9 これでしっくり来る。


糸井 動機だけがわからないって、
刑事ドラマでもいろんな人が
さんざん悩んでますね。
地下鉄サリン事件のときも、
無差別に人を殺すことへの
限りない恐怖がありました。
あそこで動機さえ明かされたら、
「俺はとにかく大勢殺したかった」でも何でも
言ってくれたら、
物語が完結したんです。
周防 そう、完結、そうです。
動機なき殺人と言われるものが
これだけ増えてくると、
今までのマニュアルでは
どうしようもないです。
糸井 動機中心ですからね。

周防 最近、裁判傍聴が流行ってるようですが、
もしかするとそれは、1人の人生の物語を
法廷で聞けるからかもしれません。
法廷っていまだに、
そういう物語を作り続けてる場所なんです。
糸井 それは‥‥たとえは違うかもしれないけど、
急にサッカーが日本で流行るよ、
と、言われ出したときって、
スポーツ紙にサッカー経験者が
あまりいなかったんです。
それまでは、スポーツ=野球でしたから。
そこで、野球担当の人が
しぶしぶ引き剥がされてサッカー担当になった。
彼らは当初、野球のロジックで
サッカーを語ったから、
サッカージャーナリズムは
しばらく育たなかったんです。

仮面ライダーや月光仮面も、おなじです。
広く乱闘できる場所を作って、
敵が周りを取り囲んで、というような
時代劇の方法を取っています。
で、あとは「トウ」とかね、剣道の掛け声かな?
そんなふうに物語の軸の部分は
急には変わらずに、次に伝播していくものです。
いつの間にかどこかから
違うものが来て変わっていく、
ということなのかもしれないな、と思います。
周防 そういえば、映画を撮ったあとに、
木谷明さんという、元裁判官で
今法政大学で先生をしてらっしゃる方と一緒に
本を作ったんです。
僕が映画を撮影しながら疑問に思ったことを
木谷先生にたずねる本なんですが、
その中で僕は、
どうして取調官は、
ほぼ一問一答で取り調べているのに、
わざわざ一人称独白体にして調書を作り、
事件を物語化していくのかをたずねてみたんです。
そしたら、
「これはね、1000年の歴史があって、
 そう簡単に直るものじゃないんです」
と言われましてね。
糸井 なるほど。
周防 日本の裁判の歴史は、
江戸時代までは、ほとんど訴追側だけで、
つまり警察が捕まえて自分たちで裁いていたんです。
そうすると、そのときのいちばんの重要な、
この人が下手人(げしゅにん)である
ということの証明は、
本人のしゃべったことを書いたものなわけです。
本人が自分がやりましたとしゃべっているから
こいつが殺人犯で間違いない、と。
だからこそ「私は正直に申し上げます」と言って、
一人称独白体でずっと書かれてきたわけです。
それが1000年の歴史を持っています。
明治からはドイツ、
第二次世界大戦後は英米法の影響を受けて、
そのたびにそういった調書の書式が
消えかかった時期があるそうです。
だけど、復活してるんですよ。
そう簡単に伝統は変わらない。
糸井 物語が好きなんだね。
周防 物語じゃないとしっくり来ないんでしょう、
きっと、調べる側は(笑)。

糸井 「しっくり来る」って言葉、鍵ですね(笑)。
見事ですね。
周防 はい(笑)。だから僕も、今の調書の取り方の
どこに合理的な理由があるのか
まったくわかんないんだけど、
結局は、辻褄を合わせて物語を作っていくわけです。
糸井 はぁああ、そうか。
そういうことを知れば知るほど、
裁判の、どこをどう描くかというのは、
映画監督としてえらい大変だったでしょうね。
周防 もうライフワークです。
この1本で終わんないですよ、これ(笑)。
糸井 いや、お話伺っていると、
そんな予感がします(笑)。

(対談は明日へつづきます。
 つづいておたよりのご紹介をお読みください)


毎日の通勤電車が混雑しているような方たちには、
じっとりとした身に迫る恐怖があると思います。
この映画をわたしは
手に汗握りながら鑑賞しました。
長い鑑賞時間の中で、しかし一時たりとも
意識を萎えさせられることなく。
これほどまでに隙のない映画は無い、
そしてとても面白い映画だとそう感じました。
ハリウッド映画なんて目じゃない、
緊張感、恐怖、昂揚、の連続。
しかしこの映画には空想や夢や希望、
そんな力技ばかりが溢れているわけではなくて、
ただひたすらに
生々しい現実がストイックに、
それも誰にでも明日起こり得る悲劇が
描かれているのですから。
こんな映画を待っていたんだと、
沢山の鑑賞者が感じているのではないでしょうか。
(o0oishirieo0o)

アメリカに住んでから
3度ほど陪審員の通知書が届きました。
市民権を持っていない為、
陪審員にはなれませんでした。
それでも通知が来る度に
裁判や法律というものに
興味をもつようになりました。
アメリカで裁判物の映画や番組が多いのも
人びとの感心の高さゆえでしょう。
日本での導入は混乱が起こるでしょうが
人びとに考えるチャンスを
与える意味でも価値のあることだと思います。
そしてこの映画は
1枚の通知に値するものだと思いました。
(nnn)


2007-02-22-THU


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