あいにく、富豪氏がそのレストランで散財を‥‥、
と誘ってくれたその日に、
ボクがエスコートしていこうと思っていた人は
どうにもこうにも予定がつかず、
どうしようかと富豪氏に電話をかけた。
予定の日の3日前のコト。

まかせておきなさい。
ちょうどサカキさんに紹介したい女性がいるんだ。
彼女を誘っておきましょう。
それより、贅沢が似合う女性をエスコートするのに
ふさわしい装いのご準備はされましたかな?

その日、ボクはクリーニングからあがってきたばかりの、
イタリア人の仕立屋が
こんなへんてこりんで贅沢なスーツを作らせてもらうのは
一生に一度と狂喜乱舞した
「黒い麻生地で作ったスリーピース」のスーツを着、
帝国ホテルのロビーで彼らと待ち合わせをする。
仕立てのよいスーツを来た件の富豪氏。
両手に見事な花を二輪。
一人は萌黄色に渋柿色の縁取りのあるシャネルスーツで、
一人は和服。
企画会社を経営しているという女性と、
書道の先生だという二人。
さて、どちらの方を紹介してくれるんだろう
と思っていたら、富豪氏が言う。
「おいしいコトに詳しい人がいるんだよ‥‥、
 とサカキさんのコトを吹聴したら、
 ぜひ紹介してくれって2人ともに言われていてね。
 今日は本当に都合がよかった」。
そうニコヤカにいいながら、
富豪氏のリムジンにのりお店に向かう。




支配人が出迎えます。
「今日は、ご婦人のために散財しにまいりました」
と富豪氏、ひとこと。
そこから彼と支配人とのやりとりがはじまります。

今日、ご用意しているテーブルはふたつございまして、
ひとつは柱の陰の静かなテーブル。
もうひとつはダイニングルームの
真ん中近く明るいテーブル。
どちらがよろしゅうございましょうか?
秘密めいたプライバシーが保てる、
しかしながらサービスが行き届かないかもしれない場所と、
他のお客様から下手をすると
観察の対象になってしまうかもしれない、
けれど同時にすべてのスタッフの
気配りの中心にある場所と。
どちらが良いかという支配人が用意した
見事なふたつの選択肢。
「こんな美しいご婦人たちを、
 私たちふたりでひとり占めするのは申し訳ない、
 明るいテーブルをいただきましょう」
と、富豪氏の答えをまって、
支配人はボクらをそのテーブルに案内します。

「○○さま、それではこちらへどうぞ」。

そしてそのとき、はじめて支配人は
富豪氏の名前を口にした。
もし彼が、静かなテーブルを選んでいたらその名前は一晩、
口に出されることはなかったのでしょう。
お客様の名前を大きな声で呼ぶことがサービスと、
ただそう考える店は信用おけぬ店。
お客様の大切な名前を、
大切に扱う礼節をしったお店は分別のある大人のお店。




メニューがうやうやしくも手渡されます。
男性ふたりには普通のメニュー。
御婦人方には値段が明記されていない、
料理の名前だけが書かれたゲスト用。
給仕係のスタッフが、
今日の料理の説明をし最後にそっと、さりげなく、
こう付け加える。
「○○さまがお好きかと、
 特別にご用意させていただいているお料理が
 いくつかございますが、
 ご説明させていただいても
 よろしゅうございますでしょうか?」と。
このお客様は、おなじみのお客様であるというコト。
しかも特別な料理を用意してまで待っていたくなる、
特別なお客様でもあるというコトを、
同じテーブルをかこむふたりの女性に、
レストランの人たちが、かわりに吹聴してくれる。
粋なもてなし。

たしかに特別に用意されたという料理はどれも、
ドッシリとして風味豊かなボクら好みの料理だった。
ズッシリ分厚いワインリスト。
カンマの左側に3個数字がならんだ値段が
いくつも混じる、壮麗なる品揃え。
4人に対して2人のスタッフが気配りをするという
見事なサービス。
どれも特別。
何か困ったことやたのみたいことがあれば、
ちょっと目配せするだけで給仕係がやってくる。
「お気に召されましたか?」
という質問はボクは当然、富豪氏をも素通りし、
まずは女性ふたりに向けられる。
食卓の主役を決してさみしくさせぬ、これがもてなし。
例えば大切な取引先を接待するなら
立派な手際でボクをもてなし上手にしてくれるだろう‥‥、
そう思わせる素晴らしさ。
話もはずみ、あっという間に4時間ほどの食事は終わる。

そしてお勘定書という通知表がやってきます。







その特別はやはり値段も特別。
けれど富豪氏は
「この店とは長いお付き合いができそうですネ」
と、ニッコリ一言。
その理由をこう説明する。

たしかに高価ではあるけれど、
どれも十分に納得できる値段。
なにより、今日、もてなしたかった2人の女性に
失礼ではない、こうした散財をさせてくれるお店は
いいお店です。
けれど同時に、お金を使わなくても
お客様をよろこばせる術を知っている店は、もっといい店。
人の懐具合を詮索しながら、
スキあらばおねだりしてやろうと
虎視眈々のお店をワタシは好かない。
この店に、また今度、ワタシとサカキさんが
普段着でやってきたとしたら、
今日のような散財を彼らは絶対求めない。
いつもの通り。
このレストランを好きになったときのその金額で、
もてなしてくれるんでしょう。
いつも「とびきり」ばかりだと、疲れてしまう。
気持ちも財布も緊張してばかりだと、
お付き合いは長く続かない。
普段のたのしみを、
あきらめることをしなくてもいいお店って、
ステキなお店だと思いませんか?

オキニイリのレストランと
長くてよき付き合いをするということ。
そのためには、何度も何度も、行く必要がありますよね。
それは同時に、何度も何度も「行けるお店」を
選ぶ必要があるということでもある。
いろんな機会。
一種類の使い方しかできない店より、
いろんな気持ちのときに使えるお店の方がありがたい。
普段着のときにも。
ちょっと気取ったときにも使える。
おなかが空いているときにも、
おなかが空いていないときにも使えるお店も
ありがたかったりしますよね。
お客様であるボクたちからの
ちょっとしたヒントを受け取り、
そのときどきに合わせた楽しみ方を
提案してくれるお店だったりしたら最高。
お店の人たちにさりげなく、
今日の気持ちを伝えることができるお客様になれれば
もっとステキなコトでしょう。

さて来週。
こんなヒントが、「いつものレストラン」を
「今日のあなたのレストラン」に変える
ステキな呪文なんだという話。
ボクの経験、お伝えします。



2011-03-24-THU
 

 
© HOBO NIKKAN ITOI SHINBUN