接待をうけるのが上手な人。
接待をうけるのがヘタな人。
いるんですネ。
接待をうけるのが上手な人を接待するのはとてもたのしい。
ところが逆に、接待をうけるのがヘタな人をもてなすのは
とても苦労する。
もてなす側も。
そのもてなしのパートナーである、お店の人も
どうもてなせばいいのかわからず、
右往左往するコトになる。

サービス教育の神様のような人が
ボクの会社の取締役にいたのですネ。
ホテルという場所が、夢と憧れにあふれていた時代。
外国からのお客様をもてなすだけの
機能と内容を持ったホテルが、
数軒ほどしかまだ東京になかった頃に、
中でも一流と呼ばれたホテルのウェイターから
叩き上げたサービスの生き字引のような人で、
それはそれはスゴかった。
サービスに対する知識や経験がスゴかっただけでなく、
立ち居振る舞いが典型的なサービスのプロ。
ボクらの会社では「ミスターサービス」と
呼ばれていたほどの人。
例えばこんなコトがよくありました。




仕事柄、勉強会をホテルの会議場をかりてすることがあり、
その会場に彼が入る。
その途端、会場の空気が変わるのです。
設営準備をしているホテルスタッフがピリピリしはじめ、
彼の方をチラチラみながら作業をするようになっていく。
緊張感で覆われるんですね。
ただ立っているだけで、仕事の進行具合をチェックにきた
上司のようにみえるのだという。
確かに背筋の伸びた立ち姿。
何かをヒントにすぐさま対応できるように、
どちらかの足に体重をおき、
手を軽くベルトの高さで揃えて握る。
靴はどんなコトがあってもピカピカに磨き上げられ、
経験豊富なホテルマンのように見えてしまうのですネ。

「また間違われちゃってますよ!」というと、
「しょうがないんだ」。
どうしてもここでお客様をもてなすとしたら
どうすればいいだろう‥‥、
っておもてなし側の気持ちになって見てしまうんだよ。
もう40年位上もサービスを上手にするコトばかり考えて
働いてきたからしょうがないんだ、と。
しょうがないのでありましょう。

彼と一緒に接待を受けると
いささか困ったコトがおきるのです。
例えばお店の人がいろんな指示をあおぎにくるんです。
「ワインのお代わりはいかがしますか?」
「次のお料理の準備を
 そろそろさせていただいても
 よろしゅうございましょうか?」と、
本来、ホスト側に聞かなきゃいけないコトを
彼に聞きにくる。
その度、招待していただいた人たちが恐縮しながら
「こちらはお客様でらっしゃいますから」
と言うのだけれど、
自然とお店の人の気持ちは彼の方に向かっていく。

「もてなされる立場」のはずなのに、
「もてなさなくちゃいけない立場」のように見えてしまう。




なぜなんでしょう。
彼ほど姿勢正しく座り、
うつくしい姿で料理をたのしむ人も他にない。
風貌凛々しく、会話も洒脱で、
テーブルマナーの教室などで講義をすることも
しばしばの人。
たちいふるまいも堂々としていて、
「おもてなしのゲスト」としては
申し分ない資質を備えているのに、なぜ?
その理由を一緒に考えたコトがあります。

たまたま会社で大きな仕事がひとつ終わって、
打ち上げに中国料理を食べに行こうかというコトになる。
せっかくだから、この「ミスターサービス」を
みんなで接待するつもりで食事をしてみようよ‥‥、と。
お店の人には大切な方のご接待ですから‥‥、
と一言添えて予約をしていった。
接待慣れした上等な店。
ただ円卓で、だから誰が上席に座るべき人なのかが
にわかにはわからない。
とは言えそこで一番立派に見えて、
しかも年かさだったのがミスターサービス。
なのにボクらのテーブルに近づいてきたスタッフは、
しばらくボクらのコトを観察していたかと思うと迷わず、
ミスターサービスのところに近づいていって、
「そろそろ、お食事のご準備を申し上げましょうか?」
と聞いた。

ボクらはみんな大笑い。
そして気づいたコトがありました。
ミスターサービス。
「目が気配り」をずっとしているのです。

 



テーブルの上にお茶やメニューが運ばれるとき。
その目はサービスをする人の手元や、
それらがおかれる先にあるボクらの手元を次々に見る。
「おしぼりどうぞ」と持ってきて、
ひとりひとりに手渡すとき、
ひとりひとりが確実におしぼりを手にするかどうかを
目で追っていく。
それがお店に人にとって、
「この人はテーブルを囲む他の人に気配りする役割の人」
なんだろうと推察させるヒントになっているのでしょう。

もてなされる人にとって大切なのは、
「自分の満足こそが
 そこにいるすべての人たちの満足の素」
であるというコトを認識すること。
そしてそのように振る舞うコトが、
もてなされる人のすべきこと。

コツがあります。
「目のおきどころ」を間違わないコト。

接待という場所において、
目を置くべき場所は大きくわけて3箇所あります。
まず「相手」。
ゲストであればもてなしてくれるホスト側。
もてなす側にとってはゲスト。
次に「料理」。
テーブルの上にまだ料理がない場合には、
部屋の中のしつらえや
テーブルの上のナイフ・フォークや備品の数々。
形をもって食事する人たちをもてなしてくれるモノ。
そして「サービス」。
サービスをしてくれる人たちの手際や作業。
もてなす側ともてなされる側で、
それら目に置くところの優先順位が異なるのです。

もてなす側の優先順位は「相手・サービス・料理」の順番。
接待をほったらかして、料理のことばかりに
舌鼓をうつホストって、
仕事をまるで果たさぬ人ってコトになる。
一方、もてなされる側にとっての優先順位は
「料理・相手・サービス」の順。

接待においてサービスとは、
「お店の人がするモノ」ではなく、
招待した「ホスト」がすべきモノであって、
「ホストになりかわってお店の人がする」
サービスこそがよきサービス。
だからもてなされる側がお店の人に
直接もてなしてもらおうと、
あれこれお願いをしすぎることは、
せっかく招待してくれたホストの顔を
潰してしまうことにもなりかねないコトなのです。
だからまずは料理を見る。
見て感心し、食べて味わい、感心し、
ホストの顔を見ながら「おいしい」と褒めることこそ、
ゲストがすべきコトなのですね。

もてなされるコトが上手な人は社交上手な人でもあると、
ボクはかねがね思うのです。

 

2013-09-19-THU



© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN