います。
ですから本来的に言うと吉川夫人っていうのは大変大きな役割をしてるんですけど、その役割っていうのは一体なんなんだって。つまり津田とお延さんという主人物を錯乱させるために、あるいはこの仲を崩してしまう、壊してしまうためにあるのか、あるいは壊してしまって、じゃあどうするのかって。で、壊してしまったら自分が津田を自分の言いなりに、男として性的に扱いたいからそうしたいのかっていうとそんなこともないみたいなかたちで、大変複雑な心の働かせ方と、それから言動とをやるっていうのが吉川夫人に与えられてる精一杯の性格だと思います。この性格はとても興味深いんですけれども、とてもある意味で類型的だって言えば言えるので、やはり女性の中にもし性っていうものが作為的に入ってきた場合には、どうしてもそういうふるまい方になるか、娼婦的なふるまい方になるか、どちらかになるんだろうなっていうふうに僕らには思えますから、そういう意味合いで言えば典型的な女性の描き方だって言えば描き方なんですけども、かなり複雑な役割っていうのを吉川夫人に与えているっていうふうに思います。

18 匿名の読者からの批評

で、『明暗』という作品について漱石自身が触れているのが一つあると思うんです。それはどういうことを言ってるかというふうに申しますと、『明暗』が連載されていたときに匿名の読者の人から文句が来るわけです。批評が来るわけです。で、その批評に漱石は答えるかたちでちょっと書いてるわけですけども、それはどういう批評家っていうと、要するにこの『明暗』っていう作品で主人物は津田とお延なんですけど、主人物っていうのは、つまりある章まで津田が主人物、主格として記述されている記述の文体を取っているかと思うと、ある章から後、また今度はお延さんが主格であるっていうかたちで、それで描写が行われる。で、またある章まで来るとまた津田が主人物であるかのごとき記述の仕方をしてると。で、こういう記述の仕方っていうのは、つまりそうは言ってないんですけど、そういう意味だと思いますけど、つまり小説として、小説作品として反則じゃないかっていうふうな意味の批評が来るわけです。反則じゃないかっていうふうに書いてないですけど、僕は反則だ反則だっていつでも思ってるもんですから、反則じゃないかっていうふうにいう意味合いの批評が来るわけです。で、それに対して漱石は「確かに指摘されるとおり、ある章ではお延が主格の人物であるっていうような描写の仕方をしてる」と。「またあるところまで来るとまた津田が主格の人物であるがごとき記述の仕方をしてる。それは確かだ」と。「確かにそうした」と。「しかし自分はそういう転換に対しては、大変自分なりによく考えてそれをやってるつもりだ」っていうふうに漱石は、そういう匿名の批評に対して漱石はそういう答え方をしています。
つまり、これ、今でも皆さんがよく気を付けてご覧になると、現在の作家でもそういうことをやる人が居るわけです。つまり第一章は、つまりある人物が主人公で、彼はこうこうこうこうしたって。で、そしたら向こうからなんとかが来たとかいうふうにやったかと思うと、次の章では全然違う人物が主人公で、何子はこうこうこうこうしたっていうふうになってて、また次の節ではまた違うやつが主人物になってっていう記述の仕方をして、それでその間に記述調の連関です。つまり内容上の連関はいずれにせよ同じ一つの作品の中だからどっかでつながるに決まってるわけですけど、そうじゃなくて記述上の連関っていうのをなしにそういうことをやる作品、やった作品っていうのに、ときどき、注意してご覧になれば出会うことがあります。で、これは僕に言わせればそれは反則だっていうふうに思います。つまりこういう記述の仕方は反則なんでって言うけど、よく専門の作家の癖によくもこういうことするなっていう、そういうのがあります。今でもあります。
で、なぜ反則かっていいますと、文学作品っていうのは少なくとも漱石の時代でもいいし、現在でもそうなんですけども、つまり近代小説の文学概念でいえば、一種それが作品の中に登場する、しないとか、そういうことにかかわらず1個の自我のあるって言いますか、個性ある1個の作家が個に居まして、その作家がさまざまな登場人物を登場させるような作品を書くっていう、書くんだっていうことは事実問題として全く疑いの、連作でも違う、数人の作家が連作をやるっていうことを意図的にやるんじゃない限りは、それはもう決まってるわけです。つまり言わないでも決まってるわけです。また、そういうふうに論じなくても、つまり作家っていうのを論じなくても作品だけを論じたって何したっていいんですけども、要するに1個の作家が居て、そしてその人がいろんな登場人物を登場させて物語を書いてんだっていう、この場所っていうのはリアルに絶対に動かせないわけなんで。動かせないと思います。つまりそれ以外に小説概念っていうのは成り立ちようが、近代的な小説概念は成り立ってないと思うんです。
そうすると、やっぱりある章はある人物が主格になって、その人物の行いと言動でもって描かれて、そして次の章行ったらまた今度は違う登場人物が出てきて、それでその人が主格になって、その人の言動が物語を紡ぎだしてっていうような、そういうやり方をするっていうことは、その書かれた作品と、1人ここに作家っていうのは確実に居てっていうことと相矛盾するわけです。ですから、それはもう反則だっていうふうになるわけです。そしてこの反則はもちろん、いわゆる通俗小説って言いますか、読み物小説の中では割合に平気で行われるんですけれども、そうじゃなくていわゆる近代文学である近代小説の概念を、自分は本筋として確実に守ってるんだっていうふうに思ってる作家の作品の中でそれがしばしばぶつかることがあります。場合によってはそれが、そういう作品が賞をもらっちゃったりしていることもあります。
で、僕はそれは反則だっていうふうに思うわけです。つまりそれは反則なんだって思うんですけど、つまり匿名の読者、漱石の『明暗』に対して反則なんだっていうふうに言葉は使わないですけども、あんたの小説は、『明暗』っていう小説はつまり、ある場所っていうのは具体的に言ってもいいわけですけども、つまり例えば44章までは津田が主人公で、津田がこれこれこうしたって、病院から出てこうしたみたいな、そういう書き方をしているかと思うと、45章ではお延はこうしたみたいなふうになっちゃうような、なっちゃってるじゃないかって。で、またそれで過ぎていくとすると、また92章ぐらい来ると、また今度は津田が主格になってきて、津田はこれこれこういうふうに考えてこうしたとかっていうふうにまたなってるじゃないかって。つまりこれはおかしいじゃないかっていう指摘を匿名の読者がしていまして、それに対して漱石が答えているところがあります。つまり「おっしゃるとおりだけど、自分は大変工夫をしてる」っていうふうに言ってるわけです。
例えば工夫っていうのは簡単にいくつかに類型的に分けることができます。一つは、例えば内容上にちゃんとつながりが付けるようにしてありますよっていうことが一つです。例えば読んでみましょうか。45章のところで津田からお延さんへ主格が移るところの最初のところですけども、

手術後の夫を、やっと安静状態に寝かしておいて、自分一人下へ降りた時、お延はもう約束の時間をだいぶ後らせていた。

っていうふうに45章目は始まるわけです。つまり言ってみれば、漱石が言いたいことは「俺はちゃんと津田を眠らせてきたじゃねえか」って。つまり作品の中で眠らせてちゃんと来たよっていうように、つまり病院で眠らせてちゃんと来たからこれからお延さんが主格の文章になったっておかしくないでしょうっていうことを一つ言ってると思います。で、そうは言ってないんですけど、それを分けますとそういうことになると思います。

19 『明暗』の記述と主格

それからもう一つ違う続き方をやってるところがあります。それはやっぱり、91章から92章目、つまり主格がまたお延さんから津田へ移るっていうようなところで典型的にそれをやってるところがあります。それは例えばどういうふうにやってるかっていいますと、ちょっと申し上げてみますと、91章のところで、これは91章の終わりのところです。最後の文章です。つまり、

お秀がお延から津田の消息を電話で訊かされて、その翌日病院へ見舞に出かけたのは、お時の行く小一時間前、ちょうど小林が外套を受取ろうとして、彼の座敷へ上り込んだ時分であった。

っていうふうに91章を終わらせています。
そして92章の初めは、

前の晩よく寝られなかった津田は、その朝看護婦の運んで来てくれた膳にちょっと手を出したぎり、また仰向になって、昨夕の不足を取り返すために、重たい眼を閉っていた。

っていうふうに、そういうふうに92章は始まって、津田が主格の文章に移っています。そうすると、これは内容上はスムーズなつながりは何もないわけです。しかしこの91章の終わりのところに、例えばお秀がお延から津田の消息について、つまり津田が病院に入院していますっていう電話を聞いて、その翌日に病院に見舞いに出かけたと。そのときにお時さんっていうのは何かっていいますと、お延が雇っている女中さんみたいな人です。それで、留守中に小林が旦那から外套をくれるっつったんだから外套を渡してくれっていうふうに留守中に小林がやって来るんですけども、あまりに強引な言い草なんで本当かどうか分からないから待っててくださいっつって、急いでお時さんを病院へ寄越すっていうことですよね。で、

お時の行く小一時間前、ちょうど小林が外套を受取ろうとして、彼の座敷へ上り込んだ時分であった。

っていうふうに、やはり91章の終わりのところでだいぶいろんな人の時間を1カ所に溜めているっていうことがいえます。つまり1カ所にいろんな、お時さん、それからお秀の見舞いに来る来ないっていうようなこと、それから小林が外套を受け取ろうとしてるかしてないとかって、これはお延さんの家です。つまり津田の留守宅です。そこのことなんですけども、つまりその小林とかお時さんとかっていう、お秀さんとかっていう、その三者三様の時間を全部そこの中に同じ場所に落とし込んで溜めてあります。つまり三人三様の時間をそこに溜める描写をしています。そうしといて、92章の

前の晩よく寝られなかった津田は、

っていう具合にお延さんから主格を津田に移すっていう文体から始まっています。つまり漱石が、いや自分なりにそういうふうに書き方をしてるけど、自分なりに工夫をしておりますっていうような言い方でもって『明暗』について触れているのは、言ってみれば分類してみれば、一つは内容上をスムーズに主格が移れるようにしてあるっていうことで、自分は工夫したっていうことと、それからもう一つは、やっぱりいろんな人の時間が同時にそこに溜まり込んでいって、なんとなくそれはひと区切りだっていうことは描写の中でやったうえで、それで次に主格を変えてお延さんから津田のほうが主格の文章に移ってると。つまりそれだけの工夫っていうのは自分がちゃんとやってるっていうのが漱石の言いたかったことだっていうふうに思います。
つまりどんな工夫をしたかっていうことは別段書いていないんですけども、分類してみればそういうところが漱石が主格を変えて、一つの作品の中で主格を章ごとに、章ごとじゃないんですけど、章が移っていくごとにいつの間にか変えちゃっているっていうのは、そういう文体の取り方をしてるっていうのは、そういうところが『明暗』っていう作品の大変特異なところだっていうふうに思います。
で、これはなぜそういうことをしたんだろうかっていうことは、大変めんどくさいことで、一つはやっぱりくたびれたんだよっていうことが言えるのかもしれないような気もします。それからもう一つは、やっぱり一種の漱石のこの作品全体に言えるんですけども、一種の行動的な文体って言いましょうか、つまりスタティックに、作者がここにでんと座ってて、それでこれが登場人物はこれこれこういうやつが居て、これこれこういうやつをこういうふうに動かしてやろうと思って、そういうふうに客観的に小説を作ってるっていうような意味合いではなくて、漱石の場合には自在に作者っていうものを登場人物の中に部分的にねじ込んでみたり、または地の文の中にねじ込んでみたりとか、つまり大変行動的な文体を取っているっていうことが、そんなにこの、こういう主格を章によって変えてしまって描写してても全然おかしくない、つまりどれを主人公に描写し、主人公をちょっと変えてしまっても、そこの中を貫いている構造的な文体の響きっていいましょうか、そういうものはちっとも変わらないんだっていうことについて漱石は自分なりのあれがあって、自信があってそうしてるっていうことかもしれません。
つまりそれはいかようにも言えるわけですけども、この種の工夫なしに現在でも平気で小説の中で主格を変えて、章ごとに主格を変えて、それで小説書いたりする人居ますけど、それはちょっと違うと僕は、それはちょっと小説の反則であるっていうふうに僕には思えます。当然漱石の『明暗』の場合にも当然それは問題になったらしくて、そういう匿名の表現がやってきています。
それで漱石はやっぱり、多少はやっぱりそういうふうに言われてぎょっとしたところもあったらしくて、つまり「あなたは匿名だけど何者であろうか」みたいな、いうようなことをその中で書いてるところがあります。っていうことはやっぱり、相当言われたなっていう感じっていうのはあったんじゃないかっていうふうに思います。
でも漱石はそんなに、つまり言ってみれば文学の神様ですから、へまなことはちっともしてないっていうことはしてないわけですけども、そういう問題っていうのは『明暗』を見ていく場合にとても面白いんじゃないかなっていうふうに思います。
つまり、これ最後まで言いますと6回ぐらい、『明暗』の途中までですけど、6回ぐらい主格がお延さんと、それから津田とが変わっています。そして6回ぐらいあります、それは。それで変わるごとにやっぱり一種の工夫がしてあるし、またある意味での大変、物語上の、つまり筋書き上のある意味合い、転換の意味を持ってるっていうようなことにちゃんとしてあります。

20 『明暗』を書きつげばどうなったか

それで、だんだん『明暗』っていう作品の結論じゃなくて、終わりに近づいてくるわけですけども、『続明暗』っていう試みなんかもあるように、一体それじゃあ、これ以上漱石が『明暗』を書き継いでいったら一体どういうことになるだろうかっていうことは、ある意味で大変興味深い、興味をそそることであるわけです。
で、どうして興味をそそるかっていうと、漱石のほかの作品は、先ほど言いましたようにそうじゃないんですけど、この作品がわりあいに平凡でわりあいに卑属で、それでわりあいにけちくさいって言いますか、卑属で卑小な人物たちのあんまり上等ではない、つまり上等ではない葛藤みたいなものをしきりに描いているわけです。
で、つまり漱石は初めてこういう登場人物を、つまり自分を外側に置いた登場人物を登場させて、それでそういう世界を描いてるんです。で、一体何を漱石は晩年に至ってって言いましょうか、円熟した技法で何を一体したかったんだろうなっていうことはとても興味深いことのように思います。
つまり、これは例えば本居宣長が『源氏物語』の、つまり『源氏物語』の、例えば『雲隠』っていう章っていうのがあるわけですけど、『雲隠』の章っていうのはなんにも書いてないわけです。つまり表題だけなんです。つまり光源氏がそこで亡くなるわけですけど、これはなんにも書いてないわけんですけど、宣長はそれで自分で下手くそな小説、下手くそな作品なんですけど、本居宣長がそこを埋めたりしています。で、つまりこれは全く前と後が分かってて、ちょうど光源氏が亡くなったところのあれが分かってないっていう、そういうところで宣長が傾倒してる、つまり『源氏物語』に大変傾倒してましたから、そこで興味も加えて、それでやったんだっていうようなことになると思います。
で、この『明暗』っていう作品も推測、それから創作含めて、さまざまな人がさまざまな推測の仕方をやっています。で、僕は自分なりの読んでいった印象っていうものと、それから最初に申し上げました、偶然と必然との一種の戯れみたいなものを描き出したかったんだと。すると登場人物における偶然と必然っていうのはどういうふうになっていくんだろうかって、それは登場人物個々の人の意思と、それからその中でも特に強大な吉川夫人と、それから小林のある意味で邪悪であるし、ある意味で悪魔的であるし、ある意味で善意も含まれてるし、ある意味で一種の性の、エロスですけども、エロス、あるいはセックスですけども、セックスの特異性っていうような、吉川夫人とそれから小林が持ってるセックスの特異性っていうようなものっていうのも潜在的なところにあって、それでもって登場人物たちが偶然と必然の戯れをいろんなふうに狂わされたりしていきつつあるところで終わっているわけですけど、それならばこの後どういうふうになるだろうかっていう、もし推測をやるとすれば、僕は二つしかできないだろうなっていうふうに思うんです。
で、抽象的な言い方をします、で、二つしか言えないだろうなと思います。それはどういうことかって言いますと、もしこれから後の漱石が書き継いだ筋書きのところで、もしも吉川夫人と小林という2人の悪魔的な、あるいは大変強烈な意志力で登場人物たちをかき回してる、その2人の意志力って言いますか、作為と言いましょうか、それが大変大きな役割で、これから後の展開の中で大きな役割で出てくるとすれば、たぶん津田とお延さんの運命って言いましょうか、それは相当破局的なところへ行くだろうなって、そういう筋の展開になるだろうなっていうふうに思われます。
だけれども、そうじゃなくて反対に吉川夫人と小林っていうものの意志力とか悪魔的な撹乱力とか、そういう登場人物に及ぼす影響っていうものを漱石が縮めていったらば。どうして縮めるかって言いますと、つまり罰してやろうっていうふうに、言ってみれば吉川夫人を罰してやろうとか小林を罰してやろうっていうふうに作者が考えたとすれば、この役割がだんだん小さくしていくだろうなっていうふうに思われます。小さくしていくだろうなっていうふうになっていきますと、たぶん紆余曲折あっても小林(津田の間違い?)とお延さんはまたのどかで平凡で楽しげな生活っていうようなものに戻っていくみたいな結末になるだろうなっていうふうに思われます。
つまり論理の筋道って言いましょうか、いわゆる?批評の筋道からいけば、このどちらか二つだっていうふうに考えられまして、そのどちらがするかっていうことは両方もちろん可能性があります。つまり、でも、例えば『それから』『行人』というふうに、あるいは『こころ』っていうふうにたどってきた漱石の一種のジヘキセイ?っていうようなものの系譜を思い浮かべてみますと、存外吉川夫人や小林の役割がうんと大きくなっていって、それでお延さんと津田さんは悲劇的な破局に到達するっていうことも考えられなくはないような気もしますけど、概して言えばたぶんひっそりと静かに暮らすっていうような、『門』のかたちとおんなじように吉川夫人と小林、罰せられるのは津田とかお延さんじゃなくて、吉川夫人と小林の悪魔的な性と、それから悪魔的な作為っていうようなもののほうがだんだん小さくなっていって、それで別にめでたしめでたしではないですけれども、わりあいに平穏な日々が津田とお延さんの間に返ってくるみたいな結末になるような感じも、大変多くやって来ます。
つまりそこはそれぞれ自由に空想したり、こしらえてみたりする余地があるように中断されているわけですし、また今までもさまざまな批評家とか作家がそれなりに、後々『明暗』の続きをそれなりに推測したものを書いたりしております。しかしまずまず相当、確かに言っちゃって、それほど間違いないだろうなっていうふうに言えるのは、僕はその二つの場合のいずれかの方向に行くだろうなっていうことだっていうふうに思います。
国民作家漱石も面白いし、またきちがい、病気作家漱石も面白いし、とてもさまざまな意味合いで漱石は面白い意味合いを持っているのですけども、残念ですけれども最後のところで『明暗』だけは自分で結末を付けずに胃病で亡くなってしまったっていうのが作家としての漱石の生涯だったっていうふうに思います。漱石はやっぱり宿命っていうことを、宿命反復っていうことを大変よく考えた人だと思います。だから必然的に自分はこうなったっていう面と、もし俺がこういうふうな育ち方をしてなければこうなるっていうかたちと、大変よく考え抜いた作家だと思います。それで『明暗』の途中で衰えを見せないところで倒れてしまったっていうのが作家漱石の生涯だっていうふうに思われます。
中期の作品について触れることができなかったんですけれども、できる限り中期の問題も含めるようにして自分ではお話ししたつもりでおります。時間がやって来たようですから、これで終わらせていただきます。

司会:
どうもありがとうございます。これで今日の講座は終わります。


テキスト化協力:はるさめさま