おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(四冊目のノート)

今日は産業としてのレストランビジネス。
つまり、外食産業の歴史の話からスタートしましょう。

日本の外食産業がスタートしたのが1970年代。
アメリカから次々、チェーン店というものがやってきました。
マクドナルド。デニーズ。ロイヤルホストと、
アメリカのノウハウを使った飲食店が
日本のいろんなところにお店を続々と作り始めたことが、
きっかけでした。

それまでも当然、日本には飲食店がたくさんありました。
けれど、アメリカから来た彼らは
ある特別の約束事を飲食店の経営の現場にもちこんで、
それで日本のレストランは
劇的に経営のあり方をかえたのです。

3つの約束ごとでした。

1.お客様と結んだ約束を必ず守る仕組みを持つこと。
2.まず計画をたて、
  その計画どおり営業をする努力をすること。
3.その結果、そこで働いている人を
  シアワセにし続けること。

今となっては当たり前。
ほとんどの飲食店がそのようになりたい、
と努力しているこれらの3つの考え方も、
昔は当たり前とは思われてはいなかった。

水商売、と言われていました。
水のように形がなくて、
気が付けば蒸発してなくなってしまうようなはかない商売。
売る酒に水を混ぜて平気な人たちが働いている。
だから、水商売とも呼ぶんだよ。
と、そう言われていた飲食業。
ボクの父は、学校を卒業して
飲食店の経営を始めようと決心したとき、
友人からこういわれたって、今もいいます。

「飲食店なんて、男が一生をささげる仕事じゃないだろう」

だから、オレは必死に彼らを見返そうって、がんばったんだ。
ただ、それほど昔の飲食店は、
将来を予想することさえむつかしく、
だから夢を託すのにはあまりに脆弱な存在であったのだろう、
と思います。

どんな産業もそうであるように、
海外からやってきた黒船が刺激となって、日本は変わる。
日本に初めてできた、マクドナルドの一号店をみるために、
アメリカのマクドナルドの幹部社員が
プライベートジェットにのって、羽田に降り立つ。
ビックリしました。
日本を代表する、たとえば新日本製鉄という会社でさえも
持つことのないジェット機を、
水商売の親分のようなハンバーガー屋が持っている。
こりゃ、今までの水商売とは違うぞ‥‥、
ってビジネスマンが真っ先にそう思ったのでしょう。
そしてその最初のイメージ。
それがそのあと、しばらく裏切られることが一度もなくて、
それで日本の水商売は、
ユックリ、でも確実に産業として認められるようになる。
生まれ変わりのきっかけは
いつもたいていアメリカである、ということです。

大学時代。
ボクの同級生に、面白い友人がいました。
彼のおとうさんが
マクドナルドが日本に進出したときからの
創業メンバーの一人であって、
だから彼は、マクドナルドの裏話をよくボクにしてくれた。

いわく。
マクドナルドが一店、あたらしいお店を開店するときには、
アポロ宇宙船を月に飛ばすのと
同じ精度の計画書をつくるんだぜ。

マクドナルドの店長になると、
奥さんの誕生日に本社から
薔薇の花束が家に贈られてくるんだ‥‥、すごいだろう。

マクドナルドで得しようと思ったら、
ビッグマックを食べればいい。
だって、それが一番原価がかかってるから。
なにしろ、腐って駄目になってしまうものを
絶対しいれなかったマクドナルドが、
唯一フレッシュのレタスを使っている料理だからな。
食わなきゃ、損だ。

あるいは、マックシェイクのあの濃度は、
赤ちゃんがおかあさんのおっぱいを吸うときの
吸い心地を再現しているんだ。

とか、なんとか。
そのほとんどすべては、彼のおとうさんの話の受け入り。
ではあったけれど、
マクドナルドの話をするときの彼の活き活きとした顔。
うれしげで、力を入れて語るその口調に、
ボクまでマクドナルドを好きにしてしまう
そんな不思議な力があった。

そのうちね、マクドナルドは日本一の会社になるよ。
すくなくとも、日本の外食産業では一番の会社になる。
だって、日本の外食産業をつくる
きっかけを作った会社がマクドナルドなんだから、
当然、日本一になるんだよ。

もう30年近くも前に彼がそう言うとおり、
日本のマクドナルドは日本で一番大きな外食の会社になった。
日本で一番、よくてステキな会社になったかどうかは、
人それぞれ、ときどきの判断にまかすとしても、
やはり日本を代表する企業であることには間違いない。

ボクらは彼らのまねをして、
一生懸命、お客様と従業員から信頼されて
愛される外食産業作りをやった。
それで日本の外食産業は、
世界的にも珍しいステキですばらしい産業になりました。
アジアの国々。
あるいはロシア。
南米にしても、あるいは東欧。
貧しい国が豊かになると、
その街角にはアメリカのチェーン店が幅を利かして、
世界どこでも同じ景色になってゆく。
特に飲食店のほとんどがアメリカのそれに塗りかわってく。
それほどアメリカの外食産業のシステムというのは強烈で、
強力で、頑丈なんですね。

ところが日本。
アメリカからチェーン店がやってきても、
そのほとんどが尻尾を巻いて逃げてゆく。
マクドナルドやスターバックスは例外的な成功例で、
たとえば日本の自動車産業が
アメリカのノウハウをもとにしながら、
そのアメリカを超える車をつくれるようになったというのと、
同じことが外食産業でもおこってる。

誇らしいこと。
外食産業の端っこを歩きながら生きている、ボクにとって、
もっともうれしくありがたいことが、
日本には日本の独自の外食産業があるというこの事実。
感謝しつつも、大切にしなくちゃいけないなぁ‥‥、
と真摯に思う。

ところがこの日本の外食産業。
実は今、静かに危機が迫ってる。
目にみえるほどの状況ではなく、でもひそかに静かに、
危機がひたひた、迫ってる。
どんな危機か?
来週、それをお話しましょう。

 
2007-10-04-THU