047 超えてはならない一線のこと。その18
化学調味料の旨味を考える。

ラーメン屋さんで食べておいしく感じたラーメン。
試行錯誤の末、おそらくそのラーメン屋さんの作り方と、
ほぼ同じようにして作った、ほぼ同じラーメン。
どちらがおいしかったか? というと、
それは断然、ラーメン屋さんのそれでした。

なぜなんだろう?
テストキッチンで食べる料理と、
実際、繁盛しているお店で食べる料理の味は当然違う。
臨場感とか、勢いとかというものがお店の中にはあって、
それが料理の味を引き立ておいしくさせるのですね。
とはいえ、そのお店の力を差し引いても、
テストキッチンのラーメンは何かが欠けてる。
欠けているというか、化学調味料独特のエグミというか、
不自然なおいしさが舌に残ってしまうのです。



これはもう一度、実地検証をしなくては、
と、お店に行った。
何度行っても呆れるほどに小さな店です。
季節は夏の終わりでした。
そろそろ涼しくなる季節。
そういえばこの前来た時は、
窓も入口も全開しても座ると汗が噴き出した。
エアコンがありはするのだけど、
古くてしかも非力なモーター。
小さな店も冷やせぬ代物。
そもそも厨房の中では大量のお湯が沸騰していて、
暑さばかりか多量の湿気が客席に溢れ出してくる。
だから密閉して冷房するより、
すべてを開け放って中の湿気や温度を逃す方が涼しい。

その日も外は比較的涼しくなっていたのに
店の中ではじんわり汗が滲んできます。
そこに熱々の丼がくる。
丼の中から湯気。
箸を突っ込み麺を持ち上げると、
湯気の分量はうんざりするほどおびただしくなり、
食べる前から汗が噴き出す。
スープは熱い。
麺も熱くて、食べ進めるにつれ
背中がぐっしょり濡れてくる。
口の中の温度もどんどん上がってきて、
それでもおいしく箸が止まらず、ズルズルゴクゴク。
あぁ、もうたまらないというタイミングで、水を飲みます。
氷が入ってキリッと冷たい水をゴクリと。
プラスティックのカップに入った冷たい水は、
カップがあまり冷たくないから、
口に入って来た時に想像以上の冷たさに
冷やっとビックリさせられる。

そしてそれがおいしいのです。
口の中の温度が下がると同時に旨味が広がっていく。
今まで気づかなかった甘みや旨味に、
冷静になった舌が気づいて
「あぁ、うまい」ってことになる。

ただこの「水が飲みたくてしょうがなくなる」。
あるいは「水がおいしくてしょうがない」という、
この特徴がまさに「化学調味料の旨み」の特徴。
にもかかわらず、熱いところで汗をかき、
それで水がおいしいんだと、頭が勝手に解釈するから
化学調味料でおいしいんだと気づかずおいしく感じてた。

安くておいしいラーメンは、
冷たい水をゴクゴク飲める環境にあって
おいしいラーメンだったわけです。
研究室という温度も湿度も管理されてる場所で、
何かが足りないと感じた疑問の答えがわかって、
なるほどそうかといろんなことに合点が行った。



昔の日本の食卓は、汗かく食卓だったのですね。
エアコンはない。
夏は暑くて、ならば冬は寒いから汗をかかないか?
というと、寒い食卓で熱々の料理をつつくと汗が滲んだ。
冬空の下、屋台のラーメンを一杯食べると
体が火照って水を飲みたくなったものです。
水をおいしく感じさせる、
化学調味料というものに無防備だった時代は
そういう時代だったと納得します。

翻って今の日本。
汗をかく食卓は少なくなった。
水をガブガブ飲みながら、
食事をするようなシチュエーションに
年に何回遭遇するかという具合。
過ぎた化学調味料をおいしいと勘違いできる
食事の機会が減った。
それに化学調味料が健康に及ぼす
悪い影響のことがとやかくされて
無化調であるということが
「本当のおいしさ」を意味することのようになった。

かつての食卓の花形が、今や悪者。
とはいえそこまで嫌われなくてもいいんじゃないか‥‥、
と思うこともある。
香港に本店を持つ
フカヒレスープのおいしい中国料理のお店。
無化調ブームの中にあって
「当店は適切に化学調味料を使っております」
とわざわざパンフレットに書いて、
無化調ブームに抵抗しました。
曰く。

 化学調味料を使わず調理をした上で、
 今のスープほどおいしいものを
 提供しようとするならば、
 販売価格が2倍、3倍。
 場合によっては一桁高くなってしまう。
 だから適切に。
 素材の持ち味を引き立てる程度に使っていることに、
 ご理解ちょうだいしとうございます。

そう理由をつけての決断で、今でもずっと繁盛している。

何においても「過ぎるということ」がいけないことで、
適切な知識と良心をもって使われる
化学調味料とは魔法の調味料。
ボクはそれより、「化学的なものではない」というと
言い訳をしながら、無節操に使われる、
とある調味料こそ過ぎるとコワイ! と思っています。
さて来週。
究極の旨味調味料の話をさせていただきましょう。


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手がけてきた知識を総動員して
博多うどん東京進出シミュレーションを敢行!
その結末とは?
グルメ本でもあり、ビジネス本でもある
一冊となりました。






2016-02-18-THU



     
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN