吉本隆明さんは、10代のおわりごろ、
米沢高等工業学校の学生として
太平洋戦争のさなかに
青春時代を送っていました。

戦争中は、兵隊として戦場に赴き
よいことをしなくてはいけない、
するべき「よいこと」が
目の前にたくさんある、という状態でした。
ある日、学校のお昼休みに、みんなで神社に
戦勝祈願に行こうということになりました。
その提案に、吉本青年は
「悪いことじゃ
 ないんだけど、
 なにか浮かない感じだな」

と思いました。

浮かない感じがするということを
そのとき言うべきであった、
それが戦争が終わったときに反省した
いちばんのことである、と
吉本さんは語っています。
(A153「現代に生きる親鸞」)

その反省は、吉本さんが
自分の考えをつくりあげていくときの
大きな出発点になりました。

「それについては、浮かないよ」
ということを
譲らず、追究し、分解してみせる。
それは吉本さんが見つけたかった
「世界を知る方法」に
つながる手法だったのかもしれません。

今回の特集は「自立的思想」です。
吉本さんは、特定の団体に属さず
孤立し、ときには闘い、批判をあび、
思想・言論活動をしてきました。
「浮かない感じ」をとことん譲らずに
歩んだ結果と思われます。

吉本さんの代表的な著作
『共同幻想論』によれば
人や社会の関係は3つに分類されます。

1)自己幻想
自分で自分を関係づけること。芸術など。
2)対幻想
恋人や夫婦など、ふたりの関係。
3)共同幻想
公的な社会との関係。国家もこれにあたる。

さらに、自己幻想は
共同幻想(団体や社会、国)と
必ず逆立する、と
吉本さんは言い切っています。

しかも、この3つの「幻想」は
それぞれまったく別の法則で動きます。
ルールやモラルもそれぞれ違います。

これが私たち人間のつくり出す関係性であり、
それが思考に影響を及ぼすのだとすれば‥‥
私たちはいったい何を
「自立的思想」として
持てばいいのでしょうか。

「ある精神の位相、幻想の位相をとれば、
 いやおうなしに、現実の諸問題が
 自分のところに覆いかぶさってくる。
 それを、ほんとうをいえば、
 避けてほしくないと思います。
 避けることができない者こそ
 本来の知識人であると
 ぼくは言いたいわけです」

「あらゆる思想性というものが、
 相互に相対的な関係でしか存在しえない。
 もしも絶対的な課題が想定されるとするならば、
 それは信仰によるほかない。
 信仰によらず科学によるかぎり
 相対性にさらされているというような状況は
 必然的にあらゆる分野において
 誘発しているということができます」

「そういう種明かしをしてしまうと
 なんだ! ということになると思います。
 そして、あらゆる党派的な思想はやめた!
 というふうになるわけです。
 けれども、それは
 悪いことではないと思っています。
 やめた!というところを通らない思想は、
 おもしろくないんです」

「(聖書も)みなさんはおかしいと思ったら
 自分で書いて、直しちゃったほうがいいですよ。
 どうせ誰かがつくったんです、
 もしも納得しなかったら、
 終わりのところは取っちゃって、
 自分で考えてつくっちゃったほうが
 いいと思います。
 それは少しも失礼にあたりません」

自分の考えは、相対的なもので
何からも自由であるわけには
いかないようです。
それでも「浮かないな」のように
どんなにちいさなことでも、
自分の考えによって
自覚的に立っていくことが、
吉本さんの声を聞いていると
重要であるように思えます。

吉本さんが「ここまで解きました」という
自立的思想についての講演を、
さまざまな分野から集めました。
1960年代のものも多くありますので
聞きづらいかもしれません。
どうぞ少しずつ、おたのしみください。