東京という名の、広い森。

江戸東京博物館 藤森照信

糸井重里

HOBONICHI no TOKYOHOBONICHI no TOKYO

僕らが住んでいる東京って、
改めて、どんな街なんだろう。

「ほぼ日の東京特集」は、
江戸東京博物館の館長を務める藤森照信さんと、
糸井重里の対談からスタートします。

東京の街並みを長年に渡って
観察してこられた藤森さんが、
建築や歴史について語ってくださいました。

東京の街が世界でも際立っていることが、
「木でつくられていること」でした。

第3回木と成長してきた街

糸井
日本は木でつくられている、
という話に戻りますけど、
木は本当に、日本をよく表していますね。
藤森
そう。石ではなく、木なんですね。

石と木は、矛盾した性格を持っていまして。

木は、石がボロボロな場所で育つんです。

そうでないと、根が張れないから。

糸井
そうか、そうか。
藤森
石はボロボロになったらダメです。

日本列島は地層が押し曲げられているから、
山がボロボロなんですね。

それはつまり、
木が茂りやすいということです。

中国や韓国は古い大陸で地層が硬いし、
岩が割れていません。

石がものすごくいい代わりに、
木があまりよくない。
糸井
飛行機から見ていても、
日本ほど緑の国は少ないですもんね。
藤森
そうそうそう。

日本は岩が壊れているから、
山のてっぺんにまで木が生えるんです。
糸井
砂漠にもならずにね。
藤森
そうそうそう。

だから、日本の建築は
木でつくるしかなかった。
糸井
木って、法隆寺が今でも残っているみたいに、
えらく長持ちもするんだけど、
焼けちゃったら建て直せばいい、みたいな
やり直せる気軽さがありますよね。

藤森
ああ、そうですね。

江戸時代ではね、東京の中心の商店は、
自分の店で使っている建材を全部、
深川とかに貯めておいたそうです。

火事で店が焼けると
翌日に材料を持って来て、
土台の上に建ててしまう。

すると、すぐ商売ができる。
糸井
そんなに準備がよかったんですか。
藤森
日本橋の湯浅金物という
商店の記録を見るとですね、
平均15年にいっぺんは燃えているんです。
糸井
へえー、すごい。

江戸の人は、燃えるのが前提なのに、
平気でいられる感性もすごいな。
藤森
火事に慣れちゃっていますからね。
糸井
僕、この博物館で
一番好きな展示が地層なんですよ。

東京の地層が飾ってあって、
3回真っ黒になっていますよね。

藤森
そう、東京の地層は
大火や空襲で燃えているんです。
木造の火事をどうするかを本気で考えた人が、
後に東京帝国大学の総長になる、
内田祥三という方です。

建築学科の教授で、
火事の研究をしていた彼が考えたのは、
木造で、人が死なないようにしようと。

火事はしょうがないけれど、
人が死ぬのは困るということですね。

準防火と言って、火が移らないように、
軒の垂木をはじめ、木造の表面を
不燃物でカバーすることを法律にしました。
糸井
それ、いつごろの話ですか。
藤森
大正9年の法律です。
糸井
そこからずっとですか。
藤森
そうです。
糸井
僕、木が好きで「ほぼ日」の事務所にも、
壁面に柱を並べていたんですよ。

引っ越しても同じ木を使えるからと、
柱を並べていたんですね。

でも、今の事務所に引っ越したら、
階数の制限があって、
天井まで壁面を木にしたらダメなんですよね。

泣く泣く、柱を置いて引っ越しました。
藤森
ああ、そうでしたか。

防火基準は、階数によって変わるんですよ。

本当ならね、木をちゃんと
外からも見えるように使いながら、
地震と火事の対策もしようと、
戦後にもっと考えられていたら、
できたと思うんですよ。

たとえばね、木の中に薬品を染みさせて、
木の耐火性を増す方法ができてないんですよ。

日本でも化学会社が本気で取り組めばいいんだけど。

糸井
薬品で防火が。
藤森
たとえばドイツでは、
鉄骨の防火が優れています。
糸井
鉄骨の防火がいるんですか。
藤森
火事になったら、ふにゃですよ。
糸井
そうか、熱で曲がるから。
藤森
鉄も、曲がる時はうんと弱いですよ。

下のほうがダメになったら、ぐにゅっ。
糸井
そうか。
藤森
普通は、防火材を巻くわけです。

防火材ってたくさん必要ですから、
鉄の柱をつくったとすると、
防火材だけでも厚くなっちゃいます。

ところがドイツにはね、防火ペンキがあるの。
糸井
ドイツ、すごいですね。
藤森
ペンキを塗るだけですよ。
糸井
塗るだけでいいんですか?

藤森
はい。

原料を聞いてわかりましたけど、
中にパーライト系の鉱物が
含まれているんです。

熱っせられると膨らむ性質があって。
糸井
熱を与えると膨らむんだ。
藤森
1センチぐらいの厚さでペンキを塗って、
熱に当たるとプーっと膨らんで、断熱する。
糸井
はあー、鉱物なのにねえ。
藤森
日本の木造だってね、
腐らない燃えない、なおかつ木の味がある、
ということを本気で取り組んでいたら、
もうとっくにできていたはずですよ。
糸井
これだけ、文化風土的に
木と暮らしてきたわけですもんね。
藤森
そうそうそう。

幸い、木の技術も森の技術も
まだ死んではいませんから。

僕はね、世界中の建築を見てきましたけど、
石についてはイタリアを見ればいい。

木については日本を見れば、
あとは見なくてもいいぐらいですよ。

糸井
中国でも、韓国でも、
木造の建物で羨ましいのはないですよね。
藤森
ないですね。

中国も韓国も今、
木造がつくれませんから。
糸井
あっ、そこまで……。
藤森
中国、韓国で木造住宅をつくれるのは、
大企業の社長ぐらいです。

木がないし、木の職人なんてもう、
文化財修理の職人しかいませんから。
糸井
ああ、そうなんですか。

スウェーデンとか
北欧の木はどうですか。
藤森
木の種類としては、ごくありふれた木です。

トウヒっていう木ですけどね。
糸井
家具の椅子なんかに使われている木ですか。
藤森
そうそう、あの木です。
糸井
いいですよね。
藤森
日本人好みというかね、
白木を好むのは
世界で北欧と日本だけですから。
糸井
ほかの国は好まないんですか?
藤森
塗るのが好きなの。
糸井
センスって、そんなに違うものなんですね。

藤森
違うんです。

日本のお寺なんか、
昔は何かしら塗っていたんだけど、
今はね、塗らないほうがいいと言うんです。
糸井
そうですね。
藤森
数寄屋造りなんて完全に、
木の目を味わっていたわけだから。

木目を味わうというのは、
日本にしかない概念ですよ。

スウェーデンでもね、
木の目はあまり関係ないんです。
糸井
たしかに、北欧の家具は
全体に一つの色の感じになってますね。
藤森
そうそうそう、
わずかずつしか成長しないから、
目があまりに小さくて、目の味わいはない。
糸井
いわば、一色ですね。
藤森
僕は、栗の目が好きでね。

上品で、硬いような柔らかいような、
いい目が出るんだけど、
他の国にそういう文化はないです。

木はもう、圧倒的に日本がいいと思います。
糸井
木の話そのものが、
東京の話と
密接につながっているんですね。

藤森
そうですよ。
糸井
木を一番鑑賞できる場所はお寺ですよね。
藤森
そうそうそう。
糸井
だから結局、
寺社見物というところに
美意識は自然に流れちゃいますね。
藤森
流れちゃいますね。

お寺はちゃんと、伝統を守っていますから。
糸井
そうですね。
藤森
逆にいうと、残念ながら東京はもう、
関東大震災と空襲で
いい木造建築が全部やられていますからね。

江戸時代の300年以上は江戸が都でしたから、
いいお寺が、いっぱいあったわけです。

徳川家がつくったお寺とかもね、
全部震災と空襲でやられましたからね。

あれが残っていたらなあ。
糸井
だからこそ、京都に向かわせているわけですね。
藤森
そうですね。
糸井
京都の観光名所になっている
蛤御門の銃弾の跡だとか、
民家にある新撰組の刀傷なんかを、
みんなが見に行くじゃないですか。

自分で見に行っておきながら、
おかしくてしょうがないんです。
藤森
おもしろいですよね。

本当は、江戸城が残っていたら‥‥。

糸井
江戸城が見られたら嬉しいでしょうね。
藤森
江戸城ではね、部屋のランクによって
木を使い分けていたんです。

将軍がお出ましになるところは檜で、
木を見ると、ここから先は行っちゃいけないとか。
糸井
木を見るに敏(笑)。
藤森
そうそうそう(笑)。

「木を見るに敏」じゃないと切腹させられる。

大名の格で、木材が全部違っていたそうです。
糸井
わかる人には、ちゃんとわかるわけですね。

(つづきます)

2017-04-18-TUE