祝・新潮文庫になったよ。

黄昏

浅草・スカイツリー篇
 
第6回
カニは液体。
越前ガニっていうものがあるでしょ。
福井が誇る、日本の宝物です。
糸井 うん。
三国っていうところに昔行ってね。
カニづくしの取材をした。
市場に行くと、カニがずらーっと整列してんのよ。
糸井 市場でガチャガチャ動き回ってるわけ?
いや、だから、ものすごく
おとなしく整列してんの。
糸井 ん? 飾り物?
いや、生きてるんだけど。
タコと違って、越前ガニって、
地上に連れてきたときには
もうぐったりしてて、
ぜんぜん動き回れるような感じじゃないんだ。
糸井 水族館で見たときは元気そうだったけど。
あれは、
海で生きてるときと同じ条件にしてあるから。
たぶん、ものすごく水温低いよ。
糸井 そうか。
だから、そこの市場とかでさ、
水揚げしたばかりのカニを裏返して
ただ置いてあるんだけど、
ぜんぜん逃亡しない。
糸井 はぁはぁ、そういうことか。
前に、浅瀬をタカアシガニが
ジャキジャキ歩いてたら怖いぞ、
っていう話をしたけど、
そういうことは、実際には、ないんだな。
タカアシガニはどうだか知らないけどね。
いま話してるのは、
タカアシガニじゃなくて、越前ガニだから。
糸井 越前ガニってのは、高いカニだよね?
1匹、ナンマンエンもするよ。
糸井 タカアシガニじゃなくてタカイカニだ。
そうそう、越前ガニは
タカアシガニよりタカイカニ。
糸井 覚えといたほうがいいね(笑)。
で、そこで聞いた話なんだけど、
カニ屋のおじさんが言うのには、
カニの中身って、
ほとんど液体のようなもんなんだって。
糸井 またまた。
いやいやほんとに。
そう言うんだよ、おじさんが。
「カニはもう、
 液体みたいなもんですからねぇ」って。
糸井 言い切ったね。
いや、言い切ってはないんだけど。
糸井 みなさん!
みなさん! カニは液体です!
糸井 言い切ったね。
液体、の、ようなものです!
糸井 ははははは。
だから、もうねぇ、水揚げしたら
すぐ食べたほうがいいんだって。
どんどん、液体が失われていくから。
糸井 しかし、ほんとはどうなの?
完全に液体なわけじゃないでしょ。
いや、そうなんだってよ。
オレたちが知ってるカニの肉ってのは、
ゆでたから、あのようなカタマリに
なってるんじゃないかな。
糸井 ゆでるまえは液体?
じゃあ、どうやって動いてるの。
殻が動くわけじゃないだろう。
まァ、筋肉は、あるにはある。
なんか、頼りないような、
ふわふわした動きをしてんじゃないのかな。
海底で‥‥。
糸井 ふわふわ? カニが? 海底で?
うん。その、なんか、申し訳ないけど。
糸井 いや、伸坊が謝ることはなにもない。
だからね、水揚げしたら、一分一秒を争って、
もう、ものすごく早く食べなきゃダメ。
糸井 液体として? 飲むの?
いや、飲むっていうか、ちょうど、
ゆでると生卵がゆで卵になるような感じで‥‥。
糸井 ああー、なるほど。
ちょっとイメージができた、いま。
ゆでると、タンパク質が変質して固まる。
早ければ早いほど、うまいって言うんだよ。
糸井 ああー、たしかに、
漁師さんたちは、とってきたカニを
「浜ゆで」するっていうものね。
たしかに、早いよね。
うん。とにかく早く食えと言われましたよ。
糸井 液体だから、早く食えと。
ウン。
糸井 いや、南さん、オレはね、
さっきカニが液体だということについて
疑念を抱いてしまったけれど、
カニは‥‥液体だね!
一同 (笑)
どこで納得したんだ(笑)。
糸井 ゆでてるところ。
ゆでてるところのリアリティー。
ハハハハハ。
糸井 だからね、いま、ゆでてないカニを
この場でコツンと叩いて割っちゃったら、
中身が、ジョワァーと出てきちゃうと思う。
だって、卵だってそうじゃん。
うん、でも、そこまで
信じられちゃうと‥‥
ちょっと違うかも‥‥。
糸井 いや、いい、いい。液体で問題ない。
問題ないか。
カニは液体で問題ない!
糸井 だから、脊椎動物のイメージで考えるとさ、
こう、心棒となる骨が中心にあって、
その外側に内臓の袋を組み合わせるには、
肉とか筋が必要になるような気がするけど、
カニは、ほら、外側が骨だからさ。
うん、カニは、外側が骨だからな!
糸井 わははははは。
わははははは。
糸井 もう、中はジュワァーで大丈夫。
大丈夫、大丈夫(笑)。
糸井 だから、もし、カニとカニが出会って、
「どう?」って訊いたとしたら、
「ん、大丈夫」って。
アハハハハ。
糸井 じゃあ、いっそ、食べるときに、
生のカニをチューチューする、
っていうやりかたもあるよね。
白魚の躍り食いみたいなもんでさ、
ストローをプッと刺して、チュっと。
生きてるやつをね。
糸井 だって、液体だからな。
いや、伸坊、どうしていままで
それを黙ってたんだ。
ははははは。
黙ってたわけじゃないんだけどさ。
糸井 すごいね。
液体だと思うよ、いまじゃオレも。
だから、カニは、冬のものすごく寒いときに、
上げたばっかりのやつを
とにかく大急ぎで食べないと。
糸井 なるほどなぁ。
でも、こんなにカニについて、
感心したり、熱く語ったりしてるけど、
オレは甲殻類アレルギーだから
食えないんだよ。
あ、そうかぁ(笑)。
糸井 だから、ずーっと、
人がカニを食べてるのを見続けてきた人生。
ハハハハ、そりゃ気の毒だ。
糸井 つまり、なんていうの、
いやらしい宿の息子として生まれて、
もう大人たちのいろんな色模様を、
ずーっと見てきた童貞みたいな。
ずーっとフスマの隙間から見てきて‥‥。
糸井 もう、妄想でパンパンだよ。
「カニの中身は液体らしいぞ!」
「ほ、ほんとかよ!」
ハハハハハ。


(カニは液体、なの? つづきます)
2014-06-20-FRI
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写真:山口靖雄
(C) HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN