生前の吉本隆明さんに、あるとき
糸井重里がこんな質問をしました。
吉本さんはたくさんの文学作品を
批評なさっていますが、という前置きで、
「好き嫌いという意味で、
 吉本さんが個人的に好きな作家は、
 誰ですか?」

吉本さんは、間髪入れずにこう答えました。
「太宰治。宮沢賢治。
 あとは、作家じゃないですけど、
 親鸞です。好きな人といえばその3人です」

今回は、その、最初に名前があがった
太宰治の特集です。
183講演のうち、
太宰治がテーマになっているものは
3つだけです。

しかし、講演の中で
「何年間か太宰治のうずに巻き込まれた。
 頭にそれしかないという
 何年かを過ごしたように思う」
と吉本さんが語るように、
講演で紡ぎだされるひと言ひと言に、
吉本さんの感情が
静かに込められているように感じます。

吉本さんは若いころに
太宰治本人に会い、話したことがあります。
好きになったのは
そのことも関係しているのかもしれません。

吉本さんの、すこし天邪鬼的な
いわば「ひっくりかえしの倫理観」は
太宰治が初期と後期にあらわした倫理観と
強いつながりがあるようにも取れます。

では、太宰治の初期と後期の間にあったものは
なにかといえば、
それはいまから70年前におこった
太平洋戦争でした。

「戦争というものは
 退廃的で、残酷で、
 非人間的なもの
 なんですけれども、
 見かけはちがいます。
 見かけは健康なものです。
 どんなに不健康な人も、
 戦争になってくると
 健康になってしまう。

 

 ふだんはとんぼ返りしたり
 器械体操でからだを鍛えて
 精神も『健康に健康に』と鍛えた青年が
 自らすすんで
 敵の中につっこんで死んでしまうのです。

 『非道徳的なことはしない』
 ということが社会風潮になる。
 しかし、その裏側がすごく退廃であり
 非人間的であるという状態、
 それが戦争なんです」

吉本さんは、
戦中に残した作品が
もっとも立派だったのは太宰だった、とも
話していました。
戦前、戦中、戦後を、
吉本さんが「好きだった」「生真面目な」太宰治が、
どのようにすごして、どんな作品を残し、
自害に至ったのか。
「走れメロス」から「人間失格」まで
あれほど毛色のちがう作品がなぜあるのか。

本日6月19日は桜桃忌です。
3つの講演を、どうぞじっくりお聞きください。