『ぼくは見ておこう』
松原耕二の、
ライフ・ライブラリー。

<ほぼ日読者の皆様へ>

NYのからの2回目は
ちょっと前の話になりますが、
心に引っかかったふたつのシーンです。



ふたつのシーン

ブッシュ大統領が2期目のスタートをきった週、
政権の有りようを象徴するとも言える
ふたつのシーンが見られた。

ひとつは国務長官に就任するコンドリーザ・ライス氏が
就任承認を審議する上院外交委員会の公聴会で
発言した、そのもの言いだ。

公聴会では、ライス氏が
イラン、北朝鮮、キューバなど6カ国を
圧制国家だと名指しで批判し
アメリカは圧制に苦しむ人々の側に立つと
発言したことなどがニュースとして伝えられた。
公聴会の焦点は、
単独主義でイラク戦争を起こしたブッシュ政権が
2期目はどんな外交を行うのかというものだったが、
それとは直接関係ない
彼女のある発言が耳に残った。

それはオハイオ州選出、共和党の
ジョージ・ヴォイノヴィッチ議員の質問の最中だった。
ヴォイノヴィチ議員は次のように質問した。
「イギリスや南ヨーロッパ、
 あるいはベニスでのNATO会議に出席したとき、
 私はいまアメリカがいかに嫌われているかを知り
 ショックを受けました。
 あなたはそんな状況をどう変えようと思っていますか。
 私は今回の津波被害に対して、
 アメリカが行っていることはすばらしいと思います。
 我々は人々を愛していることを示さなければなりません。
 我々は民主主義を支持していること、
 人々も民主主義を享受できること、
 そして我々がいなかる隠れた動機も持ってはいないことを
 示さなければなりません」
これに対してライス氏はこう答えた。
「今回の津波は、
 アメリカ政府だけでなく、
 アメリカ国民のハートを示すうえでも
 すばらしい機会でした。
 それは我々に利益をもたらしました。
 時に我々は人々に困難なことを求めますし、
 人々が好まない政策をとることもあります。
 我々が中東で行ってきたやり方や、
 イスラエルへの強い支持、テロ撲滅への信念を
 好ましく思わない人々もいるでしょう。
 しかし同時にブッシュ大統領は、
 政策としてパレスチナ国家の建設を求めている
 初めての大統領だというメッセージを
 なんとか人々に伝えなければなりませんが、
 まだそうはいっていません。
 私は、外交に大きな力を注ぐつもりですし、
 それは我々のメッセージを伝えることなのです」

私はライス氏の
「津波はアメリカ政府だけでなく
 アメリカ国民のハートを示す上でも
 『すばらしい機会だった』
  (the tsunami was "a wonderful opportunity"
   to show not just the US government,
   but the heart of the American people)」
という言い回しに、耳を疑った。

確かに津波に対してアメリカは
年末で初動は遅れたが
その後は積極的に動いた。
ブッシュ大統領は、国際社会に対し
被害者の救済と援助を呼びかけたうえ、
パウエル国務長官と、弟でフロリダ州知事の
ジェット・ブッシュ氏を現場に派遣、
後にはクリントン前大統領と
父親のブッシュ元大統領を
援助基金集めの顔に据えた。
津波への対応で言えば、
ヴォイノヴィッチ議員の言う通り
「アメリカが行っていることはすばらしい」
と言ってもいいかもしれない。
だがそのことと
「津波がすばらしい機会だった」と言うことは
まったく異なる意識だ。

公聴会が行われた(1月18日)時点でも
すでにかつてない規模の津波被害で
10万人単位の犠牲者という数字も出ていた。
ライス氏の胸のうちを推察すると
「単独主義として世界から批判され
 イラク戦争の戦費や派遣する兵士など
 アメリカの負担が日に日に重くなる中で、
 自分が国務長官になる2期目には
 イラク戦争から足を抜くためにも
 国際協調に転じる、
 つまりブッシュ政権は変わると
 世界にアピールしなければならない。
 そんな中、
 まさに2期目がスタートする直前に津波が起き、
 おかげでアメリカがその地域を、
 ひいては世界の人々のことを
 大事に考えている姿勢を示すことができた。
 そうした意味では
 絶好のタイミングの『すばらしい機会だった』」
ということなのだろう。

だがそこには、大勢の人々が苦しみ、
亡くなっていることへの想像力が明らかに欠如している。
確かに外交の当事者なら
国益の点から「すばらしい機会だった」と
仕事上、考えたとしても
非難されるべきではないかもしれない。
だが仮にそう思ったとしても、
『想像力』があれば公の場で口にはしないだろうし、
もし言ってしまったとしても
その言葉が人々の心の中に引き起こすものを考慮して
反射的に補足するなり、訂正するなりするだろう。
だがライス氏にはそうした様子は見られず
発言のあとも自らの外交の立場を変わらず説明し続けた。
これからは国際協調を重視するとどんなに強調しようとも、
ライス氏の発言は
アメリカの理屈でイラク戦争を始めた、
その同じ政権であることを改めて思い起こさせる。

公聴会では、
ヴォイノヴィッチ議員のあと
民主党のバーバラ・ボクサー議員が質問に立った。
彼女は冒頭でこう言った。
「ヴォイノヴィッチ上院議員が、
 津波の援助について触れたとき、
 あなたは最初にこう言いました。
 津波は我々にとってすばらしい機会でした、と。
 今回の津波は、我々が生きているうちに起きる
 最悪の悲劇のひとつです。
 津波の被害をうけた地域を立て直すのに
 10年はかかるでしょう。
 私はあなたの発言にとても失望しました。
 あなたはその一言で、アメリカの機会を
 台無しにしたのです」

もうひとつのシーンは
ブッシュ大統領をめぐるものだ。
こちらは映像的記憶で、
しかもほんの一瞬の出来事だった。
大統領就任式の翌日、教会でのことだ。

ブッシュ大統領とローラ夫人が並んで座り
ローラ夫人のそばにチェイニー副大統領、
ブッシュ大統領の後ろには、
パパブッシュこと父親のブッシュ元大統領が
座っていた。
祈りのあと教会の人が献金を集めに来ると
ブッシュ大統領が一瞬「まずい」という表情に変わった。
するとチェイニー副大統領が、
「使ってください」とばかり
自分のために用意していたドル札を
すかさずブッシュ大統領のほうに差し出すと、
ローラ夫人が手伝ってリレーし大統領に手渡した。
するとブッシュ氏は
「いいよ、君(チェイニー副大統領)のが
 なくなるじゃないか」
という具合にチェイニー氏に押し戻そうとする。
とそのとき、今度はパパブッシュが
「しょうがないやつだなあ、ほら」と言わんばかりに
後ろからドル札を出すと、
ローラ夫人がまたもリレーし
「早く」と夫の手のところに持って行く。
ブッシュ氏、照れくさそうな表情で無造作につかみ
ちょうど目の前に来た献金の入れ物に
ポイと投げ入れた。
ブッシュ大統領はいたずらっ子のような表情を浮かべ、
周りはみな苦笑いをしている。
4人はさりげなさを装っていたが
すべてはカメラが見ていた。

もちろん台詞が聞こえたわけではない。
それぞれの声が聞こえてくるような映像なのだ。
ほんの10秒間ほどの出来事だったが、
それがブッシュ大統領と周りの人々の普段の役割を
あまりに見事に映し出しているように感じられたため
つい笑ってしまい、しかもこれほど記憶に残ったのだろう。

その人のイメージに合っていると
映像は、時に実際以上の意味を持ち得てしまう。
何より献金のお金を忘れてしまった、というのが
本人のキャラクターに合っているし、
実務派のチェイニー副大統領は
すぐに気づいて助け舟を出す。
ブッシュ氏を支えるしっかり者のローラ夫人は
ここでも夫を気遣う。
そして最後は、やはりパパブッシュが登場し息子を救う。
息子ブッシュが大統領になったのは
宗教との出会いなど
幾つかのターニングポイントはあったにせよ
パパブッシュの息子として生まれなければ
おそらくここまでにはならなかっただろう。
しかも、パパの七光りでエール大学に入ったと囁かれ、
テキサス州の州兵時代には
パパの口利きで評価を甘くしてもらった疑惑など
ブッシュ親子をめぐるそうした記憶が
映像を見る側にはある。
しかも大統領になっても
父親の政権のスタッフがそのまま息子を助けている。
まさにそうした親子関係が
ここでも現れているように思えるため
この映像を見るとつい笑ってしまうのだ。

パパブッシュは、
翌日、またも息子をリカバリーすることになる。
ブッシュ大統領は、2期目の就任演説で
「フリーダム」を27回、「リバティー」を15回使い、
「平和への最善の道は、自由を世界に拡大していくことだ」
と高らかに謳いあげた。
アメリカの価値観をまた押し付けようとするのかと
海外から懸念や警戒の声が相次いだ。
要は評判が悪かったのだ。
パパブッシュは記者団にこう語った。
「息子のスピーチは
 新たな攻撃や、新たに軍事力を使うことを
 意味しているわけではなく、自由についての演説だ。
 ほかの国をすぐに変えようなどとは思っていない。
 息子はそんなことを意図していない」
世界が注目するアメリカ大統領の就任演説を
父親が弁明したケースがかつてあっただろうか。

そのパパブッシュは
「アメリカにとってすばらしい機会だった」津波の被災地に
息子の外交を手伝うため足を運び、
ライス新国務長官は、
アメリカが変わったことを示すためヨーロッパに飛んだ。

ブッシュ大統領はこうして
父親が経験したことのない2期目のスタートをきった。

(終わり)

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2005-03-01-TUE

TANUKI
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