そうして、ありがたいコトにボクらのレストランは
ユックリと、しかし確実に
人気のお店になっていきました。
宣伝を自らすることはまるでなく。
一度だけ、建築関係の雑誌に載りましたか‥‥。
小さな業界の人しか読まぬ専門雑誌で、
だからそれほどの反響はないだろう、
と思って取材に応じた。
にもかかわらず、
その雑誌が発売されてそれからしばらく、
カメラをもった業界っぽい人たちがたくさん訪れ、
店の雰囲気がその間だけかなり変わってしまったのです。
それでそれから一度も
雑誌やテレビにのせるようなコトもなく。
ただただお客様が知り合いの方を紹介してくれ、
あるいは評判が評判を呼んで
徐々に、知る人ぞ知るお店になっていったのですネ。

新しいお客様を次々、おいかけるのでなく。
おなじみのお客様に
何度も何度も使いつづけてもらえるお店。
そして、そのお客様から「なくてはならぬ」と
言ってもらえるお店になるよう、
努力を続けた結果の人気。

実はボクのおばぁさんの口癖のようにしていた
言葉がありました。
そのおばぁさんという人。
職人気質でちょっとしたことでへそを曲げ、
ときにお客様と口論にさえなるような
おじぃちゃんを支えてずっとお店に立ってた。
おじぃちゃんを先に亡くしてから、
女手一つで死ぬまで自分のお店を切り盛りしていた
ボクにとっては商売の神様みたいな人。
食べ物を作って売って、
それでお客様に喜んでもらうための
いろんなコトをたくさん教えてもらった。
おばぁさんが言ったいろんな言葉の中で、
ボクが一番好きなのがこれ。

「好客三年店を変えず、好店三年客を変えず」。





ステキなお客様は、お店を信頼して
ずっと変わらず一つのお店を使い続ける。
ステキなお店は、お客様を大切にして
ずっと長らく付き合うモノ。
そういう意味で、これは商売だけじゃなく
人が生きて行く上で
大切にしなくちゃいけない心構えなんだよ‥‥、って。
小さな頃からずっと言われて、ボクは育った。
そしてボクは大きくなって、
レストランを経営するようになって1年。
ボクらは1年、お客様を変えることなく、
お客様もありがたいことにボクらを1年、見捨てず
ずっとかわいがってくれた。
中には
「宣伝なんてしたら二度と来てやらないから‥‥、
 こまったときにはココに電話をかければ
 飛んできてやるからな」
といって名刺をくれるお客様が何人もいた。
電話をかけるコトはなかった。
もらった名刺の住所にはがきを送ることはあったけど、
暇だからといって電話をかけたりしなかった。

客商売の基本の基本は「やせ我慢」。
来てくれなくては始まらない。
けれど、来て! とおねだりするのは粋じゃない。
ため息混じりの暗い我慢はいけないけれど、
明るく元気なやせ我慢と、そのやせ我慢を
「いいんじゃないの」と思って応援してくれる
お客様の気持ちでレストランは出来ているんだと
ボクは今も思っているから。
だからずっとがんばって、
それで予約を取るのが
本当にむつかしい店になったときには
本当にうれしかった。
そしてなによりうれしいコトに、
ボクらのお店で「働きたい」と言う人がくる。
それも次々。
有名な店で調理経験を持った人とか、
飲食店のサービスを学びたいという人たちが
ボクらの店を目指してやってくるようになる。
お客様が押しかけるより、正直、
ボクらはとてもウレシク、
許される限りの予算の中で彼らを採用します。
結果ボクらは念願の、
ランチ営業をはじめることができるようになったのです。




同じお客様に何度も何度も使っていただいて、
はじめてできる繁盛店。
「お昼も営業してくれたらねぇ、
 もっと頻繁にこれるのに‥‥」って、
悲しそうに帰るお客様に
ずっと申し訳ないと思いながらも、
ボクらはずっとランチを開けずに我慢した。
理由は、お腹いっぱいになるだけじゃない、
ココロに残るランチ営業をしたかったから。

当時すでに、レストラン経営の
コンサルタントをやっていたというコトもあって、
山ほどのレストランをみてまわってた。
素晴らしい店もあり、
まぁ、どこにでもあるような店もあり。
中には二度と来ないだろうなと言う店も当然あって、
けれどココロに残るお店はとても少なかった。
雑誌に大きな写真を載せて紹介されるレストランの、
メインディッシュは大抵、ステキなインテリア。
どんなにステキなインテリアも
二度目は魅力が半減するもの。
だからココロに残ることはない。
料理がすばらしく見事なお店も、
なぜだか二度目は感動できない。

ココロに残るレストラン。
それは多分、こんな店。
今日一日が終わってぼんやりお風呂に入り、
ベッドに潜り込んだとき。
目を閉じながら、一日のことを思い出したとき、
まずまっさきに思い浮かんだステキな笑顔や
たのしい会話。
おいしい時間をつくりだしてくれたお店の人やサービス。
夢のなかで、も一度彼らに逢えたらいいなぁ‥‥、
と思いながら眠りにつける。
そんなお店はココロに残る。
必ず再び行きたくなるし、
その思い出が裏切られることはまずないでしょう。
つまりサービス。
人と人とのふれあいが、
ココロに残るレストランに必要なもの。
ボクらはそうしたお店にずっとなりたくて、
それで努力を積み重ねてきた。
だからたとえそれがランチであっても、
あぁ、サービスが良かったな‥‥、って感じてほしい。
お昼を終えて、仕事をはじめるその前に、
ボクらの顔を思い浮かべて、
よしガンバロウと思ってもらえる、
そんなステキを提供したい。
ただそのためには、そう働ける組織や
体制を作らなくっちゃいけなかった。
その環境が、やっと整い、
そしてボクらはランチをはじめる。

ボクには秘策がありました。


2011-06-30-THU


© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN