岡本太郎という芸術家は、
日本の各世代の、いろんな職業の人びとの心に
いろんなものを残しているようです。
あちこちで息づく太郎の遺伝子を、
このコーナーでは、ご紹介していきます。
おひとりめは、みうらじゅんさんです。

みうらじゅんさんプロフィール




1970年、万博広場にそびえ立つ太陽の塔をみて
「エレキング!!」と叫んだという、
みうらじゅんさん。
TAROが住んでいた、東京・青山の
岡本太郎記念館を、はじめて訪れました。


第1回
岡本さんって、怪獣が好きなんだねぇ。

みうら 岡本太郎記念館って、こんなところにあったんだ。
へえぇ、ぜんぜん知らなかった。
── ここは、TAROが住んでいたところなんですよ。
いまは記念館になって、 作品がたくさん展示されています。
アトリエだったところもみることができます。
じゃあ、2階から行きましょうか‥‥
あれ? みうらさん!
あー、おみやげものですね。


まずは売店をのぞくみうらさん。
みうら うん、そうだよ。
いっぱいあるねー、岡本さんのグッズ。
あ、この「太陽の塔」のキーホルダー、
万博のときに買ったよ、持ってるよ!
── おんなじモノですかね?
みうら キーホルダーの金具が今風になってるよ。
むかしは、カシャン、カシャンって やつだったのになぁ。
ああ、あのおっきい太陽の塔、ほしいな。
ネクタイもあるね、すごいねー。
── ‥‥みうらさん、
みやげものはあとにして、
2階から見て回りましょう。

みうら ハッ、行きましょう行きましょう。
(2階へあがります)
うあああ!!
生々しいですね、原画って。
── 筆の勢いとか、
やっぱり生で見ないと
わかんないですよね。
みうら すげえ!
エンピツで描いた下絵とか、
見えちゃってるもんな。
あ、これ見てよ。すごいね。
修正しないもんねぇ!


黒い絵の具が垂れているのに。
みうら うーん、‥‥すっごいな。
けっこう荒々しいですね、作品は。
── みうらさんは、
いわゆる現代アートのようなものって
お描きになるんですか?
みうら 描いたことないねえ。
あ、でも、こういう絵って
人と電話してるとき描くじゃん?
── 電話してるときに(笑)。はい。
みうら 電話してるときって、
へっんな絵、描くでしょ?
グリグリグリーって。ボールペンで。
でも、ふつうは、電話していないかぎり、
こういう絵って、出てこないよね‥‥。
この人は、電話してないもんね!
── 逆に、常に電話してたか、ですね。
みうら どっかと交信してたのかな(笑)。
あっ「太陽の塔」だ。

── みうらさんの初TARO体験は、
やはり「太陽の塔」ですか?
みうら そうだね、ぼくらの世代はみんな
「太陽の塔」でしょう。
いまでもまだ、万博公園に立ってるし。
俺、たまに見に行くんだよ。
こないだも、行ったんだ。
やっぱり、シンボリックなものだからね、
70年代の象徴ですよね、この塔は。
── 「太陽の塔」は、万博に行ったときに
はじめてごらんになったんですか?
みうら えっとね、俺が小学校高学年くらいのころ、
『少年マガジン』に
巻頭グラビアの連載があったんだよ。
その巻頭グラビアってね、
「未来はこうなる」とか
「出羽三山の即神仏ミイラとは?」とか
とにかく内容が毎回むっちゃくちゃだったんだ。
俺、そのグラビアシリーズの
影響をたぶん、すーごく受けてて(笑)。
そこで、「太陽の塔」が特集してあったの。
とぉーにかく、印象的だった。
── なるほど。雑誌で、
小学生にとってはわりと
ショッキングなことを取り上げられるページで、
はじめてみた、と。
みうら 俺ね、そこで「太陽の塔」をみたとき、
怪獣だと思ったんだ、やっぱ。
「ウルトラセブン」に出てくる
エレキングってヤツに似てるんだ。
エレキングも白くて、脇腹んとこに
いなずまみたいな模様が入ってるんだよ。


ここのワキのいなずまが、エレキング風。

「太陽の塔」の足下には、
万博当時はお祭り広場ってのがあってさ、
「その広場から顔出してる怪獣、ってイメージで
 つくったのかなあ、岡本さん」
って、思ってたけど。
だから岡本さんは
「怪獣好きな人」ってイメージが
すごくあった。
── 怪獣好きな芸術家。
みうら だって、芸術は
破壊したり創造したりすることだから。
怪獣も、破壊するからね!
で、そうこうするうちにCMで岡本さんに
今度は「爆発だ!」って言われたからさ。
ほら、怪獣はもう、爆発させるから!
── なお、怪獣の人だ、と(笑)!
みうら うん。
── 「太陽の塔」は、当時の大人には
賛否両論だったそうなんですけど。
みうら でしょ?!
子どもには大ウケだったよ。
子どもにウケたのはね、
「太陽の塔」と、あと「ワコール館」!
「ワコール館」には、
女の下着がいっぱいつってあったのよ。
すーっごいワクワクした、それは!
「ワコール館」と「太陽の塔」はもう、
「要チェキ」っていうことだったよ、
当時から。
── TAROが「太陽の塔」のデザインを発表したときには、
内部から反対の声もあったといいますが。
みうら そうなの?
いまとなっては、万博というと、
まず、あれなのにねぇ。
だって、「日本庭園」なんつったって、
覚えてないもの。
── ですよね。
みうら 世のなかの判断ってのは
やっぱりまちがってたんだ。
ふーん。
なにがいいか、
子どもに投票させりゃあよかったのにね。

だって、子どもが行くんだもん!
俺も小6だったけど、
何回も行ったよ、万博は。
── かなりお好きだったんですね。
みうら いや、万博に通ったのは
いろんなパビリオンのスタンプを
集めるのが好きだったからで、
万博自体は、あーんま、好きなことなかったな。
── あら、急に。
そうなんですか、
あまりお好きではなかった。
みうら 「太陽の塔」と「ワコール館」、
それから「せんい館」は
横尾忠則さんがつくったことを
あとで知ったんだけど、
その3つ以外は
あんまり好きじゃなかったなあ。
なにしろ人がいっぱいでね。
万博を好きな人っていうのは、
ほら、バーゲンを好きな人でしょ。
── 流行りものを追いかける、というか。
見ておかないと遅れてしまうというか。
みうら そうそう、ブランドの店ができたら並ぶ、
みたいな人たちね。
俺、その頃はすでに
メインストリートを逸脱した人生
送っていたからね。
じつはすごくいやだったんだ、万博。

(来週の水曜日に、つづきます!)

2003-10-29-WED

このページに関するメッセージをpostman@1101.comまでお寄せ下さい。
このページの全部または一部の無断複製・転載を禁じます。