武田双雲ー糸井重里 HOME 言葉について、書について、 「いつでも帰ってこれる場所」について


第6回 それぞれのビートルズ
武田 ぼくらの世界には「王羲之」という人物が、
始祖として、君臨してるんです。
糸井 おうぎし。その人が書道をはじめた?
武田 書道史上、もっともすぐれた書家。

書聖とも称されていて、
ぼくたちの世界では、もう断トツ。
糸井 中国の‥‥いつごろですか?
武田 西暦でいうと300年代、東晋の時代の人です。
糸井 へぇ‥‥。
武田 それまでも文字の歴史はあったんですけど、
芸術としての書の歴史がスタートしたのは、
王羲之から。
糸井 つまり、ビートルズだ。
武田 空海も王羲之の影響を受けてますから、
「弘法大師の師匠」になります。
糸井 そう聞くと、一気に近くなるね。
武田 ええ、ちなみに後代、「顔真卿」って人も出て。
糸井 がんしんけい。
武田 こっちは、ローリングストーンズかな‥‥。

王羲之以来の伝統的な楷書を
破壊するような書法を生み出したんです。
糸井 なるほどね。
武田 何人もの著名な書家が顔真卿に憧れてますし、
明朝体の基礎をつくった人物とも言われてます。

でもまぁ、とにもかくにも、
書道においては、
はじめの王羲之という人がビートルズ。

彼のうえに「書」のすべての歴史が
積み上げられていくんですね。
糸井 ほう‥‥。
武田 で、王羲之の書いた『蘭亭序』という作品が
書の歴史における「最高峰」とされているんです。
糸井 らんていじょ。
武田 そう、「蘭亭」という場所で宴が催され、
そのときにつくられた詩集の序文の草稿。

王羲之が酔っぱらって書いたという伝説の書で、
実は本物は誰も見たことがないんですよ。
糸井 実物が残ってないんだ?
武田 ええ。ですから、このあいだだって
模写本のなかでも、
有名な4〜5種類が日本にやってきたんですが、
もう、大騒ぎになってました。
糸井 へぇ‥‥知ってたら見に行ったのになあ。
武田 模写本って、つまりはニセモノですよね。

しかも、誰も本物を見たことのない、
酔っぱらって書いたと言われてる「草稿」の模写本。

そんなのが、ぼくら書家の基本になってるんです。
糸井 それが武田さんたちの「ルール」なんだ。
武田 おもしろいでしょう?

たとえば「はらい」の基本はどうだとか、
美しさの基準はどうだとか‥‥書の土台が
決まっちゃってるんですよ、そこで。
糸井 草稿ってことは、清書はしなかったの?
武田 なんども清書したらしいんですけど、
けっきょく、
超えられなかったと言われています。
糸井 草稿を。
武田 はい。

限りのない宇宙の大きさを語ったり、
人の運命や命のはかなさを思ったり、
人類の歴史を憂えたり‥‥
そんな高遠な内容の文章を
即興で紡ぎだしたと言われています。
糸井 そうなんだ。
武田 どうして、そんな言葉を
一瞬にして吐き出すことができるのか‥‥
ちょっと想像を超えます。

もう「いち書道家」とかいう存在では
ないような気さえしてくる。
糸井 書の世界も、おもしろいよね‥‥。

武田さん、「野口シカの手紙」って、
ご存知ですか。
武田 いえ‥‥どういう字ですか?
糸井 「シカ」っていうのはカタカナなんですけど、
つまり、野口英世のお母さんなんです。

で、その人が、英世に宛てた手紙なんですよ。
武田 へぇ‥‥。
糸井 福島県の野口英世記念館に展示されてるんですが、
その、書道家でもなんでもない人が書いた一通の手紙に
井上有一さんが、相当ショックを受けたらしくて。
武田 そうなんですか。
糸井 井上さん、手紙の写しかなにかをお持ちだったので、
見せていただいたんです。

そしたら、ぼくのような素人の目には、
なんだか、井上さんの書みたいに映ったんです。

でも、井上さんは「断然こっちのほう上だ」って。
武田 へぇー‥‥。
糸井 「オレが書いたものなんかより、
 こっちの手紙のほうが、ぜんぜんいいんだ」って。
武田 井上さんみたいな字ということは、
いわゆる「達筆」なわけじゃないんですよね。
糸井 うん、一般的に言ったら、
「達筆」とは、ほど遠いでしょう。

‥‥「たどり着かないんだよ、ここに」って言ってた。
武田 そうですか‥‥。
つまり、井上さんにとってのビートルズなんだ。
糸井 そのときに、
「ああ、今日、来てよかったな」って思えたんです。

「書」というものに対する興味が、
ぼくのなかで、深いところに落ちた気がして。
武田 ぼく、「書道家」というジャンルって
本当は存在しないと思ってるんですね。
糸井 ほう。
武田 なぜなら、中国でもそうなんですけど、
「書道家」という人は
今までいなかったんです、ひとりも。

著名な書家って、
まず政治家だったり、宗教家だったりするので。
糸井 ああ‥‥そうか、空海だって「お坊さん」だし。
武田 書道家っていうと、なんか違和感がある。

もちろん、お習字の先生はいっぱいいます。
でも、書道家って呼んでしまうと‥‥。

だって、井上有一さんのお話を聞いてたら、
それこそ「崇高な教育者」じゃないですか。
糸井 うん、そうですね。
じっさい、小学校の校長先生だったわけだし。
武田 自分自身についても、
ふだんは「書道家」と言われていますが、
ぼくは別に
書道の技術を教えたいわけではないから。
糸井 それじゃあ、何をしたい?
武田 そうですね‥‥。

やっぱり、伝えたい。
コミュニケーションしたい‥‥んだと思う。
糸井 書をつうじて。
武田 ええ。いろいろ、やってることにたいして
バッシングもされますけど、
それでも、コミュニーションしたいんです。

書をつうじて。

<つづきます>

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2008-12-29-MON

(C)HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN