糸井
CM音楽もたくさんやったよね。
『不思議、大好き。』とか。
矢野
あれさ‥‥あの歌‥‥あの変なサウンド‥‥
西武の店員さんたち、よく耐えたね。
糸井
そうだね。
矢野
西武で買い物したとき、
ひっきりなしにあれが店内に流れてて、
「うわ、変!」と思ったもん。
みんな「今日もまたあれを聞くのか」と思いながら
仕事してたのかな。
糸井
いわば、あれはテクノでしょ?
矢野
オルタナサウンドのね。
糸井
おおげさな映画音楽のようでもあったね。
そこにアッコちゃんの声で
「不思議大好き〜」
矢野
「大好き〜」で、
それをモジュレーションして
「フワ〜〜ア〜〜イ〜〜」ってのが、
一日中デパートで鳴ってんですよ。
いやぁ、申しわけない。
糸井
1980年代はじめの西武百貨店が、
若さと現代性の象徴のようなデパートに変わるときに、
ああいった
「これ‥‥いいのかしら?」
という歌やCMは、合ってたのかもしれないです。
「不思議、大好き。」の次が
「おいしい生活」ですから。
矢野
あれ、いいですよね。
『おいしい生活』大好き。
だって、歌詞ののっけが
「たたみいわし」ですよ。
ホームランラン、とかね(笑)、
いっしょにやってたイギリスのミュージシャンに
おもしろがられたなぁ。
糸井
オノマトペっぽい歌詞だよね。
そういや、俺の詞には
「てくてく」とか「らんらん」とか、多いなぁ。
で、それを矢野顕子が歌うから、
もっと独特になるよね。
アッコちゃん独自の、
うねりというか、なまりというか、あるでしょ?
あれはいったいなんなんだろうね?
矢野
うねり?
糸井
たとえば、シンディ・ローパーが世に出てきたときに、
声とか歌い方とか、
「おおー、すごい。こういう人がいたんだ!」
と、みんな思ったでしょ?
いっぽう、矢野顕子のうねりは、
シンディ・ローパーにもないわけで。
「ご〜はぁんができたよ〜〜って♪」
英語の人は、そんなふうには歌わないでしょう?
あれは、民謡の影響なの?
矢野
いや、民謡はソロデビューアルバムの
『JAPANESE GIRL』を出すことになったとき、
一所懸命聴いて、学習しました。
もともと素地はなかったの。
だけど、うねりの話で言えば、
アイリッシュの人たちの音楽には、
日本の民謡に似たフレージングがあります。
『ティアーズ・オブ・ストーン』というアルバムで
なぜチーフタンズが私を選んだかというと、
共通するものを感じたからなんだって。
チーフタンズのパディ・モローニがそう言ってました。
糸井
へぇ、そうなんだ。
矢野
あの土地が育てたいろんなものが
アイルランド民謡として存在して、
たくさんの人がアメリカに渡り、
それが、ブルーグラスになり、
カントリーミュージックになっていく。
糸井
そういうことか。なるほど。
矢野
だから、カントリーの
「アア〜アアアア〜」みたいな、
ああいう節回しも、
もとをたどれば、アイルランドなんでしょうね。
糸井
だけどその、
節回しやうねりのようなものが、どんどん
音楽から消えてってるような気がするんですよ。
たとえば、ビートルズのことは、
みんな教養として好きだったりするけど、
よく聴いてみれば、
リズムアンドブルースの影響も受けてるし、
カントリーの曲そのものをやってたりする。
ビートルズはイギリスだから、
アイリッシュの民謡に血が沸く、
ということがあるんだろうね。
矢野
あるでしょうね。
糸井
ぼくらでも、たとえば、
ギターを持つと、
古賀政男メロディーのような音まねを、
でたらめでも弾いちゃったりします。
矢野
タタンタン、ンタタタンタン、みたいな。
糸井
そうそう。体内に入っちゃってるのかな。
それを急にハワイの人にやれったって、
できないでしょう?
矢野
かもしれないね。
まぁ、日本で暮らしていれば、
なんらかのかたちで、
演歌のフレーズとか、
日本のトラディショナルなものとか、
好きじゃなくても、入ってくるわけです。
それぞれ、その国の事情がある。
ビートルズだって、
メンバーが好きな音楽もあったろうけど
おばあちゃんの代から伝わる
土地のものも聴いていた。
糸井
子守唄とかもあるわけだもんね。
アッコちゃんが(忌野)清志郎くんのことを
言葉の人だ、って言ってたけど
彼も出身地がどこかにあるような気がする。
矢野
そうですね。
キヨシちゃんの場合も、
彼がすごい音楽ファンであるということが
影響していると思います。
特にリズムアンドブルースをよく聴いていた。
でも、若いときからフォークソングに
言葉を乗っけて歌っていた人です。
糸井
そうですね。
矢野
その両方が源流になってるんです。
彼の曲は、彼の芸術なんですよ。
忌野清志郎さんの歌って、
言葉のいっこいっこが、
驚くほどに全部わかるでしょう?
あれは、彼が言葉を伝えようとしていた
証拠だと思います。
だけど、歌のスタイルとしてはブルーズです。
見事に結実した独特のものなので、
誰もまねができないんですよ。
糸井
うん。自分にしみこんだものと、
憧れの二重奏が
独特の芸術になったら、やっぱり沸くよね。
矢野
だから、その人が死ぬと、
そこでその芸は終わるんです。
形態は違うけど、矢野顕子の芸も
そうです。
誰かが継承できるものじゃない。
だから、生きてるうちに聴いて、と(笑)。
糸井
うん、うん。
矢野
「みんな、聴いといてよ」
ということだし、私たちは
「生きてるうちにもっと作ろうぜ!」
ということです。
(つづきます。次回は、糸井重里について
 矢野さんがどう思ってるか、のお話!)

イラストレーション・ゆーないと

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