経済はミステリー。
末永徹が経済記事の謎を解く。

第1回 プロの視点

いろいろな分野で「プロ」と呼ばれる人たちがいる。
何となく偉そうなその人たちは、
アマチュアと一体なにが違うのだろう。

「プロ」は、「プロフェッショナル=職業」の略だ。
英語の意味だけを考えれば、
行為の対価として、「お金をもらうかどうか」が
プロとアマチュアの境目のようだ。
ほぼ日」は原稿料が出ないから、
この文章を書いている僕は
「文章を書くアマチュア」ということになる。
でも、もし、邱さんのように連載が溜まって本になれば、
この文章は「プロが書いた文章」になる。何だかヘンだ。

別の区別の仕方もある。
アマチュアと戦って負けないのがプロ。
いつも必ず、というわけにはいかなくても、
「相当に高い確率で」負けないのがプロだ。
マージャンやルーレットのプロはいるけれど、
宝くじのプロはいない。
宝くじは、誰が買っても当る確率は同じだから。
宝くじのプロを名乗る奴がいたら、
嘘つきか気違いのどちらかだ。

それでは、「金融、経済のプロ」はどうだろう。
金融や経済に関する仕事で
「お金をもらっている人」は、たくさんいる。
だけど、そういう人たちの薦める株や
投資信託が値上がりするとは限らない。
株価でも為替レートでも、
経済に関する将来のことを予想して
「相当に高い確率で」アマチュアより当る人は、
実は、滅多にいない。
セールスマンや評論家(株の評論家は
「アナリスト」と呼ばれることが多い)は、
予想が外れても、給料はちゃんともらえる。
その意味では、立派な「プロ」だ。

もちろん、中には、当る人もいる。
僕自身、まったくのアマチュアと較べれば、多少、
高い勝率で当てる自信はある。
僕は、昔、会社の金を使って株を売り買いする
「トレーダー」という仕事をやっていた。
セールスマンや評論家と違って、
予想が当らないと給料をもらえない仕事。
それを十年続けたことは、一応、証拠になるだろうか。

でも、
「さあ、これから皆さんの財産を十倍にしましょう」
なんて内容の記事は、書けない。
少し前のITバブルのころ、
その手の威勢のいいタイトルの本が
ずいぶん出版された。
そういう本は全部インチキだと、
読まなくても断言できる。
そういう「当て方」は、絶対にできません。

他のことに関しては冷静で賢い人が、
株や為替の話になると、案外、
「あした上がる株は?」的な「情報」を求めてしまう。
プロは、そういう「情報」で儲けていて、
自分はそれを知らないから儲けそこなっている、
と考える。

たしかにインプットされる情報の絶対量は
大きいに越したことはない。
しかし、もっと大切なのは、分析能力だ。
情報に意味を与える力。
程度の低い例で恐縮だが、
たとえば、新聞の株価欄は、
「企業名と一日前の株価」という情報が、
細かい活字でぎっしりと並んでいる。
そこから、自分の知りたい会社の株価を
拾ってくるだけでも、
ある程度の訓練を経ていない人には難しい。
情報は、分析しながらでなければ、収集できない。
知らない国の言葉でどんなにすごい機密を聞かされても、
情報を収集したことにはならない。

新聞を読まない人は当然として、
それまで一般紙を読んでいた人でも、
「日本経済新聞」はとっつきにくいと思う。
僕も、就職して新聞を「日経」に変えたばかりのころ、
一面を読むだけで疲れてしまった。
「日経」は、飛行機が墜落して人が大勢死ぬことより、
企業がちょっとした新規事業を発表したことを
大きく伝える新聞である。
そのズレが、慣れない読者を疲れさせる。
同じ出来事でも、視点が変わると、
まったく違って見える。

レストランで食事をする時、普通の人が気にするのは、
味の「おいしい、まずい」、値段の「高い、安い」、
雰囲気の「いい、悪い」であろう。
一般紙は、そういう視点で書かれている。
「日経」の視点、
つまり、「金融や経済のプロ」の視点は、
「家賃はいくらか」、
「材料費はいくらか」、「人件費はいくらか」、
要するに「この店は儲かっているかどうか」にある。

いつもそんなことを考えている
「イヤな奴」にはならないほうがいいと思うが、
そういう視点で世の中を見ないと、
経済に関する情報は頭に入ってこない。

2001-03-08-THU

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