194 コース料理のたのしみ方。 その2乾杯のタイミング。

先日、アメリカから友人がやってきて、
彼は生粋のニューヨーカーで日本語が堪能なのだけれど、
テレビを観ていてどうにも
不思議な表現に出会ったんだ‥‥、とボクに言う。

うつくしすぎる美女。
それって一体、
どういう美女なのかボクにはどうにもわからない。
「過ぎる」を英語にすれば
「too much」というコトだろう?
過ぎたうつくしさというコトはつまり、
その人は整形かなにかをしちゃってもう
美女を通り越した恐ろしい生き物だ‥‥、
っていうことなんだろうかと、
その番組で紹介されている女性をみると、
普通にキレイな女性だった。
まぁ、too whiteではあったけれどネ‥‥、と。

たしかに日本の人たちは、
最近、「過ぎたモノ」が大好きなようで、
巷には安すぎるモノや多すぎるモノ。
あるいはおいしすぎる料理が氾濫していて、
どれもが不思議なコトに褒め言葉として使われている。



料理の世界で「過ぎる」というのは
そもそも否定的な意味で使われる。
話題のお店に行って、試食をしたといたしましょう。
おいしい。
けれど、不自然なほどのおいしい後口がずっと持続する。
食べてるうちに舌が疲れて、水を飲みたくなってしまう。
あぁ、これは化学調味料を使いすぎてる。
「おいしすぎるからダメなんだ」‥‥、
と、そんな具合に使われるのが
「過ぎる」という言葉だったりするのです。

過ぎぬ程度に、ほどよく仕上げる。

これが料理の極意のひとつで、
あつすぎる料理は味や風味を台無しにする。
おいしい料理における「熱々」は
次の条件を備えているものじゃないかと思う。
まずは、舌を焼かぬ程度の熱さであること。
フウフウしなくちゃいけない料理は、
まず失格というコトになる。
香りを鼻に届かせるに十分な熱さであって、
決して、素材を台無しにしないコト。
そして何より、食べ終わるまで熱さが持続するコト。



そう考えると、ときに日本の料理は
世界的には熱すぎることがあったりします。

昔、イギリスから来た友人を喫茶店に連れて行って、
ブレンドコーヒーをふるまったことがありました。
昔ながらの喫茶店のコーヒーはだいたい熱い。
ネルドリップで落としたコーヒーは、
そのままならば冷まさなくても飲める適温。
ところがそれを手鍋で一旦沸かして注ぐ。
注ぐカップもお湯の中につけて熱々にしたもので、
指にも熱いほどに熱々。

「日本人の指や舌は耐熱素材でできてるのかね」
と、友人は呆れ顔で言う。

いやいや、みてごらんよ。
こういう店には新聞や雑誌がおかれているだろう?
お客様はまず新聞を開いて今日の出来事をみる。
タバコを吸って、のんびり時間をすごしつつ、
カップの中のコーヒーが好みの温度になるまで待つんだ。
だから最初は熱々なんだよ。
そう説明していると、
隣のテーブルについたばかりのおじさんが
「ブレンド」と一言注文。
やってきた湯気がモクモクとあがるカップを
やおら持ち上げ、口に運んだかと思うと軽く唇をつけ、
「ズズズズズッ」と盛大な音をたてすすりこむ。
もう友人はびっくりです。

「音を出して飲むんだネ」‥‥、と。

欧米では音を立てて食事するのは
良いマナーとは言われぬ行為。
でも日本では蕎麦やうどんなど、
麺を食べるときには豪快に音をたてて食べるコトこそが、
おいしく食べるマナーになってる。
唇をなでながら、口の中にすべりこんでくる
麺の食感をたのしむためには、
勢い良くズルンとたぐりあげることが肝要で、
だから音がでるのはしょうがない。
そればかりか、お茶にコーヒー、お味噌汁。
熱々にした水気のものを、空気と一緒に吸い込むことで
若干でも温度を下げて飲みやすくするためなのでしょう。


それなら最初からもっと
温度を下げてあげればいいのにネ‥‥、
まぁ、それが当然の意見というモノだろうと思うのだけど、
それでも日本人には「熱々=できたて」という
信仰めいた好みがある。
食器から沸き上がるおびただしいほどの湯気。
鼻をくすぐる強烈な香り。
料理を適温にさますため、ふうふう、
息をふきかけるながら、
おいしいモノを味わうための気持ちを
盛り上げたりするあれやこれや。

その「日本のおいしさ」に対する欲求が結実したものが
「ステーキ鉄板」じゃないかと思う。
フライパンの上で焼けたステーキを、
可能な限りその状態で提供する。
シズル感ってよくいわれますけど、
ジュウジュウ、肉の脂が弾けて
湯気を大量に放出しながらやってくる。
まさに厨房で料理を作るシェフの真横で
食事をしているような臨場感をテーブルの上で味わえる、
おいしい工夫。

‥‥、ではあるのですけれど。

正直言って、熱い鉄板の上におかれたステーキ肉に、
どんどん熱が入っていく。
ずっと熱々であるということは、
つまり調理が厨房の中で完了しないで、
テーブルの上でもずっと続くというコト。
食べるスピードが遅ければ、
おいしいはずの肉も焦げておいしくなくなっていく。
だから品質の神経質なほどに気を配るステーキの専門店や、
ホテルのメインダイニングのような店では
絶対、そんな提供方法は試みない。
そういうサービスをする店のコトを邪道だよ。
だって、おいしい状態で食べてもらうことを調理人として
自ら放棄することだからと、言ってずっと嫌ってた。

でも‥‥。

熱さとおいしさがギリギリ、
バランスをとったシズル感満点の料理で
お客様をもてなそうと、
冒険心とサービス精神旺盛な料理人が試行錯誤しながら
今では、鉄板の上でジュウジュウ焼かれるステーキは、
日本のいろんなところで人気を博してる。
彼らは工夫をするのです。
どういう工夫か。
また来週といたしましょう。


2014-07-17-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN