ホットドッグの師匠がお店の入り口にやってきたとき。
まだお店の中は、まだせわしなく
絶えず4、5人がカウンターの前に並んで待っている。
朝のピークタイムの余韻が残った状態。
時計をみるとあと10分ほどで10時というタイミング。

師匠が入り口の前で足を止めて中を覗き込みます。
いつもだったら、もう朝のラッシュは終わって
店も落ちつきはじめる時間帯。
今日は特別。
なるほど、月に一度のあの日なのか‥‥、
と師匠は理解したのでしょう。
お店をあとにしようとします。

「Morning Sir! Later, please.」

ボクは思わず声を出します。
それにオヤジさんも気がついたんでしょう。

「30 miutes!」
30分位したらすきますよ‥‥、
と声かけ、それに彼は手を振り応えます。

近くにある会社の会議が
そろそろ始まる時間なんでしょう。
師匠が店をあとにしてから10分ほどで
たちまち店は静かになってく。
いつものリズムを取り戻し、
お客様はほどよき間隔で店にやってきてくれる。
「助かったよ‥‥、ご苦労さん」
と、珍しくニッコリ顔でご主人に言われるものの、
ボクの頭は間もなく戻ってくるであろう、
師匠のコトで一杯。
ソワソワしてみえたのでしょう。
「まるで恋人を待ってるみたいだな‥‥」
ってからかわれても、
まるで気にもならないくらい
そのとき、ボクは真剣でした。




10時半のちょっと前。
師匠が戻ってやってくる。
この前、ボクがみたときのように
彼は3本、プレインドッグを買った。
つまり1ドル75セント。
彼がそれをどう食べるかが、
気になって仕方なかったのに仕事のコトは忘れない‥‥、
あぁ、ボクってなんて健気なんだろうと苦笑い。

ワンセブンティーファイブと言うボクに、
彼は1ドル紙幣を2枚差し出す。
25セントコインを手渡そうとするボクの手を制して彼は
「ココのホットドッグには1本1ドルの価値があるんだ」
と言ってニッコリ。
コカコーラの自動販売機の横に設えられた、
ケチャップやマスタードが置かれた
小さなテーブルにゆく。
コンディメンツ(調味料)や
レリッシュ(刻みピクルス)をのせて、
尚も背筋を伸ばして格好良くホットドッグ食べる方法。
その手順のすべてを見たくて、
けれど彼はボクの背中の後ろ。
ボクの背中に目がついていればいいのだろうけど、
振り返ってジロジロ見るのも失礼なコト。
何よりボクは仕事中でありまして、あぁ、どうしよう。

「オニオンとレリッシュが
 そろそろなくなる頃じゃないかな‥‥、
 新しいのを補充してくれないか?」

オヤジさんがそういい、
プラスティックの容器に入った刻んだ生の玉ねぎと、
同じく刻んだピクルスを、「ほら!」と差し出す。
サンキュー!
見事な助け舟。
玉ねぎとピクルスを補充すべき場所は
ちょうど、師匠が立ってるテーブルの上。
ボクは、早速、テーブルの前に師匠と並んで立って、
レリッシュを補充しながら
手元をじっと、見つめて秘密を探ります。




3本並んだ一本は、そのまま何ものせずにあって、
2本目。
真ん中にあるホットドッグにはケチャップ、
それからマスタード。
この絞り方が特徴的。
普通、ホットドッグにケチャップや
マスタードを搾り出すとき、
パンの切り目にそって長く一直線に搾り出す。
好みに応じて、1本、2本と
端から端までキレイに赤と黄色の線がひけたとき、
あぁ、おいしそうとウットリしたりするモノです。
ところが師匠。
縦にではなく、パンを横切るように短く。
しかも等間隔に4本、赤と黄色の線を引く。

縦じゃないんだ、横なんだ。
なるほど、一口分ごとにケチャップや
マスタードを搾り出しておけば、
噛むとき唇について邪魔するコトはない。
「なるほど、それが秘密か」と。
感心してたら、オヤジさんが
「今日の玉ねぎはとびきり甘くて旨いから、
 タップリ使ってたのしんでな」
と、カウンターの中から声を師匠にかける。
ケチャップやマスタード以上に食べるときに
難儀する玉ねぎ、ピクルス。
タップリのせると食べる前からコロコロ転がり、
こぼさぬように食べようとすると
自然と背中が曲がってしまう。
しかもテーブルの上にポロポロこぼれて、
下手をすると洋服の上にこぼれて
ケチャップ色の跡をつけるというイタズラをする
厄介な奴。

はてさて師匠はどうするんだろう?

まずはマスタードを手にして
それでプチュンプチュンと4ヶ所に、
小さな山を搾り出す。
そこにそっと刻んだ玉ねぎ。
それからピクルスをのせて上からケチャップを搾る。
横にススッと短い線を描くようにして、
つまりマスタードを接着剤の代わりにし、
そこにレリッシュをタップリのっける。
その上にケチャップを搾ることで、
散らからぬよう蓋の代わりをするのでしょう。
前歯を当てるべきところには、
ケチャップもマスタードも、
当然、オニオン、ピクルスものっからないで
ソーセージが上から丸見え。
そこを目指してカプリとかじれば、
レリッシュたちをこぼさず
キレイに口の中に収めるコトができるんだ。
なるほど、なるほど。
ここのお店のチリドッグ。
そのチリビーンズがポツンポツンと
等間隔に隙間をあけて乗せられてるのも、
同じ理由でそうなってるんだ。




自分が食べるときの姿をイメージしながら、
食べる準備をするというコト。
うつくしい味と書いて「美味しい」とよぶ。
おいしい料理を「うつくしく食べて」はじめて、
「おいしく食事をした」というコトになるのだろうと
かねがね思っていながら
なかなか、うつくしく食べるヒントに出会えなかった。
その朝、ボクはステキなヒントをもらったワケです。

例えばパスタ。
フォークにくるんと巻きとる量。
それが本当に一口で、
口の中にすんなり入る量、大きさなんだろうか?
無意識にグルンと巻いたパスタの量が多すぎる。
それを口に運んでパクリと食べてしまうと、
当然、パスタは口から溢れて
噛み切らなくちゃいけなくなっちゃう。
噛みきった麺。
それはボトリとお皿に落ちて、そのさま見難く、
しかもソースを跳ね上げる。
麺をブチブチ歯で切りながら、
服を汚さぬようにと結果、背中は曲がり
お皿に顔を近づけて髪かき上げつつ
パスタを食べなきゃいけない、
それらすべては「一口分だけフォークに巻きとる」
配慮をしないことから始まる。
気をつけなくちゃいけないんだ‥‥、と、思いながら
ボクは師匠の手元をじっと見続ける。

「ところで君の仕事はもう終わったのかい?」

低くて響く声にビックリ。
ホットドッグにケチャップ搾る、
師匠の手元から目を上げてみると
師匠がボクの方を、怪訝そうな顔してみている。
あぁ、どうしよう、また来週。


2012-03-29-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN