おいしい店とのつきあい方。
七冊目

029  シアワセな食べ方。 その20
砂糖とすき焼き。

そもそも昔から、日本の料理には
砂糖を味付けの「主役クラス」として扱う料理が多かった。

例えばすき焼き。
子供の頃。
家ですき焼きを食べるということは、
父がすべてを差配するというコトでした。


上等な肉を父が自ら買ってきます。
ほどよき厚さに削られた脂ののった牛肉が、
一枚一枚丁寧に折りたたまれた状態で竹の皮に包まれて、
テーブルの上に鎮座します。

テーブルの上にはコンロ。

「シンイチロウ、すき焼き鍋を持ってきなさい」
と厳かなる指示。
木綿の分厚い布でつつまれた南部鉄の重たい鍋。
磨かれ、油がほどこされテカテカひかる使い込まれた鍋を
水屋からとりだして、父に手渡す。

コンロの上に鍋を置き、火をつけ鍋をあたためます。
鍋の周りにはくだんの肉と焼き豆腐、
ネギと水を含ませ戻した麩。
食卓の真ん中に生玉子が山積みされて、
父が1個玉子を手にして手元の器に割りおとす。
それを合図に子供たちも玉子を割り落とし、
器の中で玉子を崩して厳かに待機します。

玉子は溶くのではない。
崩すだけ。
どう崩すかというと、箸で黄身を挟んでひとつまみ。
直角に角度を変えて箸でつまんでひとつまみ。
それを3度くりかえすと
黄身はほとんど崩れて、白身にまじり
黄色いマーブル模様が器の中に描きだされる。

黄身は甘みと旨味を肉にまとわす。
一方白身は、ヌルンと肉にまとわりつくことで
肉をおいしくさせるから、
完全に混ぜてしまうと勿体ない‥‥、
というのが父のこだわり。

少々、面倒くさくはあったけれど、
そのようにして食べると父がうれしそうにすることと、
たしかにおいしく感じて
子供たちは父のこだわりに付き合った。
ただ生玉子が好きでなかった母は
ビーフコンソメスープを温めたものをボウルに入れて、
そこで甘い肉を洗って食べてた。
世の中で自分の思い通りにならないものは、
母の気持ちだけと父はすっかり呆れ顔。

ちなみに‥‥。
大人になってからのボクは
生の玉子の白身がドゥルンと正体不明に粘って
とろける感じが嫌いで、
すき焼きはご飯のおかずにして味わうか
母と同じく何かで洗うようにして食べる。
けれど小学校5年生くらいまでは、
玉子かけご飯が大好きでしょうがない
無邪気な少年であったのでありました。


鍋がうっすら煙を発しはじめます。
もうその段階で、鍋に染み込んだ
すき焼きの美味しい香りが立ち上がって
おいしい予感にうっとりします。
牛脂をひとつまみ。
父がつまんで鍋にじゅーっと当てて、
鍋肌全体を丁寧に拭いていく。

さて、焼きはじめます。

テカテカの鍋にザラメをひとつまみ。
たちまち溶けて脂と混じって沸騰します。
そこに肉を広げてかぶせ、醤油を注ぐ。
四国の醤油では
ザラメの甘さと醤油の甘さが喧嘩するからと、
ほぼすき焼きのときにしか使わなかった
キッコーマンの醤油をトポトポ。
醤油に砂糖、そして脂が鍋の中ではじめてであって
タレとなり、ブクブク大きな粘った泡を作って
肉を持ち上げる。
ひっくり返すと見事に焦げ目がついていました。
しかもツヤツヤ。

ザラメの糖分と脂で艶がでるんだよ‥‥、
と言いながら焼けた肉をつまみ上げる父。
まず一番下の妹が玉子を崩した器を差し出し、
それから歳の若い順から1枚、そしてまた1枚。
肉を半分ほども焼いたところで、
豆腐やネギを鍋に入れコロコロ転がしそこに日本酒。
煮るように焼いて次々お腹におさめる。
最後は茹でたばかりのうどんを入れて、讃岐の醤油。
鰹節をたっぷりふりかけ
すき焼き味の焼うどんのようにして〆る。


子供ながらにすき焼きって
「砂糖を食べる料理」なんだなぁ‥‥、って
食べるたびにドキドキしたものでした。

しかも砂糖が脂や醤油と
さまざまなものと出会うことによって、
砂糖をそのままなめるのとはまるで違った味わいになる。
なるほど、料理における調味料とは
そういう存在なんだ‥‥、と思ったりした。

晩御飯の後には必ず、
ケーキやアイスクリームを食べる子供たちも、
すき焼きを食べたときに限っては
「果物でいいや」なんて
甘いお菓子を食べることをためらったりした。
だって、あれのほどの砂糖を「見たら」
甘いものを食べたくっても食べられなくなる。

当時はすき焼き用の割り下だとか、
めんつゆだとかがなかった時代です。
すき焼きに限らず、昔の砂糖は目に見える形で、
目に見える使われ方をしていた。
だから使いすぎに注意した。
ボクの母は
甘さを砂糖にたよった料理を作ることが苦手な人で、
素材ひとつひとつの持ち味に一生懸命耳を傾ければ
砂糖なんて使わなくても、甘い料理は作れるものよ‥‥、
って、だから家に買い置きの砂糖はなかなか減らなかった。
子供好みの玉子焼きを焼くときくらいだったかなぁ‥‥、
コーヒーや紅茶を飲むときに使うグラニュー糖の方が
料理用の上白糖より消費量が多かったほど。

そんな昔から40年。
今は見えない砂糖で料理ができる不思議な時代。
また来週といたしましょう。

2018-05-24-THU

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