おいしい店とのつきあい方。
サカキシンイチロウの秘密のノート。
(三冊目のノート)

食べ方に関するさまざまなルールがあります。
そのルールのコトを考えると、
気軽に楽しむことがどんどんできなくなって、
敷居の高さを感じてしまう。
そんなお店のひとつが、
お寿司屋さんじゃないでしょうか?
寿司屋ほど、食べ手が作り手に気を遣いがちな飲食店は
他にありません。

ボクの父、‥‥豪放磊落が歩いているような、
およそ人に気を遣ったり
おべっかを言ったりすることをしない昭和の男、ですら、
寿司屋に行くともみ手をしながらにこやかに、
さあ、おいしいものを食べさせてくださいヨ、
というようなそぶりをします。
目の前の握り手に、嫌われたくない。
そう思ってしまうんでしょう。
その気持ちが、いろんな食べ方、
注文の仕方のルールになって、
ボクらの上にのしかかってくるのです。

立ちの寿司屋で食べ慣れる‥‥、
ということはすなわち、
いろんな食べ方のルールを覚える、
ということでもあります。
ボクはそう思っていました。
例えば、軽い食感、淡い味わいのものから、
濃厚で力強い味わいのものへと食べすすめていく方が良い。
まずは白身やイカを食べ、次に仕事を施した
例えばヅケのようなものを試せば、
通のように見えるから良い。
最後近くで玉子焼き。
それもそのままつまみでもらうより、
ほんの少し、シャリをつけて握ってもらうと、
寿司のことをよく知っているように思ってもらえる。
と、そうしたルールをシッカリ守って、
お寿司屋さんに大切にしてもらえる
お客様を心がけよう‥‥、とボクは半ばびくびく、
寿司屋のカウンターに座る若者でありました。

そんなあるとき、有名な老舗の寿司屋で修行して、
独立したばかりなんです、という
若い経営者のお店に行きました。
威勢が良くて親切で、小さいながらもステキな店、
でありました。
開店したばかり、ということもあったのでしょう、
満席という状態でもなく、それでボクはいつもよりは
ちょっとのびのびした気持ちで、
あれこれ握ってもらっていました。
と‥‥。
厨房の奥から「玉子焼き、上がりましたっ!」と、
板の上にふんわかとした玉子焼きが乗っかってきた。
表面、褐色、中、玉子色の
まるでカステラのような焼き上がり。
ああ、あれを最後につまんで終わりだな‥‥、
と横目で見ながら次は何を握ってもらおうかなぁ‥‥、
と考えてました。
そうしたら大将がこうボクに言います。

「玉子、食べませんか?」

ええっ、こんな途中で?
玉子は最後につまむのが粋なんじゃないの?
と聞くと、
「細かいことにこだわりすぎるのは野暮ですヨ」
そう彼が言う。

なるほど野暮かぁ!
食べたいモノを食べたいようにのびのび食べて、
それでも失礼にならぬようになるために、
経験をつまなくちゃいけないんだ‥‥、
と思ったりしました。
そして、そういう自由奔放の自然体を
お店の人に喜んでもらえるようになることが、
「粋」になる、ということなんだろうなぁ、
と思ったりもしました。

寿司の食べ方。
そうして経験をつんでいくと、
いろんな食べ方、楽しみ方があるんだ、
ということが徐々にわかってきましたネ。
「おまかせします」というと、
いきなり中トロを握ってくれる店もありました。
理由は、うちはマグロの仕入れに自信があるから、
なかでも一番、今日、できのいい
中トロを食べてほしいんだよネ。
その通りです。
一番おいしいものを最初に食べる、という贅沢。
納得です。
とはいえ、座っていきなり
「海苔巻きください」‥‥は、やっぱり粋じゃない。
手のかかる料理を最初にたのむ。
作り手の勢いがその瞬間にそがれてしまいます。
寿司は勢い。
「へい、らっしゃい!」
と笑顔で言った次の瞬間、スノコで巻き巻きという
面倒くさい作業をやらなきゃいけなくなった、
その情けなさ。
あの勢いをどうにかして頂戴ヨ‥‥、
とガッカリさせない、という心配りが「粋」なのです。

まず、どうしても食べたいモノを
最初にいくつか決めておきます。
そしてそれをどの順番に食べるとおいしいだろうなぁ‥‥、
ということを考えて、
その合間にいろんなネタの寄り道をする。
今日は絶対に、アナゴと季節の白身と
ウニを食べてかえってやるぞ。
そう思ったら、食べる順番は、
白身・アナゴ・ウニの順で、あとは何がおいしいですか?
ってお店の人に聞きながら、食べたいものを決めてゆく。
おしゃれです。

それからすし屋の刺身。
あれを「お酒を飲むためのおつまみだから、
最初にたのむべきもの」という人がいる。
でも、別に刺身をたのまなくても全然、平気。
刺身というのは、
「今はおなか一杯になりたくないです」という意思表示。
だからおなか一杯になりにすし屋さんに行ったのならば、
いきなり、お寿司を握ってください‥‥、で大丈夫。
逆に、ある程度、握ってもらって、
ちょっとユックリ、お店の雰囲気と
友達との会話を楽しみたいぞ、と思ったら、
食事の途中で、
「すいません、お刺身をちょっと作っていただけますか?」
というのも大丈夫。
ああ、この人たち、まだおなか一杯に
なりたくないんだなぁ‥‥、と思ってくれる。
それでしばらく、サービスを止めて、
ほったらかしにしておいてくれたりするのです。

愛想のいいお寿司屋さんで、
ずっとお店の人がかまってくれて、
隣の人との会話が楽しめなかったりすることって
あるじゃないですか?
そしたらすかさず、
「すいません、ホタテをおつまみにしてください」。
しばしの「ところ払い」と一緒です。
プライバシーをもらえます。

食べたいものを食べたい順に食べるということ。
それで粋と思われること。
それは寿司屋さんでの作法とは限りません。
たとえばフランス料理のレストランにいって、
今日は前菜だけで済ませるということ。
それも良し。
お店の人と相談をしながら、この前菜を前菜として、
この前菜はメインディッシュとして
いただきたいのですが、大丈夫ですか?
‥‥とそんな注文をちょっとしてみる。
厨房の中はとてもシアワセなムードに包まれるはず。
前菜をメインディッシュとして食べるお客様を、
喜ばせるための盛り付けや、
あるいは量の加減を一生懸命、考えてくれる。

ルールを外れてちょっと寄り道。
でも戻るべき場所を知った上で寄り道をする。
大人の人生の楽しみ方に似ているとは思いませんか?
ボクは大好き

(つづきます)


Illustration:Poh-Wang


2006-05-11-THU

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