糸井 ぼくがまだ小さかったころ
テレビやラジオから流れてくる歌を聞いて
「この歌は上手なの? 下手なの?」
と、親によく質問していました。
親からはそうじゃないんだよ、と
説明をされるんですが、
「で、どっちなんだろう?」っていうのを
わかってないと、
歌を聞くことすらできなかったんです。
でも、ほんとうは、
上手いだの下手だのって
ぜんぶいらないんですよね。

矢口 ちょっと話がとんじゃうんですけど、
ぼく、中学まで陸上をやっていたんです。
専門は短距離でした。
がんばってたんですけど、
中学3年生のときに
「陸上じゃ、死ぬほどがんばっても
 オリンピックで1位とれるところまでは
 いけないな」
と思ったんですね。
それで、高校では順位がつかない
美術部に入りました。

白黒はっきりさせなきゃ気が済まなかった時期は
ほんとうに若いときまででした。
ぼくはわりと早い段階で
「グラデーションじゃん」って
気づいちゃったんです。
そして、そう思うことで
すごく気がラクになったんですよ。

対談写真01

糸井 「上手下手」じゃなく、また「1位2位」じゃなく、
よければいいんだ、という考えは
大昔からあったようです。
農家の人が竹やぶから切って持ってった竹の筒が
お殿様の茶室の花生けになったというような話は、
もう、たくさんあるんですよ。
けれど、どこからか逆転してしまって、
「あいつは有名校を出てるからちゃんとしてる」とか
「この会社につとめている人は立派な人だ」とか、
息苦しいほうへ息苦しいほうへ
いってしまっている気がします。

矢口 いいか悪いかという情報も、
インターネットで手軽に調べることができてしまう。
インターネットって、
いろんな人が意見をいってくれるし
知識も増えていくので、
もちろんいいところも多いんですけど、
知りすぎて迷わされてしまうことも多いと思います。

糸井 実際、多いでしょう。

矢口 『WOOD JOB!』の冒頭で、
主人公の勇気くんのスマホが壊れちゃうんですよ。
そうすれば、勇気くんは自分の目で見て、
自分の耳で聞いたことしか情報がない状態になる。
そうなっちゃったら、信じられる人の言葉に
流されて生きていくしかなくなるんですよ。

糸井 それは、大事なことですね。
矢口さん、実生活がそうなんじゃないですか?

対談写真02

矢口 はい、パソコンすらあんまり上手くつかえなくて。
東日本大地震が起こったとき、
必要な情報を手に入れるためには
やっぱりスマホがあったほうが便利かな、と
思ったりもしたのですが‥‥。

糸井 買わなかったんだ。

矢口 結局、ぼくはつかいこなせないと思ったので。
万が一、スマホを持ったとしても、
それが使用不能な状況になったときに
どうしよう、と困らないようにしておきたいです。

糸井 ぼくもつくづくそう思います。
だけど、ぼくらがネットの恩恵を
受けているのはたしかです。
ただ、情報の海に溺れないように、
気をつけて泳げばいいんだと思います。

矢口 その海で泳いでも溺れない体力というのは、
相当なものだと思うんです。
若い人はみんな溺れちゃう、
溺れていなくても溺れがちになっている人が
少なからずいるような気がします。

糸井 体力つけるためには、
きっと、矢口さんみたいな先輩の下で
助監督やったりするのがいいんでしょうね。

矢口 え? ぼくの?

対談写真03

糸井 「監督、インターネットを全然つかっていないんだ」
というのが、
おもしろく見えるんじゃないかな、と思います。
やっぱり、間近でモデルとなる人を見ていないと、
人は育たないと思います。
その人がかっこよかったら、
オレもそうしよう、と思いますから。

本で覚えたことというのは、
たしかに心に残ったりするんですけど、
基本的にはその1冊分にかけた時間で
消えちゃうような気がします。
読んだ時間が10時間だったとしたら、
徐々にあめ玉が口のなかで溶けていくように
その10時間分が消えていって、
「おいしかったような気がするけど、
 もういらないかな」
という感じかな。
でも、さっきのマダニの話のように
体験したことはそうじゃないでしょう?

矢口 はい(笑)。

糸井 体験するということは、
当事者としてやっていることなんです。
自分の頭と体に楔を打ち込んでいるような感じで。

矢口 ですから、
「だれでも山にウエルカム! たのしいよ!」
なんて、ぜったいにいえないです。

糸井 山にはマダニがいますからね(笑)。
『WOOD JOB!』で伝えたいことの隣に、
そういう山のたのしさもある。
それはそれでいいことだと思いますよ。
「自然っていいなあ」って、
気持ちよく帰ってくるのも、
ぜんぜんオッケーなわけですよね。

矢口 ぜんぜんオッケーです。

対談写真04

糸井 『WOOD JOB!』は全国何館くらいで
上映するんですか?

矢口 今決まっているのは、310館くらいです。

糸井 多いですね。期待されてるんだ。

矢口 昔はお客さんが入るかどうかって
あんまり気にならなかったんですけど、
ほんとうに大丈夫なんだろうかと、
心配で心配で‥‥。
ジョージ・ルーカスが
『スター・ウォーズ』の公開日に、
こわくてハワイに逃げたらしいんですね。
最近、そのジョージの気持ちがわかるんです(笑)。

糸井 大丈夫ですよ。
おもしろいですから。
「よければ当たる」と信じたほうが、
ぼくはいいと思います。

矢口 (不安そうに)
よければ、当たる。

糸井 もう公開しているんなら、
ツイートしてみましょうか。
心配をしている矢口さんの写真を
載せるといいですね。
それが、いちばんのリアリティになる(笑)。

対談写真05

糸井 今ツイートしちゃいますから、
ちょっと待ってくださいね。
(スマホをさわっている)

矢口 ‥‥‥‥。
あの、今日、
実はものすごく緊張していて。

糸井 え? そういうふうには見えませんよ。

矢口 (大きな声で)
『You』、見てましたあ!

一同 (笑)

糸井 矢口さん、そういう世代の方で(笑)。

矢口 そういう世代です。
糸井さんにお会いできるの、
ほんとうにたのしみにしてました。

糸井 ありがとうございます、うれしいです。

矢口 ‥‥‥‥‥‥。
あの、スマホを持っていない人間からすると、
糸井さんが今、なにをしているのか
想像もできなくて。

対談写真06

糸井 今は、ツイートする内容を打っていました。

「矢口監督と対談してました。
 映画「ウッジョブ!」は、
 ものすごくおもしろいんですけど、
 監督は映画の入りについて心配してます。
 そういうもんなんだろうなぁ。」

‥‥と、今ツイートしました。

対談写真07

矢口 ありがとうございます。

糸井 ‥‥と、もうひとつ、ツイートしました。

対談写真08

矢口 ありがとうございました。
すごくたのしかったです。
なんで今日、糸井さんと
こんなにも正直にお話しできたんだろうと、
ちょっと不思議です。

糸井 それはやっぱり、
そのほうがおもしろいからですよ。

対談写真9 (c)2014「WOOD JOB! 〜神去なあなあ日常〜」製作委員会

(矢口史靖監督と糸井重里の対談はこれでおわりです。
  最後まで読んでいただき、ありがとうございました。)

2014-06-11-WED

『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』

『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』

監督・脚本:矢口史靖

原作:三浦しをん『神去なあなあ日常』(徳間書店)

キャスト:染谷将太 長澤まさみ 伊藤英明

上映時間:1時間56分

上映劇場:こちらのシアターリストから
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