勝川俊雄+糸井重里 対談
日本の魚は「世界一」じゃない!?
 
第3回
はじめはみんな猛反対。
糸井 その「個別漁獲枠制度」について
もう少し詳しく、教えてください。
勝川 ようするに
「1970年代以前の世界の海と同じ状態」が
日本の沿岸では続いているんです。
糸井 「ルールなし」で「捕り放題」の状態が。
勝川 ノルウェーやニュージーランドが採用している
「個別漁獲枠制度」では
「船ごとに捕っていい量」を決めています。

たとえば「現金早取り大会」に出場したとして
「あなたの割り当ては硬貨5枚」
と言われたら
わざわざ「1円玉」を拾う人、いませんよね?

みんな、「500円玉」を狙ってくるわけです。
糸井 うん、うん。そうだ。
勝川 同じように、ノルウェーもニュージーランドも
「船ごとに捕っていい量」が決まっているから、
みんな「大きい魚を狙って」捕ります。

でも、日本の場合は
「船ごとに捕っていい量」が決まってないから、
とりあえず「1円玉」でも持って帰ろうと。
糸井 つまり「価値がつく前の魚」を捕っちゃって、
そのことが資源の枯渇を招いている‥‥と。
勝川 ノルウェーのサバって
ノルウェー近海に住んでいるわけじゃなくて、
ヨーロッパの回遊魚なんです。

つまり、
ノルウェーで産卵するための群れをつくって、
スペイン沖で産卵し、
イギリスの上を回り、さらに北で餌を食べる。

で、そのあと5月くらいに、
また、ノルウェー近海へ戻ってくるんですね。
糸井 回遊してますねぇ。
勝川 でも、そうやって戻ってきたサバって
脂が多すぎて
ベタベタしてて、食えたもんじゃない。

当然、そんなサバは価格も安いですから、
誰も捕りにいかないんです。
糸井 そのタイミングでは。
勝川 その後、サバの成熟が進んできますと、
卵に栄養をとられ、
身のほうは
ちょうどいい脂の塩梅になってくる。

そこを狙って、みんな捕りに行くんです。
糸井 「500円玉」になったのを見計らって。

「枠」が決まっているからこそできる
「マネジメント」ですよね。
勝川 そうです。ノルウェーの漁師たちはみんな
単価をどうやって上げるかに頭を使ってます。

つまり、サバをいちばん高く買うのは、日本。
だったら、
日本がいちばん高く評価するサバを捕ろうと。
糸井 なるほど‥‥。
勝川 資源管理のおかげで魚はたくさんいますから、
漁獲枠の分は確実に捕ることができる。

きっと、彼らにしてみたら
「海へサバを捕りにいく」というよりも
「冷蔵庫に在庫を捕りに行く」
みたいな、そういう感覚なんだと思います。
糸井 ようするに、焦って捕らなくても大丈夫で、
「いつ捕るか」を、自分で決められる。
勝川 だから、相場のいいときに出せるんです。

ノルウェーもニュージーランドも
漁師たちはみんな、
短い労働時間で、高い賃金を得ています。
糸井 ただ、その「漁獲枠」じたいが
漁師にとって少なく感じられちゃったら
きっと「反対」しますよね。
勝川 だからこそ
ノルウェーでも、ニュージーランドでも
当初、漁業者は猛反対だったんです。

でも、資源管理をはじめてみたら
5年も経たないうちに儲かるようになったので
いまでは、みんな、大賛成。
糸井 はー‥‥そうかあ。

日本でも、その「物語」を知ってもらうのが
いいんでしょうかね、まずは。
勝川 資源管理の考えに対しては
よく「ちいさい漁村だと、困るんじゃない?」
と言われるので
「だったら、ニュージーランドで
 いちばんへんぴな漁村を教えてくれ」
と言って、
チャタム島という島を見てきたんです。
糸井 チャタム島。ええ。
勝川 ニュージーランド本土から4時間、
週に2便、小型機が飛んでいるだけの‥‥。
糸井 おお(笑)。
勝川 マオリ族とモリオリ族という先住民の住む、
人口600人のちいさな島なんですが
その島がね‥‥漁業で潤っているんですよ。
糸井 資源管理のおかげで。
勝川 魚を売って得た利益をみんなで出し合って
病院や道をつくったりしてます。
糸井 漁師さんたちが? ‥‥すごいですね。
勝川 彼らに話を聞くと
「もし、資源管理をしていなかったら、
 自分たちの漁業は
 とっくに廃れていただろう」って。
糸井 そうなんですか。
勝川 「じゃあ、みんな資源管理には賛成?」
と聞いたら
もう、95%以上の人が「大賛成」で。

ただ、
「俺たちの漁獲枠、
 もうちょっとあってもいいと思うんだけど」
とは言ってましたが。
糸井 そこは、本音なんでしょうね。
勝川 彼らも、利益が出るのを実感できるまでは
猛反対していたんです。

ですから、彼らの方向転換のプロセスには、
われわれ日本が
参考にできる部分が非常にあるんですよね。
糸井 このままでは魚が獲れなくなってしまうこと、
日本の漁業者は知っているんですか?
勝川 もちろん知っていますよ、それは。

水産庁が行ったアンケートでは、
「昔より魚が減っている」と答えた漁師が、
全体の9割でしたし、
日本の水産資源の状態が悪くなっているという
共通認識は持っているはずです。
糸井 それは現場の感覚で、わかりますもんね。
勝川 逆に「魚が増えていると」答えた漁業者は
ほんの「0.6%」でしたから。
糸井 ただ、
「俺の腕さえあれば、
 海の状態が悪くたって捕ってみせる!」
とか言いそうですね、漁師さんって。
勝川 そういう人たちだって
「海に魚が減っていること」それ自体は
実感しているはずです。

ただ‥‥その危機意識が
消費者まで共有されているかっていうと。
糸井 されていない。
勝川 そこなんです、問題は。

スーパーにはたくさん魚が並んでいるし、
回転寿司に行っても、回ってる‥‥。
糸井 日本のサバが
いちばん質がいいと思い込んでいますしね。
実際は
ノルウェーから高く買ってきたサバなのに。
勝川 繰り返しになりますが、
日本だって
ノルウェーと同じ捕り方に方向転換すれば
質のいいサバを採れるんです。

でも、ルールなしの「自由競争」だから
群れがいたら
まるごとぜんぶ、捕ってきちゃうんです。
糸井 やせ細った「ローソクサバ」まで。
勝川 養殖のエサにしかならないような魚でも、
「俺が捕んなきゃ誰かが捕っちゃう」
から、それが「1円玉」でも捕ってしまう。
糸井 そうなりますよね、規制がなければ。
勝川 みんながそうやって捕ってしまうから
10円とか20円とか、価値が出る前の状態で
貴重な資源を捕り尽くしちゃうんです。
糸井 うーん‥‥。
勝川 そして
「値段が安いなら、そのぶん多く捕ってやる!」
とがむしゃらに、がんばっちゃう。
それが、日本の漁師の現状‥‥なんです。
糸井 でも、もしその状況に置かれたら
自分も同じことをしてるだろうなと思ったら
簡単には、批判できないですよね。
勝川 そう、そうなんです。

決して、漁師さんが悪いわけじゃない。
いまの仕組みでは、仕方がないんです。
糸井 だからこそ、ルールを変える必要があると。
勝川 ぼくは、そう思います。

<つづきます>
2014-06-18-WED
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