ビターズソーダっていう飲み物なの‥‥、これ。
お酒は入っていないのよ。
喉が渇いたから、ジンジャエールをいただけません?
ってお願いしたら、ウィリアムが作ってくれたの。
これがおいしくって。
もう2杯目よ。

エマはかなりのご満悦。
スラッと背の高いグラスの中に、氷がギッシリ。
細かな泡がビッシリ氷にはりついて、
ユラっと揺れてはグラスを満たす淡い琥珀の液体に
溶けてはじける。
それをみると、ボクらもなんだか喉が乾いて
スッキリとしたソフトドリンクが飲みたくなってくる。
考えて見ればもう4、5杯はブランデーを
飲んでるわけで、まだ飲めはする。
けれど疲れる。
強いお酒を薄めずグイグイ飲んでると、
舌が疲れてリセットしたい‥‥、っておねだりはじめる。
それで大抵、水やソーダをチェイサーにする。
舌や喉を洗いながらお酒をたのしむ。
それが一般的なのだろうけど、
ボクらは口の中のクルボアジェの味の名残を
薄めてしまうのがもったいなくて、
チェイサーなしで味わっていた。

お水を今更、おねだりするのも粋じゃない。
コーラ。
あるいはジンジャエールをと思っていたところなんです。
ボクらにも、それを一杯、お願いできませんか?
とボクらはウィリアムに言う。

ウィリアムはニッコリしながら
グラスをカウンターの上に置く。
炭酸水の入ったガラス瓶。
半分に切ったレモンの実。
そして薬の瓶のようなラベルが貼られた小さな瓶を置き、
「アンゴスチュラ・ビターズ」でございます、と。
カクテルに苦味や香りをくわえるために
良く使われていて、
例えばマンハッタンはこのビターズがないとできない。
だからどんなバーでも
必ずこのビターズが置いてあるはず。

ビターズがないバーはただの酒場。
ビターズの出番が少ないバーは、
粋なお客様に恵まれていないカワイソウなバー。
あるいは、ビターズを
上手におすすめするコトができない、
無愛想なバーテンダーのいるバーじゃないかと、
ワタシは密かに思っております。
そう言いながら、グラスの中に氷を入れてレモンを搾る。
アンゴスチュラ・ビターズを数滴おとし、ソーダを注ぐ。
軽くステアして、さぁ、どうぞ。

うがい薬のような香りがツーンと鼻からぬけていき、
やさしい苦味。
舌をつねるような強い炭酸の泡と一緒に、
レモンの酸味が口であばれる。
ジンジャエールから甘みを引いて、
思いっきりスッキリさせたような味わい。
爽快です。
スキッと喉がきれいに洗われて、
不思議なコトに飲み終わると、
またブランデーを飲みたくなっちゃう。
バーならではのソフトドリンク。
リフレッシュメントとは
こういう飲み物のコトを言うに違いない‥‥。






ワタシの二杯目はちょっと違った味がするのよ‥‥、と、
エマが差し出すグラスに口をそっとつけると、
ハッカの香り。
口に含むとほんのり甘く、
スペアミント歯磨きのような刺激に満ちた味わい。
口のすみずみがスッキリ、
まさに歯を磨いたような感じになって
最後にビターズのほろ苦さ。
甘みは砂糖をちょっとくわえて、
ほんの少しのハッカのリキュールをくわえて作った
大人のソーダ水なんだという。

上等なホテルのメインダイニングには、
どんなお客様のご要望にもお応えできる食材があり、
お客様のどんなわがままにも応える
技術を持ったシェフがいるように、
良いバーというモノは、
お客様がイメージされる飲み物を、作り、
すすめるコトをたのしいと思う
バーテンダーがいなくてはならないのです。
ソフトドリンクをとおっしゃる方に、
ジンジャエールの瓶を抜き、
氷を入れたグラスに注いで、
さぁ、出来上がりというのは簡単。
でももったいない。
バーに来て、ビールを抜いて
自分でグラスに注いで飲むのと
同じくらいにもったいない。
ジンジャエールをもっとおいしく。
例えばちょっとだけビターズを入れて‥‥。
あるいはトニックウォーターとジンジャエールを
半分ずつ、レモンをタップリ搾って飲んでいただく。
クリームソーダを飲みたいのだけれどと
おっしゃるのであれば、それに限りなく近い飲み物を、
このバーの中にあるさまざまなモノを駆使して
お作りできる。
バーは、お酒や飲み物と語り合う場所であると同時に、
バーテンダーとも語り合う場所と、
そう思っていただくと、
この上も無きシアワセです‥‥、と。






そういえばボクの母。
お酒を飲むのが好きな人で、
けれど家では滅多に飲まない。
食事をしながら、
軽くワインを一杯なんていうコトはする。
けれど、家族のために
料理を作らなくちゃいけないシェフが、
お酒を飲んで酔っ払うなんて、
そんなレストランはイヤでしょう‥‥、って、
あんまり飲まない。
それじゃぁ、食後になんてお酒を飲まないの?
って聞いたら、お父さんがもっとガンバって
お金を稼いで、家の中にバーでも作ってくれたら
毎晩、そこで飲むかもしれないわねぇ‥‥、って。
つまり、お酒をたのしむ雰囲気が
お酒をおいしくさせるから。
お酒をたのしむ人がいて、キリッと凛々しく、
やさしい笑顔のバーテンダーが
いつも注意を払ってくれる。
安心できて、安全で、
しかもたのしいホテルのバーの雰囲気が、
おそらく母は好きなのでしょう。
旅にでると必ずホテルのバーで最初の夜を過ごしていた。

深酒はせず、大抵、一杯。
大好きなのはマティーニで、それを一杯。
ユックリ時間をかけてたのしみ、
それから必ず二杯目を、こう言い、たのむ。

ワタシをイメージしたカクテルを
作ってくださらないかしら‥‥。
あなたのオリジナル。
今日、この街に来たばかりだから思い出に残るような、
そして元気がでるような。
何を使っても大丈夫。
でもお酒だけは使わず作ってくださらない? って。

赤いドレスを着ていたからと、クランベリージュースを
ベースにした飲みモノがやってくるコトもあり、
この島でとれる最上級のマンゴーのピュレを使って
フローズンダイキリのように
仕上げてみましただとか‥‥。
いかがですか? と心配そうに、
飲む母の顔を見つめるバーテンダーに、母はニッコリ。
ステキな飲み物、ありがとう。
ところでこのカクテルの名前はもう決めてらっしゃる?
もし決まってないのなら、
ワタシが名前をつけてもいいかしら。

いいえ、というバーテンダーはまずいない。
イエス、マダムという彼に、
例えばそこがホノルルならば、
「ユカ・ホノルル」って名前なんてどうかしら。
ワタシの名前は「ユカ・サカキ」。
ここはホノルル。
だから「ユカ・ホノルル」‥‥、
ステキだとは思いませんこと?
そしてつかの間、その飲み物は
ユカ・ホノルルって名前になる。
世界中に、ユカ◯◯って名前の
ノンアルコールカクテルが少なく見積もっても
30種類はあるんじゃないかな?
それが今でも作られていて、
今でもユカ◯◯って呼ばれているとは思わない。
けれど母。
おいしくそれを飲み終わると、
この飲み物のレシピを書いていただけないこと?
って、お願いをする。
書いてもらったレシピに
アナタのサインをちょうだいできないかしら、
と、それを旅の思い出に手帳に貼って大切にする。

ボストンのホテルでのコト。
到着当日に出かけたホテルのメインバーで、
「ユカ・ボストン」という
りんごジュースをベースにしたソーダドリンクを
作ってもらった翌日のディナー。
体調が優れぬという母のために、
ホテルのコーヒーショップで
軽く食事をというコトにした。
お飲み物は? という質問に、ボクはワインを。
母は、お酒ではない何かスッキリするものを‥‥、と。
そう言うと、ウェイターが
「ユカ・ボストンはいかがですか?」
と、さらりと薦める。
母の曇った顔が途端に明るくなって、
「覚めない夢ってステキなモノね」
と、ユカ・ボストンをもらってゴクリ。
一夜過ぎてもユカ・ボストンは消えずに
ホテルのバーにあるシアワセに、
二人はウットリしたものでした。

バーとはときに魔法をボクらにかけるもの。
さて来週に続きます。


2012-06-21-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN