054 超えてはならない一線のこと。その25 「ご馳走」という言葉の意味が変わってきた。

料理の世界、食品の世界において
「過ぎる」というコトがなぜ起きるのか。
考えてみれば、
「サービス精神旺盛であり過ぎる」ことが
理由のひとつなのかもしれません。

食べる人のためにもっとおいしくしてあげたい。
そう思う気持ちが、ドンドン味を濃くしていって、
結局おいし「過ぎる」料理ができる。



日本人が大好きなパスタ。
有名シェフがこう言います。

はじめて来たお客様を、パスタを食べた一口目から
「おいしい!」とうならせようと思ったら、
塩辛くなる寸前まで塩を効かせてごらんなさい。
お湯にもたっぷり塩を入れ、麺の中まで味入れをする。
味見をして、ちょっと過ぎたかなぁ‥‥、
と思う寸前に感動的な味があるから。
でも、自分の大切な家族にためにパスタを作るなら、
塩は控えてやさしい味に整えなさい。
最初はちょっと物足りないけど、
愛する人が自分のために作ってくれた‥‥、
と思うと物足りなさも我慢できるに違いない。
食べてるうちに、最初は気づかなかった
素材の旨みや風味に気づき、じんわりおいしくなっていく。
だから塩は控えめに‥‥って。

日本の料理はもともと「控える」コトで
味を引き出す文化があって、
それは「食べ続けることでおいしく感じる」という
もてなし精神の表れだったと思うのだけど、
そうした控えめなもてなし精神は、
押しつけがましいサービス精神の陰に隠れて息も絶え絶え。
もったいない。

サービス精神はそればかりか、
他にもいろんな方向に発揮されます。
今は本来、食べることができないモノを
食べさせてあげたい、あるいは、
ココでは本来食べることができないモノを
食べさせてあげたい‥‥、と。
様々な努力の末に、「季節外れ」や「場所違い」は、
当たり前のモノになってしまった。



イタリアにレストランの経営者の人たちと
一緒に行ったときのコト。
ミラノで入ったレストランで、
カルボナーラが食べたいネと、
誰ともなく言い始めてそれをお店の人に伝える。
すると一言。
「カルボナーラはローマから南の料理だから、
 うちにはないんだ」と。
なにより、ミラノまで来たらパスタなんて食べてないで
カツレツを食って帰りな‥‥、とまで言われて戸惑う。
フィレンツェにいけばビフテキを食べたかと聞かれ、
思えば北イタリアの料理は白い。
トマトは南の食べ物だから、
トマトソースを食べたければ
南に行って食べたほうがおいしいだろうと言うのです。

その場所でとれた食材同士を使って、その土地の水、
その土地のオリーブオイルと一緒に調理をすれば
それだけでおいしい料理ができるんだ。
調味料なんていらないね。
自然に素直な料理は、
たとえ毎日同じものを食べたとしても飽きることがない。
イタリア料理は郷土の料理なんだよね‥‥、と。



自然の、素直なモノを食べる。
そういえば昔、お医者様に
こんなコトを言われたことがある。
人間は自分でとることができるものだけ食べていれば
病気になるようなコトがない。
赤ちゃんの頃に、
自分の手でつかむことができる食べ物といえば、
お母さんのおっぱいだけ。
徐々に食べるものが増えてきて、
若くて体力のあるときならば
動物を殺して食べることもできる。
歳をとるとどんどん体力がなくなってきて、
動物でも牛よりも豚。
豚よりも鶏と殺せるものの個体が小さくなっていく。
どんなに歳をとっても、野菜ならば収穫できるし、
果物や木の実やキノコは手に入れやすい。
小魚も年齢を問わずとれる魚で、
なにより玉子は世代を越えた自然のご褒美。
なるほど、そういう考え方もあるんだなぁ‥‥、と、
感心させられたものでした。

ご馳走という言葉の意味が、
お客様のために駆けずり回って
集めた食材でもてなすということではある。
けれど駆けずり回る距離がどんどん長くなり、
今ではジェット機を飛ばして調達することが
当たり前のようになっちゃった。
3日前に落とした銘柄地鶏を凍らせたものと、
今朝、落としたばかりの無名の鶏。
どちらの肉がおいしいか?
人の味覚が知識やムードに左右される、
曖昧な器官であることを考えると、答えも曖昧。
調理人が何を素材に求めるのかで、
どちらを選択するか変わるのでしょう‥‥、
ボクはおそらく後者を選ぶ。
ずっとそちらが自然だからという理由。

そういえば、日本の食卓からすっかり
「季節感」とか「旬」がなくなってしまいました。
実は、以外なモノにおいしい季節。
つまり、旬があるのです。
例えば餃子。
おいしい餃子を食べるのに、
一番いい季節。つまり旬はいつなのでしょう。
来週、お教えいたしましょう。


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2016-04-07-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN