『ぼくは見ておこう』
松原耕二の、
ライフ・ライブラリー。

<ほぼ日読者の皆様へ>
きょうは
ある意味、いま日本で最も人気のある人かもしれません。
小泉総理です。
一国の総理ですが、
コラムのスタイルですので
これまでと同じように敬称は略させていただきます。



<着流総理のルーツ>

さあ何でも聞いてくれといわんばかりに
小泉純一郎は記者たちを見渡した。
自民党総裁選の立候補表明の記者会見。
50人ほどの記者が集まっていた。
小泉は高揚し、いくぶんか頬が火照っていた。

「今回の総裁選、何と何の戦いだと思われますか」
真っ先に私は訊ねた。
「本当に自民党を変えたいのか。
 派閥あって党なしとの批判を払拭したい。」
小泉はまっすぐこちらを見て言った。
「派閥を離脱するとおっしゃいました。
 仮に総裁選で負けても、
 2度と派閥には戻らないということですか」
「そうです」
「将来にわたっても派閥活動はいっさいしないと」
「そういうことです」
「総理になっても派閥順送りの人事も
 いっさいやらないということですね」
「いっさいやりません。
 民間人も女性も結集して人事をやりたいと思っています」
口調はきっぱりしていた。
 
「しかし小泉さん」私はさらに訊ねた。
「きのうまで派閥の長としてやってこられて、
 きょうになっていきなり脱派閥と言っても、
 やってきたことと言ってることが
 全く違うのではないですか」
小泉はわずかに考えてから答えた。
「今までの派閥活動を通して、
 派閥の有用性も弊害も熟知しています。
 その私が脱派閥と言うその覚悟を知っていただきたい」
変わらず私の目から視線をはずさない。
小泉は自分を攻めるような質問をも
楽しんでいるかのように見えた。

会見の最後に訊ねてみた。
「小泉さんは今でも自分を変人だと思われますか」
彼は待ってましたとばかり、
ひときわ声を張り上げて言った。
「国民は私を変人と思っているだろうか。
 永田町の方が変人なのではないか。
 私は変革の人の変人だと思っています」
それ以降何度も繰り返すことになるフレーズを
大声で言って小泉はにやりと笑った。

会見の後、私はすぐに
自民党本部の一階におりて小泉を待った。 
エレベーターから降りてきた小泉は、
私を見るなりにこやかに握手を求めて来た。
「ほんとのところはどんな心境なんですか」
私は並んで歩きながら訊ねた。
「勝敗で言えば、不利なのは事実だよなあ」
小泉は呟いた。「常識でみると勝ち目がないよ」
「立候補を決めるまでかなり時間がかかりましたが、
 その間どんなことを考えていたんですか」
小泉はいたずらっぽい目をして、
本気とも冗談ともとれるような口調で言った。
「そうねえ。勝敗が決まっているのに
 出るのはどうかなと思ってたね」
小泉はそう言うと手を軽く挙げて車に乗り込んだ。

これが橋本龍太郎だとどうなるか。
翌日、同じ会見室で
橋本龍太郎の立候補表明が行われた。
最大派閥の長であり、当時は本命と
見られていたこともあって、
記者の数は小泉の会見よりはるかに多かった。
会見場に現れた橋本が
「すごいね」と呟いたほどだった。

立候補表明の後、
橋本は「質問があればどうぞ」と記者たちを見据えた。
再び真っ先に私は訊ねた。
「小泉さんは派閥離脱を表明しています。
 橋本さんは派閥についてはどうお考えですか」
「私は自然体です。
 昔も同じような質問をされたことがあります」
橋本はこちらをじっと見て言った。
「人間は好き嫌いもありますし、グループを作るのは
 ある程度自然なのではないでしょうか。ですから私は、
 形だけ派閥を離脱するようなことはしません」
「小泉さんは形だけだと?」
「そんなこと申しあげてはいません。
 私は派閥の友人を大事にしていきたいということです」

「つまり橋本さんは派閥はこれまで通りでいい、
 と考えているということですか?」
「それは、当然変わるでしょう」
「どう変わりますか?」
橋本は明らかにいらだってきていた。
「あなたね」と橋本は無理に笑顔を作って言った。
「私に話を続けさせてくれませんか」 
私はどうぞと言った。
橋本は自らの経済政策をとうとうと語ってから言った。
「緊急経済対策を実施し、
 まさにそういうところに皆の力を結集したい」
そこまで話してから再びこちらを見据えた。
「あなたは、どうしても派閥の話をされたいようだが、
 経済政策で力を結集する、そういうところから
 派閥も変えていけるのではないかと思っています」
質問に対して橋本がきちんと答えたとは
思わなかったが、会見だ。
私ばかりが聞くわけにはいかない。

記者たちの質問が続く。
最大派閥の力なのだろう。どれも遠慮がちだ。
私はもうひとつだけ訊いてみた。
「橋本さんは幹事長時代、総理時代、
 選挙に勝てていません。
 いま参議院選挙が控えていますが
 どう戦おうとお考えですか」
橋本はこちらをにらみつけるように答えた。
「劣勢をはねかえして全力で勝利に邁進したい。
 その先頭に立ちたいということです」
橋本は私の質問にあきらかに苛立っていた。
自分の話を少しでも遮られることに
我慢がならないようだった。 

私は一階に降りて橋本を待った。
エレベーターから降りてきた橋本に声をかけた。
「橋本さん」
橋本はこちらを一瞥すると言った。
「そちらは私がいつも通る道なんだがね」
最初その意味を掴みかねたが、
要するにこういうことだった。
橋本がいつも通る道筋に私が立っていて
邪魔だというわけだ。よけると、
橋本は私の前を無言で歩いていき車に乗り込んだ。

同じ立候補の会見でも、
橋本と小泉は際だった違いを見せる。
それはどちらがいいという問題ではなく、
ふたりの性格の違いでもあり流儀の問題でもある。
橋本は独自の美学を守り筋を通そうとする。
それは一貫している。
総裁選の負けがほぼ決まってから
終盤に見せた見事な潔さも
橋本の美学のひとつであろう。

一方で、小泉は常に嫌な質問をも
楽しんでいるかのようだ。
ちゃめっけたっぷりの目で挑発する。
全てに遊びがあるのだ。

そんな小泉のルーツとも言える一冊の本がある。
「普選代議士名演説集」昭和3年に出版された本だ。
当時の政治家たちの演説が集められている。
436ページを開くと
小泉又次郎という名前が目に飛び込んでくる。
他でもない。小泉純一郎の祖父だ。

写真とともに簡単な経歴が記されている。
顔は細面の純一郎に比べると丸顔だが、
一重の目元や顔つきは面影が感じられる。
「へんぴの漁村に生まれ若衆の群に投じて
 網を引けることあるも悟る所あって緊褌一番、
 ついに横須賀市議、同議長、県議となり、
 更に衆議院副議長に進む、
 普選運動の先駆者にして大衆的熱弁家である」
と又次郎の経歴は紹介されている。
さらに214ページを開くと、
又次郎の演説原稿が掲載されている。

タイトルは「公明なる政治の実現」
当時、野党の幹事長だった又次郎が、
選挙で惨敗した与党に対し
「野に下るよう」訴えた演説だ。
「斯くの如好成績を得ました所以は、
 我が党の主義主張に対する国民の共鳴と
 正義に味方する言論界の後援とが
 相まったことは勿論であります」
今の言葉で言い直すと
「我々が勝ったのは、国民の支持と
 マスコミのバックアップがあったからだ」
と言っているのだ。

さらに演説は続く。
政治不信を招いたのは与党自身だと
又次郎は激しく攻撃する。
「政府が国民の特質を理解せず、
 圧迫が加われば加わるだけ、
 正義に燃ゆる国民の反発心を挑発し、
 その反動が斯様な結果をもたらした」
野党の幹事長と自民党の総裁で総理という違いはあれど、
どこか今の純一郎の置かれた状況と手法に
通ずるものがないだろうか。

国会議員を15期つとめ、小泉一家と
長年の親交がある松野頼三は目を細めて言った。
「おじいさんは獅子が吠えるほうな豪快な演説家だった。
小泉総理は顔かたちはお父さんに似ているが、
性格はおじいさんに似ている」

父親も防衛庁長官をつとめた政治家。
その父が69歳で急死したのを受けて純一郎は立候補。
27歳で初当選したとき、
記者に「確か2世でしたね」と訊かれて
「いいえ3世です」と恥ずかしそうに答えている。
純一郎は祖父の背中を見て育ったという。
純一郎の選挙参謀をつとめてきた地元の竹内清は言う。
「純ちゃんが言ってましたよ。
風呂にはいると背中に入れ墨がビシーと入っているって」
おじいちゃんである又次郎は「入れ墨大臣」と呼ばれ、
一本気の性格が庶民に愛されたという。
経歴も珍しい。
もとは、とび職。
そこから逓信大臣になったという珍しい経歴の持ち主だ。 

入れ墨大臣の孫も自民党の政治家としては異色だ。
自民党の政治家も様々だが、幹部ともなると
難しい顔をして権力闘争に明け暮れ
出世の階段を上がっていく。
そんなイメージを持たれているのではないか。
対して小泉は、群れるのが嫌い。宴会も嫌い。
たとえ出席してもつまらないと遠慮せずに
すぐ中座する。ひとりで音楽を聴くのが大好き。
コンサート、オペラも暇を見つけては顔を出す。
中元、歳暮類など贈り物はいっさい受け取らない。
バレンタインの義理チョコを
突き返された女性議員も居るほどだ。

選挙参謀をつとめてきた竹内清はあっさりと言った。
「芸者とか女性問題はいろいろあったが、
 金に関することはほんとにきれいな政治家ですよ」 
そんな一匹狼がどうして自民党という、
ある意味特殊な世界で生きてこれたのだろうか。
小泉はずっと合わない世界で我慢し続けてきたのか。

毎日新聞顧問で政治ジャーナリストの岩見隆夫は言う。
「我慢していたわけではないでしょう。
 楽しんでたんじゃないですか。我々政治記者たちも
 小泉さんが総理になるなんて
 昔から想定に入ってなかったですよね。
 小泉さん自身もYKKの中なら加藤紘一がなればいい。
 そうじゃなければ山崎拓だと思っていたんですよ。
 本人は別に総理にならなくてもよかったんじゃないですか。
 それが時代が彼を求めて、結果、総理になった。
 だから我慢してきたというよりは、
 楽しんでいたという感覚に近いんじゃないかな」

そして岩見は言った。
「子供から大人まで、それに若い女性にも
 すごい人気だよね。
 それは、『着流』(きながし)が似合う雰囲気を
 持っているからじゃないかな」
着流が似合う雰囲気。
確かに時代劇に登場する男気のある一匹オオカミと
どことなく風貌が重なるようでもある。

その着流総理は果たして日本を
どこに連れていこうとしているのか。
大事なその部分はまだ見えてこない。
ただ、国会での答弁を見ても、
政策決定のプロセスを見ても、
自分の決断が世の中に与える影響を
楽しんでいることだけは間違いないだろう。

祖父の入れ墨大臣は、演説の中で、
与党が議員を抱き込み、切り崩して
多数派工作をしようとする様を声高に批判。
自分たちの主張を中傷しようとする勢力に
妥協しないことを高らかに歌い上げる。
「愚論を意に介せず、一路所信に邁進し」
着流で闊歩する自分の流儀を小泉はどこまで通せるのか。
見渡せば外よりも自民党の内なる敵に囲まれている。 

松野頼三は小泉にこうアドバイスする。
「命惜しまず、名を惜しめ」
「つまり妥協するなということですか?」私は訊ねた。
「そう。命には限りがある」
松野はかすかに息をついで続けた。
「でも、名は永久に残るんだよ」







『勝者もなく、敗者もなく』
著者:松原耕二
幻冬舎 2000年9月出版
本体価格:1500円


「言い残したことがあるような気がして
 口を開こうとした瞬間、
 エレベーターがゆっくりと閉まった」

「勝ち続けている時は、自分の隣を
 神様が一緒に歩いてくれてる、と感じるんです。
 ・・・たいていそういう頂点で負け始めるんです」


余韻を大切にした、9つの人間ノンフィクションですっ。
(ほぼ日編集部より)

2001-06-12-TUE

TANUKI
戻る