おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

生まれて初めてボクがアメリカという国に行ったのは、
大学に入ってすぐ、くらいのことでした。
アメリカのレストラン視察をする‥‥、
という父のための通訳兼雑用係。
父にしてみれば、
レストランコンサルタントという自分の仕事に、
ちょっとでもボクが関心をもてばいいな‥‥、
というような気持ちで、
ボクを連れて行ったのでありましょう。
確かにそれまで、誰にも負けない食いしん坊で
食道楽のオトコの子であったボク、
ではありましたけど、
ビジネスとしてのレストランというものを
意識するようになったのは、この旅行の最中でした。
そうして今の仕事をボクは選んだわけですから、
父の戦略はまんまと当たったのでしょう。
つまりとても意味のある旅行であったのですが、
それは同時に失敗まみれの旅行でした。

例えばこんな失敗です。



◆ラッキーハッピーバースデー!


アメリカに行く前、父がボクをよんでこう言います。
アメリカの料理はすごいぞ‥‥。
どうすごいの? と聞いても
「すごいものはすごいんだ‥‥、行けばわかる」
としか答えてくれず、それが良い意味ですごいのか、
悪い意味ですごいのかだけでも教えてヨ、と食い下がると
「ふふふ」と笑ってはぐらかす。
ええっ、どんなところなんだろう、アメリカって、
と思いました。

そうしてアメリカ、カリフォルニア。
一番最初に連れて行かれたのは、
当時、アメリカで大々的にチェーン店として展開してた
アイスクリームの専門店でした。
その頃、日本ではやっと
テイクアウト専門のアイスクリーム専門店が
出来始めていました。
でもテーブルサービスの
ファミリーレストランみたいな姿をした、
しかもアイスクリームがメイン商品のレストラン、
という店はありませんでした。
どんなお客様がいらっしゃるんですか?
と聞くと、大人を中心としたファミリーのお客様ですヨ。
そういわれて店の中を眺めると、
確かに大人ばっかり数人という
グループのお客様が結構いたりして、
さすが、アメリカ人ってアイスクリームが
大好きなんだなぁ‥‥、ってまずはビックリ。

それでメニューを見ると、安いものから高いものまで、
何十種類もアイスクリームやパフェがある。
中でもひときわ、値段の高いメニューがあった。
「お誕生日の方に!」
という但し書きつきで、なんと50ドル弱。
父はこういいました。

「お前、今日、誕生日じゃなかったっけ?」

お調子者のボクは、そうそう、今日で20才になりました、なんて言って、これ下さい! って具合になりました。
オオゥ、ラッキーバースデー‥‥、
とかって注文を聞いたウェイトレスは
絵に描いたようなアメリカンオーバーアクションで
厨房の中に入っていきます。
しばし待つ!

で、15分ほど待ったのかなぁ‥‥、
店中の従業員がカーニバルで使うような帽子をかぶって、
ハッピーバースデーの歌を唄いながら行列をして、
ボクらのテーブルに向かってきました。
行列のしんがりを勤めるオトコの人が、
大きなボールを抱えるように両手で持って、
陽気な笑顔でやってきて、さあ、どうぞ。
うーん、やられました。
頭がすっぽり入ってしまいそうなボールの中に
ミッチリとアイスクリームに
いろんなソースにホイップクリーム。
持つとズッシリ。
アメリカに来る前、父が
「アメリカの料理はすごいぞ‥‥」
といった理由がわかった次第。
同じテーブルを囲んだ人たちが、
ボクの顔を見て大笑いします。
やられたなぁ‥‥、って。

胃袋には自信がありました。
それになにより、アイスクリームは大好物で、
それでボクは黙々、スプーン片手に
アイスクリームを口の中に押し込んで行く。
おいしかった。
ああ、アメリカのアイスクリームって
こんなにクリーミーで濃厚で、旨いモノなんだ‥‥、
なんて思いながらただただ黙々。
一人大食い選手権、のようなものです。
30分ほどかなぁ‥‥、ただひたすら食べ続け、
あらかた中身がなくなったころ、
ボクらのテーブル担当のウェイトレスがやってきて、
「おやまぁ‥‥!」
大声を上げてビックリする。
手にはプラスティックのパッケージ。

「これは普通に一人前ほどを食べたら、
 あとはワタシがこのパッケージに詰め替えて、
 家でもう一回、お誕生日のお祝いをしてもらうために
 持って帰っていただくメニューだったんですヨ。
 なのに‥‥」
困惑げに肩をすぼめておどろく彼女に、
「このままホテルに帰っても
 だれかお祝いしてくれる人が
 いるわけじゃないですから‥‥」
と、慰めにならぬ慰めを彼女にいって、
それでボクはひとつ、勉強をした。

レストランの楽しい雰囲気、
楽しい料理を家に持って帰ってもらおう、
というサービスもあるんだということ。

お店の中だけ、では納まりきらないほどの
すてきな時間がレストランの中にあるとしたらば、
それを持って帰って家で待つ人たちと分け合いたい、
というお客様の気持ちを考えている人がいる、
というコト。



◆ステーキは持ち帰れるだろうか?


そういう目でそれからしばらくのアメリカ滞在の間、
いろんなお店でお土産用のパッケージを小脇に抱えて、
本当にシアワセそうにした人たちをたくさん見ました。
アメリカの料理。
それはボリュームタップリで
おどろくほどではあるけれど、
でもそのボリュームはただ量が多いというだけでなく、
楽しみと思い出の分量も
タップリとしているんだということを
勉強したのでありました。

ためしにあるステーキレストランで、
どうしても残ってしまった分厚いステーキを指差して、
「持って帰りたいんだけど‥‥」
とウェイターに言ってみました。
失礼ですが、お客様はこれから
ホテルにお戻りですか‥‥、と言うものだから、
そうですヨ、と何気に答える。
ならば少々、お時間を頂戴します、
と厨房の中に戻った彼がしばらくして、
持って戻ったお土産パック。
ボクはホテルに戻って
その箱を何気なく開けてみました。
すると‥‥。
先ほどの塊だったステーキ肉が、
きれいに一口大にスライスされて、
それと一緒にチューブ状になった
ケチャップとトーストされたライブレッド。
そうして手書きのメッセージ。

「明日の朝、サンドイッチで
 お召し上がりくださるように。
 出来ればお肉だけでも
 冷蔵庫の中にお入れください」

なんで彼にもっとタップリ、
チップを払わなかったんだろう‥‥、
と悔しい思いにさせられました。
その一晩、ボクの部屋の冷蔵庫の上には、
中に本来、おさまるべきの
ソフトドリンクやビールの缶が山積みにされ、
中にはお肉がそっと眠っておりました。

ところがこの失敗談。
そしてその失敗から学んだアメリカ的なるお食事マナー。
それが日本で、新たなる失敗の種に
なってしまったのであります。
お国変われば変わるマナーもあるということ。
それは、次回のお楽しみであります、また来週。

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-06-08-THU

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