三谷幸喜脚本の8時間ドラマ 『わが家の歴史』を、 観ると決めた。

糸井 『わが家の歴史』のように、
歴史の年表を組み込みつつ、
それをホームドラマのかたちで
しっかりと表現していくっていうのは
そうとうたいへんなことだと思うんですが、
そのあたりはいかがでしたか。
三谷 やっぱり、いろんな意味で難しかったですね。
まぁ、僕個人があんまり
そういうものをやったことないっていうのも、
もちろんあるでしょうし。
糸井 誰しも、あまり経験がないタイプの
ドラマですよね。
三谷 ただ、まるごとではないけれど、
部分的にはこれまでの経験が活きていて。
たとえば『新選組!』で培った経験は
今回、すごく活きてると思います。
糸井 ああ、なるほど。
三谷 『新選組!』も、
近藤勇という庶民から見た幕末、
という感じでしたから。
そういう視点を得たときに
なにが助かるかというと、
「近藤勇が知らないことは
 描かなくていいんだ」っていう
安心感みたいなものが生まれるんです。
それで時代や歴史がのびのび描けるというか。
糸井 そうか、そうか。
三谷 この『わが家の歴史』も、
それに近いものがあったかもしれないですね。
糸井 そうですね。
主人公の一家は、昭和の歴史の中心にいて
だいたいのことを目撃するんですけど、
本当には、それの意味することを
知らないですよね。
三谷 うん。
糸井 新聞読んで、ああだこうだと言うだけで。
でもそれは、庶民が目撃する歴史の
いちばんリアリティーのある姿かもしれない。
三谷 ええ。
糸井 重岡さんは番組のプロデューサーとして、
このドラマを実現させる難しさについて
ある意味、三谷さんよりも
現実的な部分で心配していたと思うんですけど
いかがでしたか。
重岡 おっしゃるように
最初はすごく難しいと感じていました。
歴史を組み込んでいくドラマということで
最初、わたしが想像したのは
『フォレスト・ガンプ』の
ようなものだったんですね。
糸井 ああ、『フォレスト・ガンプ』。
重岡 はい。でも、あの映画は、
たしかに歴史上の事件や人物が
絡んでいくんですけど、
主人公のガンプが知的障害者である
という設定によって、
ひとつひとつの事件を重くならないようにして、
全体をうまく成立させているんです。
それを、今回のドラマでは
どうしたらいいんだろうかと。
糸井 なるほど、なるほど。
重岡 歴史的な事件であるとか、
当時の社会的な状況というものに
主人公たちはどういう思いを持って、
どうリアクションしていくのか。
そういうところを描いていくのが
すごく難しいだろうなと思いました。
三谷 『フォレスト・ガンプ』の場合は、
そこを主人公の設定によって
ファンタジーにしているんですよね。
重岡 そうなんです。
それを、ふつうの家族を主人公にした場合、
どうやって成立させるんだろう、と。
ですから、じつは私は、
そこの想像がまったくつかなかったものですから、
当初、この企画に反対していたんです。
糸井 あー、そうでしたか。
重岡 ですから、糸井さんがさきほどから
おっしゃってくださっている
「平熱」とか、「寄りすぎない距離感」とかは、
この企画を成立させるために
必要なものだったんだろうなぁと
いまさらながらに感じています。
糸井 そうかもしれないです。
妙な抑揚をつけていって、
「歴史に翻弄される庶民」みたいなところを
軸にしちゃったら、
描けないことはないのかもしれませんけど、
あの長さを、楽しめないですからね。
重岡 そうですね。ええ、ええ、はい。
糸井 その意味では、あの家族は、
ひいてはこのドラマの総体は、
影響されてないとさえ言えるんですよ。
社会や、歴史に。
重岡 ええ、ええ。
糸井 それはでも、
そうとう知的な抑制によるものでしょう。
重岡 そうですね。
糸井 あの家族がひとつひとつの事件や、
それこそお金がないというような状況に
影響されてたら、もたないですよ。
重岡 そう思います。
一方で、家族の外にいる人たち、
たとえば主人公の元婚約者の
玉山鉄二さんなんかは
歴史や社会に「影響される人」で。
糸井 そうですね、そこは対照的に描かれてますね。
ですから、このドラマにとっての
玉山さんの役割って、ある種、犠牲者ですよね。
ドラマを成立させるための人柱みたいな存在で。
重岡 ええ、ええ。
三谷 玉山さんと長澤まさみさんが
家族の外にいる人たちなんですよね。
あのふたりが、いろんな人生を歩んで
どんどん成長していくんですけど、
この家族って、けっきょく、
ほとんど成長しないんですよね。
糸井 (笑)
三谷 サザエさん一家みたいなもんで。
糸井 そうですね。まったくそうですね。
三谷 家は何度も引っ越すけど、
ぜんぜん何も学ばないんですよ、あの人たち。
糸井 (笑)
三谷 でも、そういう人たちが主役だからこそ、
こう、俯瞰で描くことができたっていう。
ただ、それで「8時間もつか」っていうのは、
不安は不安だったんですけど。
糸井 いや、「それでもつか」っていうのは、
たぶん、三谷さんの中には、
「もたせるぞ」っていう確信なり決意が
あったんだとオレは思うんですよ。
だって、そうじゃないとはじめられないから。
たとえば、あの一家の経済状況って
極端な幅がありますよね。
一時期は大金持ちで、それがぜんぶなくなって、
運動会の応援に行けないくらい貧乏になる。
あの人たちがそれをちょっとでも恨んだら、
それこそドラマが「もたない」わけだから。
だからこそ、あの家族は成長しない、
平熱の一家なんですよ。
三谷 うーん、そうですね。
そういう意味ではこのドラマは
じつは『フォレスト・ガンプ』と
同じ構造なんですよね。
糸井 ああー、そうかそうか(笑)。
三谷 歴史や社会に動じない家族が
真ん中にいるから成立するという。
糸井 でも、なんていうんでしょう、
それがやっぱりふつうの家族なのかもしれない。
戦争が起ころうと、終わろうと、
今日の晩ご飯はどうしようかね、っていう。
三谷 そうですね。
糸井 あの、こんなところに急に持ち出してくる
名前じゃないかもしれませんけど、
吉本隆明さんっていう人と話をしていると、
「明日のことしか考えない
 ふつうの人生が100点なんだ」
っていう言い方をされるんです。
それを100点とすると、
マルクスとか、そういう、
いわゆる特別な偉い人は0点だと。
だから、そういう意味では、
あのサザエさん的な家族は
100点満点なのかもしれません。


(つづきます)


2010-04-09-FRI